あさきゆめみし

八神真哉

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第三十七話  『酒宴』


【義守】

酒呑童子は、すいばしを使い、ぐつぐつと音をたてる鍋に手ずから菜を入れ、食材のうんちくを垂れる。
鍋からは山椒の匂いが漂ってくる。
鳥のものと思われる肉や菓子も山盛り用意されている。

対面に座った酒呑童子は、
「残念ながら、わしは肉は口にできませんが」と、言い訳をするが、口元が笑っている。
これほどの体が、肉も食べずにできあがるとは思えなかった。

先ほど、上座を勧められたが断った。
遠慮したのではない。
上座は崖や段差のある岩を背にしている。
崖の天辺や一段上の祭壇から矢でも射かけられたら逃れるすべはない。

崖と対面するのも危険である。
背後となる下り斜面には突き出た岩が多い。
そこに身を潜ませ、襲い来ることも可能である。
結局、艮(うしとら)――北東の、この場所に腰を据えた。

決して、油断してはならない相手であることは、向かいの檜の枝にとまった鴉(からす)を見てもわかる。
姫は気づいていないようだが、あの鴉には足が四本、頭が二つある。
呪術を使う鬼のもとに魔物のごとき鴉がいるのだ。
偶然とは思えなかった。

とは言え、真に怖ろしいのは酒呑童子の法力だろう。
以前、盗人よりもたちの悪い呪術師を一人倒したことはあるが、比べようもあるまい。
世に流布している力の半分でもあれば太刀打ちできないだろう。
酒を勧めてきたが断った。


【輝夜】

義守が、「酒は飲めぬ」と断ると、酒呑童子は、機嫌を損ねたように、
「これほどうまいものを飲まぬとは……」
と、手酌を始めた。

手酌と言っても用意された高杯についでいるのではない。大きな鉢にである。

豪快に三杯を飲み干し、口元を拭う。
その何ともさまになる姿に刺激されたのだろう。
親王様が、わたしをご覧になり「飲んでみたい」と口にされた。

酒呑童子の表情が一変した。
ねだった物を手に入れた童のようにうれしげに目を輝かせる。
「おおっ、見込みのある若君じゃ。男というもの、そうでなくては」
その乱暴な口ぶりにひやりとしたが、親王様は顔色をお変えにならなかった。

耳元で「おとなの飲み物です。美味しくはございません。舐めるだけになさいませ」とささやく。

酒呑童子は、柄杓を使って小さな口の高杯に器用に注ぎ、差し出した。
愛想を振りまいてはいるものの相手は鬼である。
後からおかしな噂が立たぬよう、わたしが受け取り親王様にお渡しする。

高杯から鼻に突く匂いが漂ってくる。
顔をそむけた親王様の高杯が傾いたのと、わたしのひざ元に小石が落ちたのは同時だった。
酒は、ほとんどがこぼれ落ち、足元の岩を白く染めた。

「いささか、早ようございましたかな?」
笑い飛ばす酒呑童子の言葉に、親王様が口をへの字に曲げられた。

怒りのあまり、身分を指し示す言葉を口にされるのではないかと割りこもうとしたが、
「酒を飲めれば一人前と申すか? ならば飲んで見せよう」
と、近くに置かれた漆塗りの椀を差しだされた。

「これは失礼いたしました。酒をたしなまずとて十分な働きをする者もおりましょう」
五歳前の童とは思えぬ凛とした立ち振る舞いに、酒呑童子も何かしら感じるところがあるのだろう。
進み出て、真顔で頭を下げ、椀を両手で受け取った。

「先日、濁りのない酒を売り込みに来た者がおりましてな。芳醇でいて清らか、口当たりもよい。が、しかし、いささか値が高い、と追い返したのですが、ここを訪れるのは高貴な方ばかり。買っておけばと後悔しております――その酒であれば、きっと、お気に召していただけたでしょう。次においでになる時には必ずご用意しておきますれば」

親王様は、うむとばかりに頷かれる。
「では、いずれ、その酒で杯を酌み交わそうぞ」

酒呑童子は笑みを浮かべて、
「是非に」と言いながら瓶を傾け、鉢に酒を注ぐと、あおるように一気に飲み干した。
この調子では、並べられた瓶も、あっという間に空になるだろう。

酒呑童子が、親王様に菓子を載せた皿を、ずいと差しだした。
われら貴族は、椀ごとに分けられ、膳に載せられたものしか口にしたことがない。
自らが皿に盛ったり、取り分けたりすることなどない。

ましてや親王様である。
皿を突き出されたことなどあろうはずもがない。

わたしが受け取ろうと手を伸ばす。
しかし、親王様は、不敬な行いに怒りを表すこともなく、怖れるでもなく手を伸ばされた。
鬼を前に、なかなかの胆力である。

とは言え、素性のしれぬ鬼の差し出すものである。
先に酒呑童子が飲んでいたからと、安心していたが、高杯に毒が入っていた可能性もある。
いまさらながらに、そのことに思い当たり、背筋が寒くなる。

あわてて、「わたしが」と声をかけると、義守が横から椀ごと奪っていった。
そして菓子を口に運んだ。

わたしの身を案じ、毒見を買って出てくれたのだ。
媼の納屋で、先に粥を口にしたのも、そういうことだったのだ、と思い当たる。
ならば、あの時の「天女かと思った」という言葉にも真実味が加わる。
嬉しさに頬が火照る。

何事も無かったかのように、義守が黙って、菓子の入った皿を親王様に差し出した。
その様子を見て酒呑童子は心底、面白そうに笑みを浮かべ、鍋の中の物を椀に注ぐと義守に差し出してきた。

山椒(さんしょう)の匂いが鼻をつく。
親王様と、わたしも口にした。
初めて口にする味だった。
あえて例えれば、鳥の肉に近い。

首をかしげるわたしたちに酒呑童子が解説する。
「大山椒魚(おおさんしょううお)の肉です。川に棲みついておるので魚と名はついておりますが、少なくとも魚ではありません」

顔をしかめたわたしの横で、親王様が「あれか」と面白そうにつぶやかれた。
その様子を眺める酒呑童子の機嫌も良い。
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