声を失った悪役令息は北の砦で覚醒する〜無詠唱結界で最強と呼ばれ、冷酷侯爵に囲われました〜

天気

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次の日の昼。

いつも通り、部屋に昼食が運ばれてくる――はずだった。

だが。

今日は、少し違った。

テーブルの上。

並べられた皿は――二人分。

横並びに、きちんと用意されている。

「……?」

エアリスはそれを見て、わずかに首を傾げた。

視線が、皿と椅子を行き来する。

(……ふたつ)

戸惑いながらも、とりあえず席に着く。

その瞬間。

コン、と軽く扉が叩かれ――

「入るぞ」

聞き慣れた声。

カイゼルが、そのまま部屋に入ってきた。

エアリスの目が、ぱちぱちと瞬く。

「……」

言葉が出ない代わりに、驚きがそのまま表情に出ている。

「一緒に食べるぞ」

当たり前のように言いながら、向かいではなく――

隣に座る。

「……!」

エアリスの肩が、わずかに揺れる。

距離が近い。

だが、逃げはしない。

ただ、少し緊張したように姿勢を正す。

「……食べろ」

短く促される。

エアリスはこくりと頷き、スプーンを取った。

静かな食事が始まる。

食器の触れ合う音だけが、部屋に響く。

カイゼルは迷いなく食べ進める。

量も多い。

動きも早い。

対して、エアリスはゆっくりだ。

一口一口、確かめるように食べる。

量も、少ない。

やがて――

カイゼルが先に食べ終える。

カトラリーを置く。

それから。

隣へ、視線を向けた。

エアリスはまだ半分ほど。

だが。

手が止まりかけている。

「……」

(やはり、ここか)

黙って様子を見る。

スプーンが動かない。

視線が少しだけ下がる。

「エアリス」

低く、名を呼ぶ。

びくり、と肩が揺れる。

「もう食べないのか」

視線が揺れる。

少しの間。

それから――

こくん、と頷く。

(……変わっていないな)

量は、以前と同じ。

いや、それ以下かもしれない。

カイゼルは一瞬だけ考える。

それから。

「……食べないと、うまく魔法は使えない」

ぽつりと落とす。

「!」

エアリスの顔が、はっと上がる。

目が、明らかに反応した。

(……やはり、そこか)

カイゼルは内心で確信する。

「魔力は体力に依存する」

淡々と続ける。

「食事を取らなければ、制御も安定しない」

嘘ではない。

だが――

言い方は、選んでいる。

エアリスはじっとカイゼルを見る。

それから、少しだけ視線を落とす。

考える。

「……どれが好きだった」

不意に問う。

エアリスは少し驚いたように瞬く。

それから、そっと手を動かし――

スープを指さした。

「そうか」

カイゼルは頷く。

「では、スープは完食できるか?」

「……」

少しの間。

迷い。

それでも――

こくり、と頷いた。

「よし」

短く言う。

「ゆっくりでいい。食べろ」

命令ではない。

だが、逃げ場もない。

エアリスはスプーンを取る。

もう一度、スープを口に運ぶ。

一口。

また一口。

さっきよりも、ほんの少しだけ意識している。

カイゼルは何も言わない。

ただ、隣で見ている。

急かさない。

止めもしない。

ただ、そこにいる。

やがて。

器の底が、見え始める。

あと、少し。

だが――

ぴたり、と手が止まる。

「……」

スプーンが動かない。

呼吸が、少し浅い。

(……ここが限界か)

カイゼルは静かに見ていた。

無理に進ませる気はない。

「もう無理か」

穏やかに問う。

エアリスは少しだけ間を置いて――

こくり、と頷く。

「……そうか」

責めない。

失望も、ない。

「今日はここまでにしよう」

静かに言う。

「少しずつでいい。量を増やしていけ」

エアリスは顔を上げる。

それから――

こくこく、と頷く。

さっきよりも、少しだけはっきりと。

「……」

カイゼルはそれを見て、ふっと息を吐く。

そして。

無意識に、手が動いた。

ぽん、と。

軽く、頭に触れる。

「……っ」

エアリスの肩が揺れる。

だが、今度は逃げない。

驚いたまま、少しだけ見上げる。

カイゼルは気にした様子もなく手を離す。

「悪くない」

ぽつりと、それだけ言った。







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