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57.
数日後。
ヴァルクレスト要塞は、いつもより少しだけ賑やかだった。
普段は機能重視の砦。
だが今は――
「こちらをもう少し明るい布に変えましょうか」
「花はどうします?夏ですし、外から取り寄せることも可能です」
執事と使用人たちが、慌ただしく行き来している。
⸻
中庭。
夏の光の下、テーブルの上にはいくつもの布見本。
白、淡い青、少し銀の刺繍が入ったもの。
その中で、エアリスは少し戸惑ったように立っていた。
「エアリス様、こちらなどいかがでしょう」
布を広げる執事。
ふわりと風に揺れる。
「……」
じっと見る。
綺麗だと思う。
でも――
どれを選んでいいか分からない。
そっと視線を横へ向ける。
そこには、腕を組んで立つカイゼル。
「……好きなものでいい」
短い一言。
「……」
少しだけ迷ってから。
エアリスは、一番最初に目に入った布にそっと触れる。
白を基調に、スカイブルーがやわらかく入ったもの。
「……これ、か」
こくり、と頷く。
「……分かった。それにしよう」
即決。
執事が微笑む。
「かしこまりました。ではそれを基調に整えましょう」
「……っ」
少しだけ、嬉しそうに目が揺れるエアリス。
(自分で、選んだ)
その感覚が、まだ少し不思議で。
でも、あたたかい。
⸻
別の日。
今度は指輪。
小さな箱が、テーブルの上に置かれている。
「……婚姻の証だ」
カイゼルが静かに言う。
箱を開ける。
中には、シンプルな銀の指輪。
細いが、しっかりとした作り。
内側には、淡く青い石が埋め込まれている。
「……石はこの領地のものだ」
「……」
「守りの意味を持つ」
エアリスの目が、ゆっくりと見開かれる。
「……お前に合うと思った」
「……っ」
そっと、指輪に触れる。
冷たいはずなのに、どこか温かく感じる。
「……はめてみるか」
こくり、とゆっくり頷く。
カイゼルが、エアリスの手を取る。
細い指。
まだ少しだけ震えている。
ゆっくりと。
丁寧に。
指輪をはめる。
すぅっと入り、ぴたりと収まる。
「……どうだ」
「……す、ごく…きれい」
小さな声。
でも、はっきりと。
カイゼルの目が、わずかに細まる。
そのまま、手を離さない。
「……とても、似合っている」
「……っ」
一瞬にして耳まで真っ赤になるエアリス。
こくり、と頷くので精一杯だった。
⸻
夜。
部屋。
準備で少し疲れたのか、エアリスはベッドの端に座っていた。
コンコン。
「入るぞ」
カイゼルが入ってくる。
「……」
少しだけ顔を上げるエアリス。
「疲れたか」
こくり、と頷く。
「……無理はするな」
そう言いながら、隣に座る。
少しの沈黙。
「……エアリス」
「……?」
「……嫌ではないか」
ぽつりと。
「……?」
首を傾げる。
「婚姻だ」
「……」
少しだけ考える。
そして――
ゆっくりと首を横に振る。
「……いや、じゃない」
「……」
カイゼルの目が、静かに揺れる。
少し、言葉を探すようにして。
「……うれしい」
その一言に。
カイゼルは、何も言わずに。
そっと、エアリスの頭に手を置く。
優しく、撫でる。
「……そうか」
低く、安堵の混じった声。
エアリスは、少しだけ身体を寄せる。
「……」
何も言わない。
でも、離れない。
カイゼルも、そのまま受け入れる。
静かな夜。
婚姻式は、もうすぐ。
そして――
ふたりは、少しずつ。
「婚約者」から「夫婦」へと変わっていく。
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