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第十一話 『入内』
【輝夜】
――貴族の姫とは、上品で万事おっとりしているのが良いとされる。
和漢に精通していただけでなく、明るく、機知があり風雅を重んじた、あの人がそうであったように。
だが、死んでしまった者と競うこと、比べることが間違っていたのかもしれない。
あの人と比べられることに、競うことに……耐え切れず、他者の力を借りようと無謀な外出をした。
それがもとで従者たちは一人残らず命を落とした。
思えば、幼い頃より誰にも負けてはならぬと思ってきた。
優れていると証明して見せたかった。
期待を裏切るまいと学んできた。
期待に応えることこそ、摂関家に生まれた一の姫の役割であると承知していた。
五年前、父がわたしの入内に向けて動いていることを知った。
張りつめた糸が切れそうだった。
帝には更衣どころか、すでに中宮様がおいでになった。
――そのさなか、入内の直前、長保元年、霜月のことだった。
女房たちが庇を挟んだ局で興奮を隠そうともせず、西国で起こったという騒動を話題にしていた。
ずいぶんと面白そうな話だったが、わたしの姿を認めると顔色を変え、口を閉ざした。
知らぬ存ぜぬで押し通そうとした。
十一のわたしに聞かせるには血なまぐさすぎるからだろうと思った。
女房たちを、懲らしめるのは後回しにして、普段であれば決して声をかけることのない雑色を捕まえた。
この男も口を閉ざそうとしたので、正直に話さなければ、どのような目に遭うかを匂わせた。
脅しが聞いたのか、身分の違いにか、男は唇を震わせながら話し始めた。
*
あらましはこのようなものだった。
◇
西国の国司が、領国で跋扈する山賊、盗賊どもを根絶やしにしようと兵を募った。
そうはさせじと山賊、盗賊どもが徒党を組み、国司の邸を急襲した。
邸にあるであろうお宝欲しさもあって、その数は二百をゆうに超えていたという。
さらには、落ち延びようとする国司一族の身ぐるみを剥ごうと近隣の悪党どもが網を張って待ち構えていた。
予想だにしなかった事態に、邸に詰めていた武士たちはろくな対応もできず、国司はおろか、家族や使用人にいたるまで皆殺しにされたという。
正確には生き残った者がいた――その修羅場の中で、当時のわたしより一つ歳下――十歳の姫君を守り、立ち塞がる山賊どもを蹴散らし、隣国まで逃れた年若き武士がいたという。
◇
雑色は、一旦口を開くと、その奮闘ぶりを、まるで見てきたかのように語ったものだ。
最初は、その興奮ぶりが鼻についたものだが、話しが進むにつれて、いつしかわたしものめりこんだ。
力だけが自慢の、教養のない礼儀も知らぬ男は御免だったが、その義光という名の若武者は、武士としての弓や馬の腕だけでなく、機知に富んだ策で危難を乗りきった。
自分のために命を懸け、死地から救い出してくれる逞しい男――なんと幸せなことだろう。
いつしか、その姫君に嫉妬していたほどだ。
話には余談があって、若武者は剛力の赤鬼も使役していたという。
*
その二日後に父が訪れた。
その騒乱の経過を使者と共に帝に奏上したのだろう。
わたしには、あらましだけを説明すると、そそくさと帰って行った。
無理もない。
説明するだけでも億劫だっただろうが、わたしが挑むように次々と尋ねたからだ。
その答えに、わたしは愕然とした。
義光様と赤鬼は山賊どもを蹴散らしたものの、姫君は、目指したであろう隣国の親族の下にはたどり着いていないという。
しかも、その行方は杳として知れないと。
討ち取られたのかと尋ねたが、二人の遺体は確認されていないという答えが返ってきた。使役していた鬼に喰われたのではないかという噂もそえて。
邸を襲った山賊どもは、その後駆けつけた土豪の軍勢により殲滅させられたという、わたしにとって、さして興味のない話もあった。
どこかで小さな騒乱や反乱があったところで、都の暮らしに影響はない。
帝のご威光により、鎮圧されるからだ。
噂話に戸は立てられない。
女房達が口を閉ざし、父がそそくさと帰って行った理由もすぐに明らかになった。
襲われた国司の姫君は、わたしの従(じゅう)姪(てつ)であった。
それだけであれば、誰かが教えてくれただろう。
父の政敵であった、その国司が「身に覚えのない罪を父に着せられた」と吹聴していなければ。
事の真偽はともかく、大臣の位にあった者が国守に貶める宣旨が下されるのは先人の例をあげるまでもなく流罪であった。
しかも、その姫君は、わたしとひとつ違い。
伯母である東三条院様の推挙により、入内の話が進んでいると噂されていた。
その姫君が入内し、皇子を生み、帝になれば、父とその国司の立場は逆転するのである。
わたしの父が、最大の政敵を完全に葬った。
誰もが、そう思ったに違いない。
世情に疎いわたしでさえ、山賊や盗賊たちが徒党を組んで国司の邸を襲うことを疑問に思ったからだ。
あまつさえ、逃亡に備え網を張る。
そのようなことがあり得ようか。
結局、その謎を解くことはできなかった。
それを訊ね回らせることは、わが父の悪評を広めるようなものだからだ。
それでも、せめて義光様と姫君の安否を確認したいと、あらゆるつてを頼ったが、怪しげな噂しか入ってこなかった。
やむなく、身分違いの二人は、誰からも干渉されない地でひっそりと幸せに暮らしている――そう考えて自分を慰めてきた。
蛇足ではあるが、わたしが問いただした、あの雑色の姿を見ることは二度となかった。
*
わが一門の繁栄が、より強固になったのは、祖父が当時の帝を欺いて出家させたことに始まる。
娘の血を引いた幼い孫を帝にたて、朝廷の要職はすべて一門で占めた。
その帝は、祖父の子であるわたしの父に政を牛耳られ、さらには、その娘を押し付けられたのだ。
わたしとの間に男子をなそうものなら、寵愛した梅壺様――皇后様との御子である敦康親王様に帝の位を譲ることができなくなるであろう。
わたしには、周りの者を不幸にする血が流れているのだ。
誰がこのようなおなごを好いてくれるだろう。
*
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