あさきゆめみし

八神真哉

文字の大きさ
29 / 105

第二十八話  『蓼食う虫』


【輝夜】

またしても失態を犯した。
先日、月の光を反射して納屋の天井裏を照らしていた物の正体がこれだったのだ。
形見だと聞かされたばかりではないか。
まさに、わがままを絵に描いたようなおなごの行動である。

だが、理屈とは裏腹に言葉がついて出た。
「ならば、しばらく貸してください。それなら良いでしょう?」
と、瞳を見つめた。
引き下がれなくなっていた。

「貸したことなどない」
ミコというおなごにもですか? 
ようようのことで、その言葉を飲み込んだ。 
「わたしには似合いませんか?」
勾玉を手に義守に背を向け、塗籠の戸口へ向かう。

後ろから、腕のひとつも回してくるかとひそかに期待したが、そぶりひとつ見せない。
せっかく隙を見せているのに、なんという甲斐性のない男だろう。

わたしのことを美しいと言ったのは、慰めるための方便だったのか。
蓼食う虫もいるという、以前に聞いた話を思い出し、自らを慰めていたというのに。

腹だたしさを押し隠し、精いっぱいの笑顔を作った。
紐を手に、勾玉を胸もとに掲げ、衵姿の少女のように小首をかしげ振り返る。
「どうです?」と。

義守は表情一つ変えることなく、わたしの胸もとにある勾玉を、じっと見つめた。
胸が早鐘を打ち始めた。
息を止め、言葉を待った。

義守が、かすかに眉根を寄せた。
その表情を見て血の気が引いた。
醜女で、わがままなおなごに似合うはずがないではないか。

いや、それよりなにより、なんという気遣いのなさだろう。
何事かと駆けつけてくれた男に、感謝の気持ち一つ伝えるでもなく、身勝手な振る舞いで失望させたのだ。
これでは、義守を世に出すために、良かれと思って用意していた提案さえも断られるだろう。

二度と男に媚びなど売るまいと決心した、その時、
「あつらえたかのようだな」
義守が、ぼそりと口にした。

その意味を咀嚼するのにしばらくかかった。
涙が頬を伝い、ほろりとこぼれ落ちた。
こみ上げる感情を抑えることができなかった。
あわてて背を向けた。
生まれてこのかた、これほどの幸福感に包まれたことはない。

それでも訊きたいのは、ミコというおなごのことだ。
好いたおなごはいるのか。
武士であれば許婚はいるのか

加えて知ってほしかった。
あの夜、わたしが口にしたことは嘘ではないと。
わたしは誰のものでもないのだと。

――それを伝えたところでなんになろう。
それでも、この男にだけは知ってほしかった。

帝のように美しくもない。
教養もない。
身分に至っては比べるべくもない。

にもかかわらず、いつの間にかこの男に魅かれていた。
この男に本性を見られたからだろうか。
ゆえに飾る必要もなく、本音で話せるからだろうか。

かかわりのあるすべての者が、わたしの事を、気の強いおなごだと思っているだろう。
否定はしない。
だが、それを抑えるすべは知っていた。
それができなくなったのは入内してからだ。

男の気を惹こうとするおなごを見ては愚かだと笑っていた。
一方で、おなごらしい振る舞いなどわたしには出来ぬと思っていた。

ところがどうだろう。
今日だけで、何度口を開きかけ、言いよどんでうつむいたことだろう。
あまつさえ、火照った顔でふるふると首を振りさえした。
今であれば、あの人のように、誰もがうっとりとするような仄かな笑みを浮かべることが出来るかもしれない。

――ようよう気がついた。
あの人は本当に帝を、お慕いしていたのだ。
そして慕われていたのだ。
確かに生まれ持った気性もあろう。
だが、慈愛に満ちたあの表情は、自らが幸せでなければ醸し出せないのだ。

高揚するわたしの気持ちに水を差すように義守が、尋ねてきた。
「勾玉のことで呼び出したわけではあるまい」

あいかわらず、場の雰囲気ひとつ読めない朴念仁である。
どうにか、ため息をこらえた。

そもそもの要件はふたつ。
その一つ、消えた単衣の行き先に思い当たった。
「すぐに戻ります」と言い残し、南庇に出る。

その気配と衣擦れの音に、西の局から聞こえていた女房たちの声がぴたりと止まった。
だが、その直前に、主上は、さぞかしお喜びになるでしょう、と言う声が耳に届いた。
それを聞いて、すべてを悟った。

勘違いにもほどがある。
心をこめ、縫い上げたものを帝のもとに届けたのだ。
なんという勝手なことを。
どれほど苦労したと思っているのだ。

局に乗り込んで、代わりに縫い直しなさい、と口にしようとして、それでは、意味がないことに気がついた。

なにより、今、事を荒立てれば、塗籠にいる義守の存在が知られてしまいかねない。
口止めしていた女房に、どのような罰を与えるかは後で考えることにした。
救いは三反用意させていたことである。

腹立たしさを押し隠し、衣擦れの音がしないようにそっと引き返した。
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦 そしてそこから繋がる新たな近代史へ

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

大和型重装甲空母

ypaaaaaaa
歴史・時代
1937年10月にアメリカ海軍は日本海軍が”60000トンを超す巨大戦艦”を”4隻”建造しているという情報を掴んだ。海軍はすぐに対抗策を講じてサウスダコタ級戦艦に続いてアイオワ級戦艦を12隻建造することとした。そして1941年12月。日米は戦端を開いたが戦列に加わっていたのは巨大戦艦ではなく、”巨大空母”であった。 表紙はNavalArtというゲームの画像で、動画投稿者の大和桜花さんに作っていただきました

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。