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第十七話 『兄妹』
【義守】
昨夜、姫が工匠を紹介してやると言ってきたが、断った。
魅かれる申し出ではあるが、人とかかわる気はない。
意匠と造りを目に焼き付けて帰るつもりだ。
あの地に墓を作れば不審に思われよう。
だが、神や地蔵菩薩を祀る祠であれば、そこらじゅうにある。
新たに一つ二つ増えたところで怪しむものはいない。
祠内部を二重細工にして、五年前に命を奪われた者たちの骨や形見を、その隙間に収めるつもりだ。
信心深いわけではない。
死んだ者たちが信じていたから作ってやるまでだ。
おれは神仏など信用していない。
峠道に出ると、餌を奪い合う鴉たちのそばで、
上等な藍白の狩衣に身を包んだ初老の男が姫を守るように立っていた。
邸から家司が駆けつけてきたようだ。
これで、振り回されることはなかろう。
だが、その男も放っておいてはくれなかった。
丁寧な物腰ではあったが、お前は何者かと聞いてきた。
姫に聞け、と言い捨て、山の斜面に足を踏み入れた。
姫が「待ちなさい」と、声をかけてきた。
かまわず山に分け入り、うっそうとした藪の斜面を不審に思われぬほどの速さで登る。
「山賊の住処に行くのならわたしも……」
と、声が追いかけてきた。
妙な姫との出会いに困惑しつつも、山賊の住処に向かう。
*
昨日のことだ。
おれは、洞窟や岩屋、無人の炭焼き小屋の類を探し回っていた。
夏とはいえ、山中の朝は案外冷え込む。雨も降る。
自炊のため、火も熾さねばならない。
都近辺を見て回る、住処代わりの拠点が必要だったのだ。
人の住むはずのない山中から煙があがるのが見えた。
炭焼き小屋だろうと足を運ばなかったが、その後、おばばから聞いた話しで、山賊の住処だろうと見当をつけていた。
念のため、目的地を迂回し、上に出る。
出てきた風に煽られるように、杉の大木に登り、山賊の住処と思しきものを望む。
驚いたことに板を使った小屋だ。
しかも、存外新しい。
とうに逃げ出していると思ったが、小屋の向こうに人影が見えた。
昨夜とり逃した山伏姿の男だ。
小振りの太刀を手にしている。
男は怯えた様子で誰かに話しかけていた。
相手は小屋の陰に隠れて見えない。
風の音で聴き取ることができなかったが、逃げ出そうという相談だろう。
おばばが数を間違っていたのか、近隣の悪党がたまたま訪れているのか、少なくとも、もう一人はいるようだ。
手捕りにして役人に渡すことにした。
おばばも、それで納得するだろう。
風で梢が音をたてている。
少々の音なら聞こえまい。
手斧を腰から引き抜いた。
樫の柄の先に穴を開け、十間ほどの縄を結んでいる。
縄を振り回し、勢いをつけると手の内で縄をすべらせ、小屋の上に張り出した檜の枝に巻きつける。
斜面の上側に立ちたいところだが、相手が二、三人ならば問題あるまい。
縄のたるみを引き寄せ、体を預け、巻きつけた枝を支点に弧を描く。
一気に小屋の屋根を飛び越えると、体をひねり、手を離し、男から三間下に降り立った。
斜面を滑り落ちぬよう気を配り、背負っていた弓を引き抜き、矢をつがえた。
気配を察した男が振り向き、あわてて太刀を抜いた。
その後方に、童の姿があった。
薪でも割っていたのか、鉈を手にしている。
なぜこのような場所に童が居るのかわからなかった。
下見をしておくべきだったと後悔したが、もう遅い。
「わしの……」と、声を発し、男は空いた手で童の腕を取った。
太刀を握った右腕に向けて矢を放った。
矢を受け、苦悶の声を上げながらも男は童に覆いかぶさった。
童が、わめきながら手にしていた鉈を振り回した。
鈍い音がした。
男は何が起こったのかわからぬ様子で自分の腹を見た。
続いて男の顔に鉈が振るわれた。
ごつっ、という音とともに、血が飛び散り、童の上に男が崩れ落ちた。
童の悲鳴が、あたりに響き渡った。
*
山賊の血を頭から浴び、顔色を失い、がたがたと震える童は小次郎と名乗った。
齢は十というところか。
さらに五歳ほどの女童が一人小屋に残っていた。
るりという名の妹だという。
小次郎の顔や手足についた血は、小屋のそばの小さな沢で洗わせ、床に転がっていた山賊の衣に着替えさせた。
小次郎が、多少なりとも落ち着くのを待って一緒に山をくだった。
女童には表情がなかった。口も利かない。
「目の前で父も母も殺されたのじゃ。盗賊どもにな」
小次郎が、こぶしを震わせ、境遇を話しはじめた。
親は、伯耆国で宮司をしていたと。
ここに至った切っ掛けは、三月ほど前に、小次郎たちが暮らしていた集落を野盗の群れが襲ったことだという。
ただ盗むのではない。
犯し殺す。
童たちを人買いに売る。
乱行の中、るりを連れ、山に逃げ込んだものの集落は焼かれ、帰る家も頼れる者も失った。
生き残った中に年上のいとこが二人いた。
都に伯母に当たる縁者がいるという話だった。
物乞いをし、盗みを働き、野宿をしながら、都を目指したという。
そして、この峠で山賊どもに捕まった。
逃げだそうとした、いとこたちは崖から落ちて命を落とした。
伯母を頼ってきたものの、どこに住んでいるかも定かでない、と。
都には数えきれぬほどの物乞いがいた。
飢饉と疫病で次々と人が死んでいる。
昨年、鴨川をさらったところ、髑髏が五千五百出てきたという。
万に一つ、伯母を探し当てたところで面倒を見てくれるとは思えなかった。
小次郎は饒舌だった。
山賊どもに妹を質に取られ、この峠を越えようとする者たちを間道に誘いこむ役割を与えられていたのだと説明する。
近々、人買いに売られるところであった、と付け加える。
だが、話に夢中になる性質らしく、妹の様子に構わなかった。
道などない山中の下りである。
手をつないでやれと言うが、るりも山育ちだからと、一向に気にしない。
るりという女童は一度ならず転んだ。
万一に備え、両手を空けておきたかったが、見かねて背負った。
小次郎の話が一段落したとき、峠道が見えた。
そこには、出迎えるかのように牛車が待っていた。
かたわらには姫と狩衣姿の男が立っている。
先ほど登った場所からはずいぶん離れているにも関わらず、まるで、この場所に降りて来るのが、わかっていたとでも言うように。
――陰陽師か。
姫の居場所を探し当てたのも偶然ではなかったということだ。
川原で飛天を待っている時に姫が突然現れたが、その前に八丈ほどの高さの崖を飛び降りている。
この男に、その姿を見られていなければよいが。
しかし、この姫と、どのような関係にあるのだろう。
昨夜、姫が工匠を紹介してやると言ってきたが、断った。
魅かれる申し出ではあるが、人とかかわる気はない。
意匠と造りを目に焼き付けて帰るつもりだ。
あの地に墓を作れば不審に思われよう。
だが、神や地蔵菩薩を祀る祠であれば、そこらじゅうにある。
新たに一つ二つ増えたところで怪しむものはいない。
祠内部を二重細工にして、五年前に命を奪われた者たちの骨や形見を、その隙間に収めるつもりだ。
信心深いわけではない。
死んだ者たちが信じていたから作ってやるまでだ。
おれは神仏など信用していない。
峠道に出ると、餌を奪い合う鴉たちのそばで、
上等な藍白の狩衣に身を包んだ初老の男が姫を守るように立っていた。
邸から家司が駆けつけてきたようだ。
これで、振り回されることはなかろう。
だが、その男も放っておいてはくれなかった。
丁寧な物腰ではあったが、お前は何者かと聞いてきた。
姫に聞け、と言い捨て、山の斜面に足を踏み入れた。
姫が「待ちなさい」と、声をかけてきた。
かまわず山に分け入り、うっそうとした藪の斜面を不審に思われぬほどの速さで登る。
「山賊の住処に行くのならわたしも……」
と、声が追いかけてきた。
妙な姫との出会いに困惑しつつも、山賊の住処に向かう。
*
昨日のことだ。
おれは、洞窟や岩屋、無人の炭焼き小屋の類を探し回っていた。
夏とはいえ、山中の朝は案外冷え込む。雨も降る。
自炊のため、火も熾さねばならない。
都近辺を見て回る、住処代わりの拠点が必要だったのだ。
人の住むはずのない山中から煙があがるのが見えた。
炭焼き小屋だろうと足を運ばなかったが、その後、おばばから聞いた話しで、山賊の住処だろうと見当をつけていた。
念のため、目的地を迂回し、上に出る。
出てきた風に煽られるように、杉の大木に登り、山賊の住処と思しきものを望む。
驚いたことに板を使った小屋だ。
しかも、存外新しい。
とうに逃げ出していると思ったが、小屋の向こうに人影が見えた。
昨夜とり逃した山伏姿の男だ。
小振りの太刀を手にしている。
男は怯えた様子で誰かに話しかけていた。
相手は小屋の陰に隠れて見えない。
風の音で聴き取ることができなかったが、逃げ出そうという相談だろう。
おばばが数を間違っていたのか、近隣の悪党がたまたま訪れているのか、少なくとも、もう一人はいるようだ。
手捕りにして役人に渡すことにした。
おばばも、それで納得するだろう。
風で梢が音をたてている。
少々の音なら聞こえまい。
手斧を腰から引き抜いた。
樫の柄の先に穴を開け、十間ほどの縄を結んでいる。
縄を振り回し、勢いをつけると手の内で縄をすべらせ、小屋の上に張り出した檜の枝に巻きつける。
斜面の上側に立ちたいところだが、相手が二、三人ならば問題あるまい。
縄のたるみを引き寄せ、体を預け、巻きつけた枝を支点に弧を描く。
一気に小屋の屋根を飛び越えると、体をひねり、手を離し、男から三間下に降り立った。
斜面を滑り落ちぬよう気を配り、背負っていた弓を引き抜き、矢をつがえた。
気配を察した男が振り向き、あわてて太刀を抜いた。
その後方に、童の姿があった。
薪でも割っていたのか、鉈を手にしている。
なぜこのような場所に童が居るのかわからなかった。
下見をしておくべきだったと後悔したが、もう遅い。
「わしの……」と、声を発し、男は空いた手で童の腕を取った。
太刀を握った右腕に向けて矢を放った。
矢を受け、苦悶の声を上げながらも男は童に覆いかぶさった。
童が、わめきながら手にしていた鉈を振り回した。
鈍い音がした。
男は何が起こったのかわからぬ様子で自分の腹を見た。
続いて男の顔に鉈が振るわれた。
ごつっ、という音とともに、血が飛び散り、童の上に男が崩れ落ちた。
童の悲鳴が、あたりに響き渡った。
*
山賊の血を頭から浴び、顔色を失い、がたがたと震える童は小次郎と名乗った。
齢は十というところか。
さらに五歳ほどの女童が一人小屋に残っていた。
るりという名の妹だという。
小次郎の顔や手足についた血は、小屋のそばの小さな沢で洗わせ、床に転がっていた山賊の衣に着替えさせた。
小次郎が、多少なりとも落ち着くのを待って一緒に山をくだった。
女童には表情がなかった。口も利かない。
「目の前で父も母も殺されたのじゃ。盗賊どもにな」
小次郎が、こぶしを震わせ、境遇を話しはじめた。
親は、伯耆国で宮司をしていたと。
ここに至った切っ掛けは、三月ほど前に、小次郎たちが暮らしていた集落を野盗の群れが襲ったことだという。
ただ盗むのではない。
犯し殺す。
童たちを人買いに売る。
乱行の中、るりを連れ、山に逃げ込んだものの集落は焼かれ、帰る家も頼れる者も失った。
生き残った中に年上のいとこが二人いた。
都に伯母に当たる縁者がいるという話だった。
物乞いをし、盗みを働き、野宿をしながら、都を目指したという。
そして、この峠で山賊どもに捕まった。
逃げだそうとした、いとこたちは崖から落ちて命を落とした。
伯母を頼ってきたものの、どこに住んでいるかも定かでない、と。
都には数えきれぬほどの物乞いがいた。
飢饉と疫病で次々と人が死んでいる。
昨年、鴨川をさらったところ、髑髏が五千五百出てきたという。
万に一つ、伯母を探し当てたところで面倒を見てくれるとは思えなかった。
小次郎は饒舌だった。
山賊どもに妹を質に取られ、この峠を越えようとする者たちを間道に誘いこむ役割を与えられていたのだと説明する。
近々、人買いに売られるところであった、と付け加える。
だが、話に夢中になる性質らしく、妹の様子に構わなかった。
道などない山中の下りである。
手をつないでやれと言うが、るりも山育ちだからと、一向に気にしない。
るりという女童は一度ならず転んだ。
万一に備え、両手を空けておきたかったが、見かねて背負った。
小次郎の話が一段落したとき、峠道が見えた。
そこには、出迎えるかのように牛車が待っていた。
かたわらには姫と狩衣姿の男が立っている。
先ほど登った場所からはずいぶん離れているにも関わらず、まるで、この場所に降りて来るのが、わかっていたとでも言うように。
――陰陽師か。
姫の居場所を探し当てたのも偶然ではなかったということだ。
川原で飛天を待っている時に姫が突然現れたが、その前に八丈ほどの高さの崖を飛び降りている。
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