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第三話 秋~前林菜摘と加藤明の場合~
秋⑤
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「おまた――」
教室から出た瞬間、飛びつかれた。危うくすっ転びかけるが、すんでのところで踏み留まる。
「ちょ――」
「よかったぁ、なっちゃん戻ってきたぁああっ」
私は誘拐された覚えも、戻ってこないと言った覚えも一切ないんだけど。
……いや、強引に解釈すれば、お化け屋敷の中へ鳴海先輩に誘拐された、と考えることもできるのか。って、そうじゃない。
私は今、どんな状況だ。
誰かに飛びつかれてそのままってことは、その誰かに抱きしめられているわけで。
私をなっちゃん呼びするのは私の記憶の中で一人だけなわけで。
「離せぇぇえっ!」
「ぐはぁっ!」
理解した瞬間、思いっきり突き飛ばしていた。
しまった、と思ったときには目の前に仰向けになった加藤の姿。
「なんかの開きみたい」
「なっちゃん酷い……」
「なっちゃん呼びはやめてってあと何回言えばいい?」
「ごめんなさい」
素直に謝る加藤に、流石に罪悪感を感じる。
「ううん、私のほうがごめん、だね。立てる? 頭打ってない?」
右手を差し出すと、何故か加藤はじっとその手を見つめる。
「加藤?」
チラリと鳴海先輩を見てから、加藤は首を振る。
そしていつもの屈託のない笑顔を浮かべる。
「ううん、なんでもない」
私の右手を掴むと、加藤は起き上がる。
繋いだ部分が温かく感じるのは、加藤の手の温度が高いのか、それとも私が意識しているからなのか。
無事立ち上がると、加藤は手を離してしまう。
なにも掴んでいない右手は、少し涼しい。その涼しさが、少しだけ寂しい。
「つ、次は、どこ行きますか?」
灯香先輩に駆け寄る加藤。
なにかが変わるかもしれない。
そんな期待は破れてしまって、なんだか、なんとも言えない気持ちになる。
そんな私の肩をトントンと誰かが叩く。振り向けば、鳴海先輩がこちらを見ていた。
「少しだけ、意識されてるじゃん」
「どこがですか。いつも通りですよ」
そう返すと、鳴海先輩は小さく笑う。
「加藤君ほどではないにしても、君も鈍いよね」
「そうですか?」
「うん、似た者同士。俺は応援するよ」
応援する。その言葉が嬉しい。今までする側だったことはあっても、されるのは初めてだ。
「じゃあ、その恩返しに、先輩に良いこと、教えてあげます」
「良いこと?」
鳴海先輩は首を傾げる。その仕草がおかしくて、私は笑う。
「ここの区役所の前に、大きな広場があるじゃないですか」
「ああ、あるね」
「その広場、クリスマスにはイルミネーションですごく綺麗に飾られるんです。で、真ん中にある一番大きなクリスマスツリーがこのイルミネーションの目玉なんですけど、その下で告白した人は結ばれて幸せになるそうです」
ここら辺に住んでる人たちはみんな知ってる話。
でもきっと、今年転校してきた鳴海先輩は知らないこと。
これがきっかけで先輩たちが結ばれたらいいな、と思ったから。
そう思ったきっかけは、私を応援してくれるから、だけじゃない。
もちろん、先輩たちがくっつけば加藤が私を見てくれるかも、なんて淡い期待もきっかけの一つだけど、それが主な理由でもない。
大切にしたい人。
傷つけちゃった。
そう言いながら言葉のナイフで自分を傷つけていく鳴海先輩。
いつか灯香先輩のことを、幸せな笑顔で大切な人だと鳴海先輩に言ってほしいから。
いい子ちゃんぶりっこかもしれないけど、純粋にそう思ったから、私はその話をした。
鳴海先輩は、笑顔だった。だけどその笑顔は、今にも泣きだしそうだった。
「ありがとう。だけど俺、今月末に転校するんだ」
「え……」
予想外の言葉に、私はなんて言えばいいのか分からなくて黙ってしまう。
「前林さーん?」
加藤が呼ぶ声でハッとする。
――長いこと一緒にいすぎて傍にいるのが当たり前になると思うんだ。
――相手が傍にいるのが当たり前じゃないんだ、いつか離れてしまうかもしれないんだ――。
あの言葉は、加藤についての言葉だった。
だけど、それはなにも加藤のことだけじゃない。
私もきっと、甘えてる。
幼馴染、という、どこか腐れ縁じみたつながりに。
だけど、だからと言って、今更どうやって進めばいいんだろう。
どうすれば、幼馴染から抜け出せるのだろう。
今回、鳴海先輩のおかげでもしかしたら少し意識してもらえたのかもしれない。
でも、その意識をはるかに上回るような人が加藤の前に現われたら?
私は、今と変わらずに協力をするのだろうか。
もしも、協力をお願いされなかったら?
気づいたときには加藤の隣に知らない女性が立っていた。そんなことになったら、私は――。
「前林さん?」
いつの間にか目の前に立っていた加藤に顔を覗き込まれて、私は我に帰った。
慌てて笑みを浮かべる。
「な、なに?」
「今から軽音部の演奏見に行くけど、なんか大丈夫?」
「あ、うん、行く、大丈夫!」
私は慌ててうなずく。
何度も大丈夫かと尋ねられたけど、笑顔で押し切った。
頭の中は不安でいっぱいで、もうどうしたらいいのか、どう心を、感情を、整理すればいいのかわからなかった。
教室から出た瞬間、飛びつかれた。危うくすっ転びかけるが、すんでのところで踏み留まる。
「ちょ――」
「よかったぁ、なっちゃん戻ってきたぁああっ」
私は誘拐された覚えも、戻ってこないと言った覚えも一切ないんだけど。
……いや、強引に解釈すれば、お化け屋敷の中へ鳴海先輩に誘拐された、と考えることもできるのか。って、そうじゃない。
私は今、どんな状況だ。
誰かに飛びつかれてそのままってことは、その誰かに抱きしめられているわけで。
私をなっちゃん呼びするのは私の記憶の中で一人だけなわけで。
「離せぇぇえっ!」
「ぐはぁっ!」
理解した瞬間、思いっきり突き飛ばしていた。
しまった、と思ったときには目の前に仰向けになった加藤の姿。
「なんかの開きみたい」
「なっちゃん酷い……」
「なっちゃん呼びはやめてってあと何回言えばいい?」
「ごめんなさい」
素直に謝る加藤に、流石に罪悪感を感じる。
「ううん、私のほうがごめん、だね。立てる? 頭打ってない?」
右手を差し出すと、何故か加藤はじっとその手を見つめる。
「加藤?」
チラリと鳴海先輩を見てから、加藤は首を振る。
そしていつもの屈託のない笑顔を浮かべる。
「ううん、なんでもない」
私の右手を掴むと、加藤は起き上がる。
繋いだ部分が温かく感じるのは、加藤の手の温度が高いのか、それとも私が意識しているからなのか。
無事立ち上がると、加藤は手を離してしまう。
なにも掴んでいない右手は、少し涼しい。その涼しさが、少しだけ寂しい。
「つ、次は、どこ行きますか?」
灯香先輩に駆け寄る加藤。
なにかが変わるかもしれない。
そんな期待は破れてしまって、なんだか、なんとも言えない気持ちになる。
そんな私の肩をトントンと誰かが叩く。振り向けば、鳴海先輩がこちらを見ていた。
「少しだけ、意識されてるじゃん」
「どこがですか。いつも通りですよ」
そう返すと、鳴海先輩は小さく笑う。
「加藤君ほどではないにしても、君も鈍いよね」
「そうですか?」
「うん、似た者同士。俺は応援するよ」
応援する。その言葉が嬉しい。今までする側だったことはあっても、されるのは初めてだ。
「じゃあ、その恩返しに、先輩に良いこと、教えてあげます」
「良いこと?」
鳴海先輩は首を傾げる。その仕草がおかしくて、私は笑う。
「ここの区役所の前に、大きな広場があるじゃないですか」
「ああ、あるね」
「その広場、クリスマスにはイルミネーションですごく綺麗に飾られるんです。で、真ん中にある一番大きなクリスマスツリーがこのイルミネーションの目玉なんですけど、その下で告白した人は結ばれて幸せになるそうです」
ここら辺に住んでる人たちはみんな知ってる話。
でもきっと、今年転校してきた鳴海先輩は知らないこと。
これがきっかけで先輩たちが結ばれたらいいな、と思ったから。
そう思ったきっかけは、私を応援してくれるから、だけじゃない。
もちろん、先輩たちがくっつけば加藤が私を見てくれるかも、なんて淡い期待もきっかけの一つだけど、それが主な理由でもない。
大切にしたい人。
傷つけちゃった。
そう言いながら言葉のナイフで自分を傷つけていく鳴海先輩。
いつか灯香先輩のことを、幸せな笑顔で大切な人だと鳴海先輩に言ってほしいから。
いい子ちゃんぶりっこかもしれないけど、純粋にそう思ったから、私はその話をした。
鳴海先輩は、笑顔だった。だけどその笑顔は、今にも泣きだしそうだった。
「ありがとう。だけど俺、今月末に転校するんだ」
「え……」
予想外の言葉に、私はなんて言えばいいのか分からなくて黙ってしまう。
「前林さーん?」
加藤が呼ぶ声でハッとする。
――長いこと一緒にいすぎて傍にいるのが当たり前になると思うんだ。
――相手が傍にいるのが当たり前じゃないんだ、いつか離れてしまうかもしれないんだ――。
あの言葉は、加藤についての言葉だった。
だけど、それはなにも加藤のことだけじゃない。
私もきっと、甘えてる。
幼馴染、という、どこか腐れ縁じみたつながりに。
だけど、だからと言って、今更どうやって進めばいいんだろう。
どうすれば、幼馴染から抜け出せるのだろう。
今回、鳴海先輩のおかげでもしかしたら少し意識してもらえたのかもしれない。
でも、その意識をはるかに上回るような人が加藤の前に現われたら?
私は、今と変わらずに協力をするのだろうか。
もしも、協力をお願いされなかったら?
気づいたときには加藤の隣に知らない女性が立っていた。そんなことになったら、私は――。
「前林さん?」
いつの間にか目の前に立っていた加藤に顔を覗き込まれて、私は我に帰った。
慌てて笑みを浮かべる。
「な、なに?」
「今から軽音部の演奏見に行くけど、なんか大丈夫?」
「あ、うん、行く、大丈夫!」
私は慌ててうなずく。
何度も大丈夫かと尋ねられたけど、笑顔で押し切った。
頭の中は不安でいっぱいで、もうどうしたらいいのか、どう心を、感情を、整理すればいいのかわからなかった。
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