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第二十九話 『破敵剣』
【義守】
のこのこと、このような場所に足を運んだことを悔いた。
すぐに戻ってきた姫が、待たせた理由ひとつ説明するでもなく、面倒を絵に描いたような話を始めたからだ。
「七日ほど前に熱田神宮に賊が押し入ったのです。目的は草薙(くさなぎの)剣(つるぎ)。傷を負いながら床下に隠れ、一人生き残った権宮司が訊いていたそうです」
姫は、さらに続けた。
「その後、御所に押し込もうとした賊がいたのです。むろんどちらも公にはされておりませんが」
草薙剣の名ぐらいは知っている。
平然と語っているからには撃退したか、未遂に終わったのだろう。
それを察したように、
「盗賊の目的が、元から御所に安置されている八咫鏡であったのか、草薙剣が御所に移されたと知って押し入って来たかは定かではありませんが」
五年前のことを思い出した。
貴族やそれに仕える者が、秘すべきことを打ち明けるときは、命をかけろと言っているに等しい。
「おれに話すことではあるまい」
かかわるつもりはないと釘を刺した。
姫が、先ほど箱から出した錦の布に包まれた三尺ほどの細長い物を手にとった。
おなごの手にはいかにも重たげに見えた。
「託せるのは、あなたしかいないのです」
やはり、ろくでもない者にかかわってしまったようだ。
帝の先祖だか、兄弟だかを救ったという草薙剣ではないにしろ、形は明らかに剣である。
いまどきこのようなものを腰にさげている者はいない。
いわくつきの物であることは十分に予想できた。
「断る」
取り付く島もない、とわかるよう言い切った。
だが、目の前の姫は、聞こえていなかったかのように続けた。
「御所においては、陰陽師寮が結界を張っていたことで大事には至りませんでしたが、その侵入の手際のよさに、手引きしていた者がいたのではないか、と疑う者がいるのです」
だからどうしたというのだ、とばかりに眉をひそめて見せたが、それぐらいで臆するような姫ではなかった。
手を尽くしておりますが、と前置きして続けた。
「早晩、小次郎が調べを受けることになるでしょう」
おのれの頭の巡りの悪さに舌打ちをしそうになった。
このような場所で働かせるにあたっては、姫が適当な推薦人を仕立て上げ、身元をいつわらせたであろう。
それでも、新たに雇ったものが真っ先に疑われるのは当然のことだ。
自らの意志でなかろうとも、かつて山賊とかかわりがあったと知れれば、ここに居続けることはできまい。
疑いが晴れたところで、妹とともに追い出されることになるだろう。
先は見えている。
幼い童二人、生きていけるはずもない。
そこまで考え、本当に小次郎は、かかわっていないのかと疑問を持った。
小次郎と妹が捕らえられていた山賊小屋の様子を思い出したのだ。
護摩を焚いた後に残る麻の匂い、加えて梁の上の書き込み。
おばばは十人と断言したが、ほかに法力を持った法師がいたとしたらどうだろう。
あの違和感は、それだったのかもしれない。
都を騒がす盗賊と山賊どもがつながっていても不思議ではない。
郡の倉はおろか、神器を奪おうと熱田神宮に押し入る。
さらには、このような場所にまで。
しかも、話を聞く限り、どれをとっても手際が良い。
良すぎると言ってもよい。
小次郎が、その法師の呪にからめとられ、手先として働いている可能性も捨てきれない。
だが、ここには陰陽師もいれば武官もいるはずだ。
おれの出る幕ではない、と、おのれに言い聞かせる。
ところが姫は、傍らに置いた錦の袋に包まれたものを指し示す。
「これは、霊剣、破敵剣の形代です。今、これが、御所からなくなれば小次郎に向けられた疑いは晴れるでしょう」
思わず姫の目を見た。
まさか本気で口にしているわけではあるまい、と。
しかし、ひたと見返してくるその目は真剣そのものだった。
出来の良い笛や琵琶とはわけが違う。
内々で隠しきれるはずがない。
あっという間に世に伝わろう。
それは朝廷の権威が地に落ちる、ということだ。
いや、それ以前に、
「持ち出したと知れれば、お前が窮地に立たされよう」
「あなたが、捕まらなければよいのです。ならば、誰もそれを証明できないでしょう」
と、女童のように笑った。
これ以上関わる気はなかった。
だが、姫は続けた。
「あなたが、この剣を振るい、盗賊どもと魑魅魍魎を一掃すれば都人の不安も腫れるでしょう」
なんとも欲張りな姫だ。
「買い被りだ。そもそも、おれは怠け者でな」
姫は、面白そうに微笑んでいる。
かかわった者の苦難を見逃すことが、あなたにできるのですか、とばかりに。
何を言っても無駄なようだ。
やむなく訊いた。
「おれが、小次郎に手引きをさせたのかもしれんぞ?」
「あなたであれば、人の手など借りず、誰にも気づかれぬように持ち出したでしょう」
そう言いながら、今度は、ふと淋しそうに微笑んだ。
【輝夜】
甲斐性のない男だ。
――誰にも気づかれぬように、わたしを、ここから持ち出そうとは思わないのだろうか。
わたし自身、いつまでたっても本物にはなれない形代なのだ。
ちょっとした騒ぎにはなろうが、いずれ忘れられるだろう。
追手などかかるまい。
それができぬのなら、せめて、
「お前の頼みとあらば」
と、甘い言葉の一つも囁いてくれれば、それを縁(よすが)に生きていけようものを。
――それとも、やはり、わたしには、それだけの魅力がないのだろうか。
のこのこと、このような場所に足を運んだことを悔いた。
すぐに戻ってきた姫が、待たせた理由ひとつ説明するでもなく、面倒を絵に描いたような話を始めたからだ。
「七日ほど前に熱田神宮に賊が押し入ったのです。目的は草薙(くさなぎの)剣(つるぎ)。傷を負いながら床下に隠れ、一人生き残った権宮司が訊いていたそうです」
姫は、さらに続けた。
「その後、御所に押し込もうとした賊がいたのです。むろんどちらも公にはされておりませんが」
草薙剣の名ぐらいは知っている。
平然と語っているからには撃退したか、未遂に終わったのだろう。
それを察したように、
「盗賊の目的が、元から御所に安置されている八咫鏡であったのか、草薙剣が御所に移されたと知って押し入って来たかは定かではありませんが」
五年前のことを思い出した。
貴族やそれに仕える者が、秘すべきことを打ち明けるときは、命をかけろと言っているに等しい。
「おれに話すことではあるまい」
かかわるつもりはないと釘を刺した。
姫が、先ほど箱から出した錦の布に包まれた三尺ほどの細長い物を手にとった。
おなごの手にはいかにも重たげに見えた。
「託せるのは、あなたしかいないのです」
やはり、ろくでもない者にかかわってしまったようだ。
帝の先祖だか、兄弟だかを救ったという草薙剣ではないにしろ、形は明らかに剣である。
いまどきこのようなものを腰にさげている者はいない。
いわくつきの物であることは十分に予想できた。
「断る」
取り付く島もない、とわかるよう言い切った。
だが、目の前の姫は、聞こえていなかったかのように続けた。
「御所においては、陰陽師寮が結界を張っていたことで大事には至りませんでしたが、その侵入の手際のよさに、手引きしていた者がいたのではないか、と疑う者がいるのです」
だからどうしたというのだ、とばかりに眉をひそめて見せたが、それぐらいで臆するような姫ではなかった。
手を尽くしておりますが、と前置きして続けた。
「早晩、小次郎が調べを受けることになるでしょう」
おのれの頭の巡りの悪さに舌打ちをしそうになった。
このような場所で働かせるにあたっては、姫が適当な推薦人を仕立て上げ、身元をいつわらせたであろう。
それでも、新たに雇ったものが真っ先に疑われるのは当然のことだ。
自らの意志でなかろうとも、かつて山賊とかかわりがあったと知れれば、ここに居続けることはできまい。
疑いが晴れたところで、妹とともに追い出されることになるだろう。
先は見えている。
幼い童二人、生きていけるはずもない。
そこまで考え、本当に小次郎は、かかわっていないのかと疑問を持った。
小次郎と妹が捕らえられていた山賊小屋の様子を思い出したのだ。
護摩を焚いた後に残る麻の匂い、加えて梁の上の書き込み。
おばばは十人と断言したが、ほかに法力を持った法師がいたとしたらどうだろう。
あの違和感は、それだったのかもしれない。
都を騒がす盗賊と山賊どもがつながっていても不思議ではない。
郡の倉はおろか、神器を奪おうと熱田神宮に押し入る。
さらには、このような場所にまで。
しかも、話を聞く限り、どれをとっても手際が良い。
良すぎると言ってもよい。
小次郎が、その法師の呪にからめとられ、手先として働いている可能性も捨てきれない。
だが、ここには陰陽師もいれば武官もいるはずだ。
おれの出る幕ではない、と、おのれに言い聞かせる。
ところが姫は、傍らに置いた錦の袋に包まれたものを指し示す。
「これは、霊剣、破敵剣の形代です。今、これが、御所からなくなれば小次郎に向けられた疑いは晴れるでしょう」
思わず姫の目を見た。
まさか本気で口にしているわけではあるまい、と。
しかし、ひたと見返してくるその目は真剣そのものだった。
出来の良い笛や琵琶とはわけが違う。
内々で隠しきれるはずがない。
あっという間に世に伝わろう。
それは朝廷の権威が地に落ちる、ということだ。
いや、それ以前に、
「持ち出したと知れれば、お前が窮地に立たされよう」
「あなたが、捕まらなければよいのです。ならば、誰もそれを証明できないでしょう」
と、女童のように笑った。
これ以上関わる気はなかった。
だが、姫は続けた。
「あなたが、この剣を振るい、盗賊どもと魑魅魍魎を一掃すれば都人の不安も腫れるでしょう」
なんとも欲張りな姫だ。
「買い被りだ。そもそも、おれは怠け者でな」
姫は、面白そうに微笑んでいる。
かかわった者の苦難を見逃すことが、あなたにできるのですか、とばかりに。
何を言っても無駄なようだ。
やむなく訊いた。
「おれが、小次郎に手引きをさせたのかもしれんぞ?」
「あなたであれば、人の手など借りず、誰にも気づかれぬように持ち出したでしょう」
そう言いながら、今度は、ふと淋しそうに微笑んだ。
【輝夜】
甲斐性のない男だ。
――誰にも気づかれぬように、わたしを、ここから持ち出そうとは思わないのだろうか。
わたし自身、いつまでたっても本物にはなれない形代なのだ。
ちょっとした騒ぎにはなろうが、いずれ忘れられるだろう。
追手などかかるまい。
それができぬのなら、せめて、
「お前の頼みとあらば」
と、甘い言葉の一つも囁いてくれれば、それを縁(よすが)に生きていけようものを。
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