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第三十六話 『義守』
【輝夜】
差し込む光の中に烏帽子をかぶっていない男の影が浮かび上がった。
引きずられていたのは門番と先ほどの寺男であった。
一人が、その腰に、もう一人が、その足にしがみついている。
男を止めようとしているのだ。
だが、男は息ひとつ切らすでもなく、しがみつく二人を衣でも引きずるかのようにやすやすと講堂に踏み込んできた。
紙燭の明かりの中、男の顔が浮かび上がった。
印象的な目、苦虫をかみつぶしたような表情は少しも変わっていない。
それにしても、なぜここに?
と思いを巡らし、気がついた。
ここに向かう牛車の上で鷹が円を描いていたことを。
しがみついていた二人が四つん這いになって逃げだした。
山伏姿の大男四人が義守を取り囲んだからだ。
いかに、そのあたりの大人よりも身丈があるとはいえ、相手は六尺を越えた偉丈夫である。
なにより身幅がある。
むろん、義守とて、吉平が驚くほどの力の持ち主である。
それでも四対一では分が悪い。
しかも相手は法力を持つ山伏である。
この場を収められるのは酒呑童子しかいないだろう。
と振り向くと、肝心の酒呑童子は何か不思議な物でも見たかのように眉をひそめている。
だが、すぐに落ち着いた声で、義守に「何用かな」と問いかけた。
「見てわからぬか」
決して大きくはないが、怒りを含んだ声が講堂の隅々まで届いた。
酒呑童子が口端を上げてにやりと笑った。
だが、その目は笑っていない。
*
神宮寺の後方にある山に登った。
親王様とともに、義守の背負子に乗って。
檜と灌木がいくつか見えるだけの巨大な岩山だ。
岩と岩に挟まれた道とも呼べないような隙間。斜面を石段のように削った場所。
崖に杭を打ち、縄を括りつけてある場所を義守はひょうひょうと登っていく。
頂上近くに、藤壺の庭ほどの開けた場所があった。
酉(とり)の方角には舞楽会の一つも催せそうな平らで大きな岩がある。
その一段上には、さらに大きく広い岩が鎮座している。。
後方は崖で、あたりを圧するほど太い注連縄がかかっていた。
神が舞い降りる磐座(いわくら)だろう。
そそり立つ壁は、おおよそ、二十五丈というところか。
丸太を、斧で縦に真っ二つに割ったような切り口の絶壁である。
崖の裏側がどのようになっているかはわからないが、頂上まで登れるようには見えなかった。
圧倒され声を失っている、わたしの横で、親王さまが足元も気にせず、はしゃいでおられる。
視線の先に目をやると、遠く都城と、その郊外が一望できた。
酒呑童子に聞こえぬよう「危のうございますよ」と申し上げても、
「右に見える門が羅城門であろう? その両横が東寺に西寺」
と、興奮され、わたしの袖を引かれる。
牛車や義守の背負子の世話になったとはいえ、内裏を出ることさえ稀な親王様が、神が舞い降りる山に、ご自分の足で立たれたのだ。
確かに見晴らしも素晴らしい。感激もひとしおだろう。
義守は、酒呑童子に薦められた磐座前の上座を断り、艮(うしとら)の方角にある岩を選ぶ。
幅一間半ほどの岩だ。
遅れて寺からあがって来た使用人が、わたしたち三人のために畳を置いた。
親王様を挟み、そこに座る。
市女笠を傍らに置き、形ばかり扇で顔を隠す。
義守に会って以降、厳格に隠すことが面倒になっていた。
酒呑童子は、その対面にある岩に腰かけ、その右横に瓶(かめ)を三つ運ばせた。
少し離れた檜(ひのき)の枝に鴉が一羽止まっていた。
鴉の棲家かとも思ったが一羽だけと言うことはあるまい。
すでに日は暮れかかっている。
暗くなっては帰れまいに、と心配になった。
篝火が焚かれ、あたりが一層暗くなる。
暑い盛りではあるが、陽が陰ると、山の上ということもあって涼しげな風が吹く。
使用人が火を起こし鍋をかける。
酒呑童子が、夕餉を供に、と言うので付き合うことにしたのだ。
先日のこともあり、今宵は、ここに泊まる段取りで交渉させた。
義守は、目的のついでに小次郎とるりの様子を見ようと都に向かっていたらしい。
飼っている鷹がわたしの姿を見つけ、行先を変更したという。
実のところ、わたしは不満だった。
宴の用意が整ってもいないのに呼ばれたことにではない。義守に、だ。
現れて欲しいときには現れず、親王様の加持祈祷を邪魔するために現れるなど――なんと身勝手な男だろう。
一方で、安堵したのも事実である。
酒呑童子の加持祈祷の力がいかに優れていようと、その素性は明らかではない。
親王様に、危害を加えるのではないかと言う不安をぬぐいさることができなかったからだ。
その酒呑童子は、と言えば、わたしの心配になど考えがおよばぬ様子で、
「うまい酒が手に入ったのです」
と、心底嬉しげに口にする。
さらには、むっつりと黙り込む義守に話しかける。
無礼なふるまいを受けたにもかかわらず、酒呑童子は義守を気に入っているように見えた。それほど酒呑童子の機嫌がよい。
差し込む光の中に烏帽子をかぶっていない男の影が浮かび上がった。
引きずられていたのは門番と先ほどの寺男であった。
一人が、その腰に、もう一人が、その足にしがみついている。
男を止めようとしているのだ。
だが、男は息ひとつ切らすでもなく、しがみつく二人を衣でも引きずるかのようにやすやすと講堂に踏み込んできた。
紙燭の明かりの中、男の顔が浮かび上がった。
印象的な目、苦虫をかみつぶしたような表情は少しも変わっていない。
それにしても、なぜここに?
と思いを巡らし、気がついた。
ここに向かう牛車の上で鷹が円を描いていたことを。
しがみついていた二人が四つん這いになって逃げだした。
山伏姿の大男四人が義守を取り囲んだからだ。
いかに、そのあたりの大人よりも身丈があるとはいえ、相手は六尺を越えた偉丈夫である。
なにより身幅がある。
むろん、義守とて、吉平が驚くほどの力の持ち主である。
それでも四対一では分が悪い。
しかも相手は法力を持つ山伏である。
この場を収められるのは酒呑童子しかいないだろう。
と振り向くと、肝心の酒呑童子は何か不思議な物でも見たかのように眉をひそめている。
だが、すぐに落ち着いた声で、義守に「何用かな」と問いかけた。
「見てわからぬか」
決して大きくはないが、怒りを含んだ声が講堂の隅々まで届いた。
酒呑童子が口端を上げてにやりと笑った。
だが、その目は笑っていない。
*
神宮寺の後方にある山に登った。
親王様とともに、義守の背負子に乗って。
檜と灌木がいくつか見えるだけの巨大な岩山だ。
岩と岩に挟まれた道とも呼べないような隙間。斜面を石段のように削った場所。
崖に杭を打ち、縄を括りつけてある場所を義守はひょうひょうと登っていく。
頂上近くに、藤壺の庭ほどの開けた場所があった。
酉(とり)の方角には舞楽会の一つも催せそうな平らで大きな岩がある。
その一段上には、さらに大きく広い岩が鎮座している。。
後方は崖で、あたりを圧するほど太い注連縄がかかっていた。
神が舞い降りる磐座(いわくら)だろう。
そそり立つ壁は、おおよそ、二十五丈というところか。
丸太を、斧で縦に真っ二つに割ったような切り口の絶壁である。
崖の裏側がどのようになっているかはわからないが、頂上まで登れるようには見えなかった。
圧倒され声を失っている、わたしの横で、親王さまが足元も気にせず、はしゃいでおられる。
視線の先に目をやると、遠く都城と、その郊外が一望できた。
酒呑童子に聞こえぬよう「危のうございますよ」と申し上げても、
「右に見える門が羅城門であろう? その両横が東寺に西寺」
と、興奮され、わたしの袖を引かれる。
牛車や義守の背負子の世話になったとはいえ、内裏を出ることさえ稀な親王様が、神が舞い降りる山に、ご自分の足で立たれたのだ。
確かに見晴らしも素晴らしい。感激もひとしおだろう。
義守は、酒呑童子に薦められた磐座前の上座を断り、艮(うしとら)の方角にある岩を選ぶ。
幅一間半ほどの岩だ。
遅れて寺からあがって来た使用人が、わたしたち三人のために畳を置いた。
親王様を挟み、そこに座る。
市女笠を傍らに置き、形ばかり扇で顔を隠す。
義守に会って以降、厳格に隠すことが面倒になっていた。
酒呑童子は、その対面にある岩に腰かけ、その右横に瓶(かめ)を三つ運ばせた。
少し離れた檜(ひのき)の枝に鴉が一羽止まっていた。
鴉の棲家かとも思ったが一羽だけと言うことはあるまい。
すでに日は暮れかかっている。
暗くなっては帰れまいに、と心配になった。
篝火が焚かれ、あたりが一層暗くなる。
暑い盛りではあるが、陽が陰ると、山の上ということもあって涼しげな風が吹く。
使用人が火を起こし鍋をかける。
酒呑童子が、夕餉を供に、と言うので付き合うことにしたのだ。
先日のこともあり、今宵は、ここに泊まる段取りで交渉させた。
義守は、目的のついでに小次郎とるりの様子を見ようと都に向かっていたらしい。
飼っている鷹がわたしの姿を見つけ、行先を変更したという。
実のところ、わたしは不満だった。
宴の用意が整ってもいないのに呼ばれたことにではない。義守に、だ。
現れて欲しいときには現れず、親王様の加持祈祷を邪魔するために現れるなど――なんと身勝手な男だろう。
一方で、安堵したのも事実である。
酒呑童子の加持祈祷の力がいかに優れていようと、その素性は明らかではない。
親王様に、危害を加えるのではないかと言う不安をぬぐいさることができなかったからだ。
その酒呑童子は、と言えば、わたしの心配になど考えがおよばぬ様子で、
「うまい酒が手に入ったのです」
と、心底嬉しげに口にする。
さらには、むっつりと黙り込む義守に話しかける。
無礼なふるまいを受けたにもかかわらず、酒呑童子は義守を気に入っているように見えた。それほど酒呑童子の機嫌がよい。
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