あさきゆめみし

八神真哉

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第三十一話  『荒覇吐』

【殿上人】

――盗賊どもの探索をしておった検非違使庁の少尉が一人だけ生きて帰ってきたそうだな。
――もとは壱支国の案主として伯耆国におった小役人よ。
――伯耆国の国司を唆し、朝廷も怖れて何百年と手を出さなかった壱支国を滅ぼすきっかけを作ったあの男であろう? 異例の出世を果たした上に命拾いか……運も味方につけていると見える。

――いやいや、いっそのこと命を奪われた方が、どれほどましだったことか。
――どういうことだ。
――聞きたいか?
――じらすな。

――すまぬ。すまぬ。実は、あの男……両の目が抜け落ち、舌は溶けたかのように消え失せておったのだ。加えて一本の歯も残っていなかった。
――なんと! それはまことのことか?
――おまえをだましてなんになる……結局、何があって、そのような姿になったかもわからぬ始末よ。
――それはまた奇妙な……しかし、声が出せぬというなら、筆を持たせればよいではないか。

――それはできぬ。
――できぬことはあるまい。
――指はおろか肘から先も失っていたのだ。膝から先もな。
――それは……。
――芋虫を思い浮かべればよい。
――そのような状態で生きておったというのか……。

――かろうじてな。あるいは呪力で生かされておったのか。しかし、その男、少尉の恨みも深かったのだろう。こと切れる前に見地を書き残したのよ。
――筆をとれぬ、というたではないか。
――とれはせぬ。が、しかし、墨さえあれば、やつが何とかしたであろう……われらの思い込みで用意しなかったことを悔いたものよ。

――結局、その男は、どうしたのだ。
――まさに芋虫のごとく這いずりまわり、庭に転がり落ちたのよ……思い出しても身震いするわ。やつは残った短い腕を地面に擦り付け、血まみれになりながら文字を書いたのだ。

――……なんと?
――その場にいたすべての者の背筋が凍った……。
――もったいぶるな。
――驚くなよ。
――さっさと言え!

――荒覇吐《あらはばき》……と、読めた。

――ばかな……いまさら、そのようなことが……あの伝説の化物が、蘇った、とでも?
――かもしれぬ。なにしろ、その、鬼神のごとき呪力にあやかりたいと、今や、かの国どころか、幾多の国で祀られているほどの男。何があっても不思議でないぞ。
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