声を失った悪役令息は北の砦で覚醒する〜無詠唱結界で最強と呼ばれ、冷酷侯爵に囲われました〜

天気

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数日後。

ヴァルクレスト要塞は、いつもより少しだけ賑やかだった。

普段は機能重視の砦。

だが今は――

「こちらをもう少し明るい布に変えましょうか」

「花はどうします?夏ですし、外から取り寄せることも可能です」

執事と使用人たちが、慌ただしく行き来している。




中庭。

夏の光の下、テーブルの上にはいくつもの布見本。

白、淡い青、少し銀の刺繍が入ったもの。

その中で、エアリスは少し戸惑ったように立っていた。

「エアリス様、こちらなどいかがでしょう」

布を広げる執事。

ふわりと風に揺れる。

「……」

じっと見る。

綺麗だと思う。

でも――

どれを選んでいいか分からない。

そっと視線を横へ向ける。

そこには、腕を組んで立つカイゼル。

「……好きなものでいい」

短い一言。

「……」

少しだけ迷ってから。

エアリスは、一番最初に目に入った布にそっと触れる。

白を基調に、スカイブルーがやわらかく入ったもの。

「……これ、か」

こくり、と頷く。

「……分かった。それにしよう」

即決。

執事が微笑む。

「かしこまりました。ではそれを基調に整えましょう」

「……っ」

少しだけ、嬉しそうに目が揺れるエアリス。

(自分で、選んだ)

その感覚が、まだ少し不思議で。

でも、あたたかい。





別の日。

今度は指輪。

小さな箱が、テーブルの上に置かれている。

「……婚姻の証だ」

カイゼルが静かに言う。


箱を開ける。

中には、シンプルな銀の指輪。

細いが、しっかりとした作り。

内側には、淡く青い石が埋め込まれている。

「……石はこの領地のものだ」

「……」

「守りの意味を持つ」

エアリスの目が、ゆっくりと見開かれる。

「……お前に合うと思った」

「……っ」

そっと、指輪に触れる。

冷たいはずなのに、どこか温かく感じる。

「……はめてみるか」

こくり、とゆっくり頷く。

カイゼルが、エアリスの手を取る。

細い指。

まだ少しだけ震えている。


ゆっくりと。

丁寧に。

指輪をはめる。

すぅっと入り、ぴたりと収まる。

「……どうだ」

「……す、ごく…きれい」

小さな声。

でも、はっきりと。

カイゼルの目が、わずかに細まる。

そのまま、手を離さない。

「……とても、似合っている」

「……っ」

一瞬にして耳まで真っ赤になるエアリス。

こくり、と頷くので精一杯だった。




夜。

部屋。

準備で少し疲れたのか、エアリスはベッドの端に座っていた。

コンコン。

「入るぞ」

カイゼルが入ってくる。

「……」

少しだけ顔を上げるエアリス。

「疲れたか」

こくり、と頷く。

「……無理はするな」

そう言いながら、隣に座る。

少しの沈黙。

「……エアリス」

「……?」

「……嫌ではないか」

ぽつりと。

「……?」

首を傾げる。

「婚姻だ」

「……」

少しだけ考える。

そして――

ゆっくりと首を横に振る。

「……いや、じゃない」

「……」

カイゼルの目が、静かに揺れる。

少し、言葉を探すようにして。

「……うれしい」

その一言に。

カイゼルは、何も言わずに。

そっと、エアリスの頭に手を置く。

優しく、撫でる。

「……そうか」

低く、安堵の混じった声。

エアリスは、少しだけ身体を寄せる。

「……」

何も言わない。

でも、離れない。

カイゼルも、そのまま受け入れる。


静かな夜。

婚姻式は、もうすぐ。

そして――

ふたりは、少しずつ。

「婚約者」から「夫婦」へと変わっていく。








感想 16

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