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第二十話 異形のモノ
しおりを挟む晴れ渡った空を仰ぐ。
飛天が翼を広げ、大きく弧を描いていた。
鍬をかつぎ、東の方向の御山荘山の稜線と南側に位置する島々を眺めながら径を下りる。
耳を澄ますとヒヨドリのさえずりが聞こえてきた。
三郎の背負い籠の中の大豆のさやが、歩を進めるたびにからからと音を立てる。
ミコが径を外れ、とげのあるオナモミの実を見つけ、ひっつきむしと言いながら、三郎とイダテンに投げつける。
収穫を手伝えただけでなく、自分が沢に竹を差しこんだことで畑に水が流れ込んだ興奮もあるのだろう。
嬉々として動きまわっている。
「兄上、みて! アキグミだよ」
三郎は足元を気にして繁みの奥から枝ごと折り取った赤い実を、かかげて見せるミコに目もやらず、
「おお、熟しておれば随分と甘かろう」
と、返した。
ミコが枝からたれた実を上にして口を開けた、
「よせ! それはアキグミではない」
イダテンは思わず叫んだ。
ミコは驚き、その実を落とした。
息を切らせて駆け寄った三郎が足元に落ちた枝を拾い、顔色を変えイダテンを振り返った。
「ヒヨドリジョウゴじゃ。吐き気や、腹痛ですめば良い。へたをすれば命を落とす」
イダテンの言葉に、ミコは、眉根を寄せて三郎に抱きついた。
「物知りじゃのう、おまえは。それに、遠目もきく」
餓死の不安から解き放たれるまでは、生きるために何でも食べた。
それで死にかけたことも一度や二度ではない.
「それでは、これじゃ。これなら良かろう。こいつはうまいぞ」
地面に落ちていた三角錐の実を歯でこじ開ける。ブナの実だった。
だが、口にした途端、ぺっと吐き出した。
「なんと、虫が入り込んでおる……地面に落ちて日がたっておったようじゃ」
贅沢なことだ。
虫が入り込んだだけで捨てるとは。虫を除いて食えばよいではないか。
イダテンにとって虫は嫌悪すべきものではない。
山で見かける、よく知らぬ実や葉、茎が食えるか食えないかを見極めるには虫が食っているかどうかを見ればよい。
たまに例外はあるが、そのそばに、虫の死骸がなければ、それは食えるということだ。
好んで食いはしないが餓死を目の前にすれば、そのようなことは言っていられない。
うまいまずいよりも、食えるか食えないかだ。
虫には滋養もある。
あくの強いトチの実は飢饉の際の非常食だと言われているが、これにどれだけ助けられたことか。
「兄上、かたぐるまして。ねえ、ねえ」
ミコが、ぐずり始めた。疲れてもいるのだろう。
「この前は、喜八郎にも頼んでおったであろう……おまえも、おなごじゃで、またぐらを開いて乗る肩車は、やめろと申しておろうが」
「兄上のけち。じゃあ、イダテンにたのむもん」
イダテンの右腰に抱きついて、三郎に、あかんべをする。
イダテンを見あげて、「いいよね?」と、ねだる。
困惑した。
人に抱きつかれたことなど一度もない。
左の腰に手挟んだ手斧がミコを傷つけるのではないかと、そっと手をやった。
「あほう。イダテンは足を痛めておるのじゃぞ」
ミコは、三郎の言葉を気にするでもなくイダテンの袖を引く。
「ねえ、イダテン。イダテンは馬よりはやいの?」
どのような駿馬にも負けぬ自信はある。
「みんないってるよ。ねえ、ねえ、ねえ。走ってみせて」
三郎が口をへの字に曲げる。
「無茶を言うでない。足を痛めておると、もうしておるではないか」
「兄上に、たのんでないもん」
「なんじゃ、その言い草は」
ミコは、三郎には構わずイダテンを見上げてねだる。
「じゃあね、じゃあね。足がなおったら、ミコをおぶって走ってくれる?」
唇を尖らせ言いそえる。
「ミコは馬にのりたいのに、だれものせてくれないんだよ」
「当たり前じゃ。危のうてかなわぬわ……まあ、乗せようにも、自分の馬を持っておらぬが」
続けて寂しげに笑った。
「戦で手柄をたてたければ良馬を手に入れねばならんのじゃ。弓の腕だけでは足りぬのじゃ。難しいのじゃ」
「ねえ、ねえ、イダテン。おねがい」
他人から願いごとなど、されたことがない。
三郎の顔色を見て答えた。
「母者が良いといえば」
「やったー! やくそくだよ」
満面の笑みを浮かべたミコが、ゆびきり、ゆびきりと右手を伸ばし、しがみついてくる。
三郎があわてたようすで口をはさむ。
「まて、まて。なんと申した! それは聞き捨てならんぞ、イダテン……わしも混ぜてくれ! わしでも背負えるか?」
*
先を行く三郎の背にミコが負ぶわれている。
はしゃぐだけはしゃいで寝てしまったのだ。
大豆を入れた背負い籠はイダテンが引き受けた。
「結局、こうなるのじゃ」
と、言いながら、三郎が、まんざらでもない顔で振り返った。
「いつも、うるさいと思うておったが、イダテン、イダテンと言われると少々寂しいのう。ミコはおまえに首ったけじゃ」
と、言って、立ち止まった。
イダテンも立ち止まる。
「そのうち、嫁にしてくれ、とか言い出そう」
イダテンは、何を言い出すのかと三郎の顔を見た。
三郎は、わかっている、とでもいうように続けた。
「馬鹿な……おれは、鬼の子じゃ、か? ……そうなれば、おまえと義兄弟になれると思うたのにのう」
どうやら戯言ではないらしい。
だが、世間を知らぬイダテンでさえ、それが無理だと知っている。
父と母も、それで不幸になった。
「おお、寒うなってきたのう。もうじき雪も降ってこよう。今年の冬は寒うなると言うぞ」
三郎が、空を見上げ、話題を変えた。
「雪が降るたびに思うのじゃ。これが白い米であればと」
イダテンも空を見上げた。
澄み渡った空はどこまでも青い。
「さぞかし痛かろうな」
「……おお、イダテン。面白いことを言うではないか」
三郎は、にやりと笑う。
「わしは耐えられるぞ。おかあの平手打ちに比べれば、どうということもあるまい」
誰も問うていないのに三郎は続けた。
「わしは嫁にするなら優しいおなごがよいのう。兄者のように高望みはせぬゆえ」
*
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