あさきゆめみし

八神真哉

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第三十八話  『鴉』

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【輝夜】

そこへ、使用人二人が笊(ざる)を運んできた。
串に刺した鮎がいくつも載っている。

その串を火の近くの岩の隙間に突き刺していく。
このような焼き方もあるのだ。
宮中にこもっていれば、一生目にすることはなかったであろう。
使用人たちは、作業を手際よくこなしていく。

しかし、怒りに満ちた声がそれを制した。
「なんのまねだ!」
酒呑童子の表情が、まさに悪鬼のように変わっていた。

使用人の一人が、顔色を変え、おびえながらも、
「わが主人が、お客様に、雲原川の鮎を是非味わっていただけと」
と、答えた。
その言葉に酒呑童子が絶句したように見えた。

この寺の検校は酒呑童子だと聞いていた。
主体は神社で、宮司の方が力を持っているのだろうか。
あるいは、わが主人とは、支援者の事だろうか。

気にはなったが酒呑童子に問うことは憚られた。
それほど顔色が悪い。

一方の使用人たちも、震え、土気色の顔になりながらも引く気配を見せない。
そうしている間にも魚の焼ける匂いが漂ってきた。

場の雰囲気を変えなければと、腰を浮かせた。
なにをしようと決めていたわけではない。

だが、沈黙を破ったのは義守だった。
「焼き魚は食えぬ」

思わず義守を振り返る。
「おれの前には並べないでくれ」
いつにまして不機嫌な表情で告げた。

「あなたに、苦手な物があるとは思いませんでした」
場を和らげようと軽口をたたこうとしたが、反応を楽しむことはできなかった。
酒呑童子の大声が、それを遮ったからだ。

「おおっ……おまえもか! そうか、そうか」
顔を紅潮させ、涙を流さんばかりに興奮して腰を上げた。

義守に助けられた形になったとは言え、酒呑童子の喜びようは、いささか大仰に過ぎた。
酒呑童子は、客人は食べれぬそうじゃと、大声で使用人たちを追い返すと、
「さて、口なおしじゃ」
と、上機嫌で鉢を手にした。

――そのとたん、予期せぬことが起こった。
間近から耳朶を裂くような奇声が響き渡ったのだ。
奇声の主は檜の枝にとまった鴉であろう。
だが、何が起こったかわからなかった。

気がついた時には、一間先に座っていた酒呑童子が、瞬時に鍋を飛び越え、親王様を掻き抱いたわたしに覆いかぶさっていた。
さらには、そのわずかな隙間に義守が入り込み、酒呑童子の丸太のような両の手首を掴んでいた。

義守の目には、酒呑童子が、わたしたちを襲ったように見えたのだろう。
だが、わたしには、鴉の奇声に危険を感じ取った酒呑童子が、わたしたちを守ろうと懐に抱きこもうとしたように見えた。
事実、酒呑童子の関心は、義守ではなく背後に向いていた。

酒呑童子が、鍋を飛び越える前に、一瞬ではあったが、わたしの目に映ったものがある。
鴉の停まる檜の下に立つ二人の法師の姿だ。
迎えに出てきた礼儀知らずの二人によく似ていた。

覆いかぶさる直前に酒呑童子が呪らしきものを唱え印を切ると、同時にその姿が掻き消えた。
消えた法師二人もまた、印を結び、呪を唱えているように見えた。

酒呑童子は、自分の手首を握り締める義守を見つめ、肩を揺らし、そして哄笑した。
義守の目は笑っていない。
かといって、本気で争うつもりはなさそうだ。

義守は、親王様を掻き抱いたわたしを自分の背後に回して、ようやく警戒を解いた。
義守もまた、鴉に目をやっていた。
先ほどの奇声が、あの鴉のものであるということでは一致したようだ。

さすがに驚かれた様子の親王様だったが、一旦落ち着くと、酒呑童子と義守を興味深げに観察しておられた。
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