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7.
翌朝。
規則正しく刻まれるはずの時間に、わずかな違和感が生まれていた。
「……失礼いたします」
執事はいつも通り、静かに扉をノックする。
返事はない。
それも、いつも通り――のはずだった。
扉を開ける。
「おはようございます」
穏やかな声をかける。
だが。
「……」
反応が、ない。
いつもなら。
眠っていたとしても、
すぐにこちらへ視線を向ける。
“確認するように”。
だが今日は、それがない。
執事の視線が、寝台へ向く。
ベッドの端。
身体を小さく丸めたまま、エアリスは眠っていた。
中央ではなく、端に寄って。
まるで、落ちないように気をつけているかのように。
(……眠れたのですね)
ほんのわずかに、安堵した。
「……エアリス様、朝ですよ」
もう一度、声をかける。
反応はない。
ぴくりとも、動かない。
(……?)
執事は足早に近づいた。
「失礼いたします。エアリス様。」
そっと、顔を覗き込む。
「……っ」
頬が、赤い。
そして――
息が浅い。
規則的ではない。
手を伸ばし、額に触れる。
「……熱が」
明らかに高い。
「……」
執事はすぐに手を離し、
踵を返し部屋の前に待機している騎士に
「医師を呼びます。――それと、侯爵様へ」
⸻
「……発熱?」
カイゼルは報告を聞き、わずかに眉をひそめた。
「はい。そのようです。」
「……」
一拍。
それから、短く息を吐く。
「ベッドで休まないからそうなる」
吐き捨てるように言う。
だがその足は、すでに部屋へと向かっていた。
⸻
部屋に入ると、空気が違った。
暖かいはずなのに、どこか張り詰めている。
寝台の上。
エアリスは小さく丸まったまま、浅い呼吸を繰り返していた。
「……」
カイゼルは無言でそれを見下ろす。
普段よりさらに細く見える身体。
毛布にくるまっていても、頼りない。
(……弱いな)
そう思う。
同時に。
(……当然か)
とも。
やがて医師が到着する。
「失礼いたします」
手早く診察の準備を整え、エアリスの様子を確認する。
(…細い、、ですね)
脈。
呼吸。
額の熱。
「……疲労による発熱でしょう」
落ち着いた声で言う。
「環境の変化も影響しているかと」
「そうか」
興味の薄い返事。
だが、医師は続けた。
「念のため、もう少し詳しく確認いたします」
そう言って、エアリスの上衣へと手をかける。
「失礼します……」
布をめくる。
その瞬間。
医師の手が、止まった。
「……」
空気が、わずかに変わる。
眉間に、深い皺。
「……どうした」
カイゼルの低い声。
医師はすぐには答えなかった。
一瞬、視線を伏せる。
それから。
「……失礼しました」
静かに言う。
「この方は、王都から来られた貴族の方で間違いございませんか?」
「……そのはずだ」
短く返す。
「…………」
医師は言葉を選ぶように、わずかに間を置いた。
「……ご覧いただいた方が早いかもしれません」
カイゼルの目が細められる。
一歩、近づく。
執事も、無言で視線を向けた。
めくられた布の下。
そこにあったのは――
「……これは」
執事の息が、わずかに止まる。
肌。
本来なら、傷一つないはずの場所。
だが。
刻まれていた。
古いもの。
薄く残る痕。
そして――
新しいもの。
まだ消えていない、赤い線。
無数に。
重なるように。
「……」
カイゼルは、何も言わなかった。
だが。
空気が、変わる。
冷たい。
だがそれは、外の寒さとは違う。
静かに、沈んでいくような重さ。
「……」
ゆっくりと、布が戻される。
エアリスは何も知らないまま、浅い呼吸を続けている。
「……手当を、、されていなかったのかもしれません…」
医師が低く言う。
それ以上、説明は不要だった。
まだ新しい赤い線にそっと軟膏を塗ると
「安静に。水分をしっかりと」
形式的な言葉だけを残し、下がる。
扉が閉まる。
⸻
沈黙。
「……王都の貴族か、か」
カイゼルが、ぽつりと呟いた。
その声は、もはや無関心ではなかった。
疑念。
そして――
わずかな、苛立ち。
「……調べろ」
低く、命じる。
執事がすぐに頭を下げる。
「アルヴェイン家のこと、全てだ」
「かしこまりました」
⸻
ベッドの上。
エアリスは、小さく息をしている。
何も知らずに。
守られることにも、慣れていないまま。
カイゼルはしばらく、その姿を見下ろしていた。
(……面倒なものを引き受けたな)
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