あさきゆめみし

八神真哉

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第三十五話  『酒呑童子』

【輝夜】

道を登っていきながら山頂を見上げると、斜面を幾重にも囲む壁と屋根。天にも届きそうな楼門が見える。
視覚を意識した造りだとわかっているにもかかわらず目を奪われた。

敷地に入り、大きくはないが、竜宮はかくもという優美な造りの社殿に、思わずため息をついた。
朱塗りの柱は陽を反射し、眩いばかりに輝いていた。

酒呑童子が、この地に来て二年。
この神宮寺が完成したのはひと月前。
それ以前は、麓の土豪の館を借り上げていた。
分限者たちからの寄進をうけ、吉野にあった高竈神社を解体、移設し、彩色をほどこし、さらに講堂なども建立したと聞く。

門番の案内で牛車を車宿りにつけた。
出迎える者はおらず、しばらくして六尺は優に超えているであろう山伏姿の大男二人が現われた。

目つきが悪いうえに手入れひとつした様子がない、ごわごわとした髪がむさくるしい。
頭にかぶった頭巾(ときん)は、これまで見た山伏の物より遥かに大きい。
大男がさらに大きく見えた。

その二人は、客人を前に床に膝をつくでもなく、錫杖を手に立ったまま、神宮寺、法師、二(にの)法師(ほうし)と四(よんの)法師(ほうし)であると名のる。

しかも、
「我らが修験道の秘法を唱えれば霊験あらたかでありましょう」
と、口にするだけ口にして、案内するでもなく、さっさと奥に姿を消した。

無礼にもほどがある。
怒鳴りつけたい衝動にかられた。
親王様も山伏たちを睨み付けておいでになったが、その気持ちを口にされることはなかった。

お忍びだということを理解されているだけではあるまい。
親王様ほどの身分であれば、自らが口にすべきではないということもわかっておられるのだ。

その賢明さを誇りに思い、「よく我慢なさいました」と、小声で褒めて差し上げると小さくうなずかれた。

後方に控えていた寺男らしい者が、「こちらへ」と案内した。
不安を隠しきれない女房たちを控えの間に残し、廻廊に出ると心を洗われるような見事な庭があった。

その先の講堂から護摩を焚いた匂いが漂ってきた。

すでに日が傾いている。
本来であれば修法を終え、夕餉をとる刻限である。

一日の祈祷は二組までと決まっている、と聞いた。
祈祷する側の都合もあろうが、依頼主が顔を合わせぬようにという配慮もあろう。
先ぶれを出し、寄進を申し出て、三組目としてねじ込ませた。

寺男が、唐戸を開けると、
薄暗い講堂の奥、紙燭の灯が揺らぐ中、護摩壇の前で、その男――は待っていた。

ぶるりと震えが来た。

太い眉。
高い鼻。
いかにも硬そうな枯(から)茶(ちゃ)色のその髭は、髪の毛との区別がつかないほどみっしりと顔を覆っていた。

千年を経た神木のように分厚い胸。
丸太のような腕。
何かをそこにいれているかのように盛りあがった肩は、太い首をも飲み込んでいた。

なにより、その額から隆々と突き出た二本の角が、その男は人ではないと示していた。

まさに雲を突くような大男であった。
身の丈は、宣布されている「八尺」には届くまい。
だが、その角の先まで入れれば、ゆうに八尺を超えているだろう。
屋根裏を突き破るのではないかと心配になるほどだ。

山伏の姿をしてはいたが頭には頭巾もかぶってはいない。
その角が邪魔になって、つけることができないということもあろう。
だが、それ以上に見せつける効果も狙っているに違いない。

近づくと、その瞳が青いことに気がついた。
その美しさたるや、あまたの宝玉でさえ色あせてしまうほどだ。
この鬼が、別名「青鬼」と呼ばれるゆえんである。

ただし、片方の目は、太刀の鍔のような飾り細工に紐を通し、隠している。
一つ目の鬼と呼ぶ者もいる。
いかにも恐ろしげな容貌でありながら、一流の仏師の手による仏像のような美しさをも感じさせた。

親王様が怯えられるのではないかと心配したが、唖然と目の前の鬼を見つめたのち、たいしたものだ、とばかりの笑顔を浮かべられた。
その度胸に、わたしの方が嬉しくなった。

講堂では先ほどの無礼な法師に加え、山伏姿の法師二人が護摩を焚く準備を始めていた。
これも大男であった。
酒呑童子と大男の四法師、壮観な眺めだった。

酒呑童子は、自らの名を名乗り、どうぞこちらへと、四方を几帳で囲った畳の場所へと案内した。
声も見かけどおりの野太い声であった。
酒の匂いがしたのは気のせいだろうか。

「どのような御用ですかな」
と、口にして厳めしい顔を崩した。

当然である。
先ぶれが門番に袖の下を握らせ、相場を訊きだし、その三倍の寄進を約束したのだ。
親王様をお守りできるのであれば十倍でも百倍でも良かったのだが、身元を探られぬようにと加減して交渉させた。

この世は、呪を抜きには語れない。
憎い相手に呪をかけてくれと頼みに来る者もいるだろう。
身分を隠し、依頼してくる者も大勢訪れよう。
酒呑童子も十分に心得ており、わたしたちの名も関係も訊ねて来ない。
寄進さえ受けることが出来れば、そのようなものに用はないはずだ。

「若君が、つつがなく息災で過ごせますように加護の祈祷を」
毒を盛られた事には触れずに用件だけを伝えた。
道々考えたのだ。
毒を盛った相手を尋ねることは、若君と紹介した童の立場を露にすることになりかねないことに。

祈祷には名前を使うことが多いと聞いていたが、酒呑童子は心得ているようで、代わりの物を要求した。
「それでは姫君、その若君の髪の毛を……」

その時、外の回廊で騒ぎが起こった。
床を踏み抜くような足音と、人が倒れるような音に続き、叩きつけられるように唐戸が開いた。
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