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第二十六話 『夜這い』
【義守】
逢魔が時も目前である。
塀を乗り越え、飛天が降り立った藤のある庭に忍び込む。
藤式部と名乗り、文をよこしたおなごはどうやら、ここで暮らしているようだ。
紅葉の枝にとまった飛天が「こっちだ」とばかりに邸の方向に首を振る。
庭を横切り、左手の簀子に上がると、横の局から御簾ごしにおなごたちの声が聞こえてきた。
「藤壺の宮様が、夜着を裏返しに?」
その言葉に、
「まあ……」
と、小さなどよめきが起こった。
「それに……」
と、興奮をなだめるように声を潜める。
「単衣を縫っておられるのです」
「そういえば、近頃は、自らのお召し物も次々と仕立てられて、それは清らなお姿で……」
「これまでが、お歳の割に地味だったのですよ」
「親王様を次の帝に、とおっしゃられたときはどうなるかと思いましたが」
「肌に触れる単衣を自ら仕立てられたとお聞きになれば」
「お気持ちは主上に必ず伝わりましょう」
「ようやく、その気になられたのですね……」
「かたくなで融通が利かない方だと思っていましたが、単衣とはまた良い考え」
「これが、その単衣です」
「綾とは言え、生地の質が今一つに見えますが」
「照れておられるのですよ。試し縫いに使うので、ほどほどの物でよいと」
「主上にお渡しいただけるように蔵人に話をしておきます」
「少々、丈が長すぎるのではありませんか」
「それよりも、この糸目では……」
「私が縫い直しておきましょう」
「それは重畳」
「藤壺の宮様には、国母になっていただかねば」
「では、さっそく取り掛かりましょう」
【輝夜】
愛しい人に会えるまじないを宿直の女房に見られてしまった。
しかも、相手を誤解されて。
これまでであったら誇りが許さなかっただろう。
だが、気にならなかった。
横に置いた屏風に目をやった。
義光様が生まれ育った国の鳥瞰図である。
絵師に描かせた。
あの逃避行の舞台となった高尾山や御山荘山(ごさそうざん)が見える。
父が訪れるたびに、これを見て眉をひそめるので塗籠にしまい込んでいたのだが、義守と会った翌日に戻させた。
――しかし、今はまた、塗籠にしまい込もうと考えていた。
切燈台の灯りがわずかに揺れた。
御簾の向こうに誰かが立っている。
外は暗く、御簾の内側は明るい。
ここにいるのが、わたし一人だということはわかるだろう。
中宮の殿舎に取り次ぎもなしに入ってくる無礼者はいない。
たった一人を除いては。
夢でも見ているのではないか。
自ら歌に託したにもかかわらず、そう思った。
まさか日の暮れる頃を見計らったように、忍んでくるとは思わなかった。
あの歌の意味を理解しての事だろうか。
「おれだ」
というぶっきらぼうな、それでいて懐かしい声が耳朶に届く。
あれから十五日しか経っていないというのに、そう思った。
鼻の奥がつんとした。
目頭が熱い。
胸が震えた。
無造作に御簾が引き上げられると、顔を隠すのも忘れ、立ち上がっていた。
気がついたときには歩み寄って、抱きつこうとしていた……が出来なかった。
義守が、くだんの屏風に気を取られていたからだ。
「見覚えが?」
「いや……」
否定はしたが、屏風を見て以降、明らかに不機嫌になった。
やはり、義光様ゆかりの者ではないか。そう思った。
一門の名を世に知らしめた義光様を誇りに思う一方で、姫君を救えなかったことを恥じているのではないか。
あるいは、どこぞで姫君を守り、ひっそりと暮らしているがゆえに、それを口にできぬのか。
姫君は入水したとも言われているが、遺体が見つかったという話は聞こえてこない。
あれ以降、阿部の名が脚光を浴びた様子はない。
それどころか、かの国で一門の者が役職に名を連ねてもいない。
この男は言ったではないか、お前とて本当の名は告げられまい、と。
一門が役につけなかったことを恥じて言えぬのか。
それに従う伴類の類だからか。
尋ねたくてたまらなかったが、できなかった。
その推測が的を射ていたとしても、この男は口にすまい。
この男は誇り高い。
義光様や、それに連なる者として名乗り、仕官につなげようとするつもりは露ほどもあるまい。
わたしの立場を知ればなおさらであろう。
無作法な男ではあるが、場所柄はわきまえているようで声は押さえている。
一方、渡廊傍の局からは時折、女房たちの声が漏れ聞こえてくる。
義守と会っているところを見られてはならなかった。
夜這いとして、見逃してくれるとは到底思えなかったからだ。
万一、衛士に捕らわれるようなことになれば命を奪われよう。
*
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