あさきゆめみし

八神真哉

文字の大きさ
39 / 105

第三十八話  『鴉』


【輝夜】

そこへ、使用人二人が笊(ざる)を運んできた。
串に刺した鮎がいくつも載っている。

その串を火の近くの岩の隙間に突き刺していく。
このような焼き方もあるのだ。
宮中にこもっていれば、一生目にすることはなかったであろう。
使用人たちは、作業を手際よくこなしていく。

しかし、怒りに満ちた声がそれを制した。
「なんのまねだ!」
酒呑童子の表情が、まさに悪鬼のように変わっていた。

使用人の一人が、顔色を変え、おびえながらも、
「わが主人が、お客様に、雲原川の鮎を是非味わっていただけと」
と、答えた。
その言葉に酒呑童子が絶句したように見えた。

この寺の検校は酒呑童子だと聞いていた。
主体は神社で、宮司の方が力を持っているのだろうか。
あるいは、わが主人とは、支援者の事だろうか。

気にはなったが酒呑童子に問うことは憚られた。
それほど顔色が悪い。

一方の使用人たちも、震え、土気色の顔になりながらも引く気配を見せない。
そうしている間にも魚の焼ける匂いが漂ってきた。

場の雰囲気を変えなければと、腰を浮かせた。
なにをしようと決めていたわけではない。

だが、沈黙を破ったのは義守だった。
「焼き魚は食えぬ」

思わず義守を振り返る。
「おれの前には並べないでくれ」
いつにまして不機嫌な表情で告げた。

「あなたに、苦手な物があるとは思いませんでした」
場を和らげようと軽口をたたこうとしたが、反応を楽しむことはできなかった。
酒呑童子の大声が、それを遮ったからだ。

「おおっ……おまえもか! そうか、そうか」
顔を紅潮させ、涙を流さんばかりに興奮して腰を上げた。

義守に助けられた形になったとは言え、酒呑童子の喜びようは、いささか大仰に過ぎた。
酒呑童子は、客人は食べれぬそうじゃと、大声で使用人たちを追い返すと、
「さて、口なおしじゃ」
と、上機嫌で鉢を手にした。

――そのとたん、予期せぬことが起こった。
間近から耳朶を裂くような奇声が響き渡ったのだ。
奇声の主は檜の枝にとまった鴉であろう。
だが、何が起こったかわからなかった。

気がついた時には、一間先に座っていた酒呑童子が、瞬時に鍋を飛び越え、親王様を掻き抱いたわたしに覆いかぶさっていた。
さらには、そのわずかな隙間に義守が入り込み、酒呑童子の丸太のような両の手首を掴んでいた。

義守の目には、酒呑童子が、わたしたちを襲ったように見えたのだろう。
だが、わたしには、鴉の奇声に危険を感じ取った酒呑童子が、わたしたちを守ろうと懐に抱きこもうとしたように見えた。
事実、酒呑童子の関心は、義守ではなく背後に向いていた。

酒呑童子が、鍋を飛び越える前に、一瞬ではあったが、わたしの目に映ったものがある。
鴉の停まる檜の下に立つ二人の法師の姿だ。
迎えに出てきた礼儀知らずの二人によく似ていた。

覆いかぶさる直前に酒呑童子が呪らしきものを唱え印を切ると、同時にその姿が掻き消えた。
消えた法師二人もまた、印を結び、呪を唱えているように見えた。

酒呑童子は、自分の手首を握り締める義守を見つめ、肩を揺らし、そして哄笑した。
義守の目は笑っていない。
かといって、本気で争うつもりはなさそうだ。

義守は、親王様を掻き抱いたわたしを自分の背後に回して、ようやく警戒を解いた。
義守もまた、鴉に目をやっていた。
先ほどの奇声が、あの鴉のものであるということでは一致したようだ。

さすがに驚かれた様子の親王様だったが、一旦落ち着くと、酒呑童子と義守を興味深げに観察しておられた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦 そしてそこから繋がる新たな近代史へ

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

大和型重装甲空母

ypaaaaaaa
歴史・時代
1937年10月にアメリカ海軍は日本海軍が”60000トンを超す巨大戦艦”を”4隻”建造しているという情報を掴んだ。海軍はすぐに対抗策を講じてサウスダコタ級戦艦に続いてアイオワ級戦艦を12隻建造することとした。そして1941年12月。日米は戦端を開いたが戦列に加わっていたのは巨大戦艦ではなく、”巨大空母”であった。 表紙はNavalArtというゲームの画像で、動画投稿者の大和桜花さんに作っていただきました

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。