49 / 105
第四十八話 『神器』
【輝夜】
――先日、父が、飛香舎に衣筥(ころもはこ)を持ちこんだ。
「さる高名な僧から子宝に恵まれるという筥を借りてまいりました。開けることなく塗籠に大事に保管しておかれますように。また、近々取りにまいります」と。
何かあると言っているようなものである。
父にはそういうところがある。身内には甘いのだ。
筥そのものは何の変哲もない衣筥である。
開けてみると綿が入っていた。化粧や顔をふくためのものである。
庶民には手の届かない物だとは聞いているが、衣筥のような大きな筥に詰める意味はない。
灯りをかざしてみると、底の隅に隙間がある。
二重底になっていた。
細長い四尺ほどの桐の箱が入っていた。
蓋を取ると、三尺足らずの剣が現れた。
菖蒲の葉に似た刃先、中ほどは盛り上がり節立っていた。
しかし、妙に黒い。
焼けているように見える。
にもかかわらず、目にした途端、ぶるりと体が震えた。
剣についての知識のないわたしにさえ、そのあたりの神社に奉納されている剣とは格が違うことが分かった。
三種の神器のうちの一つ「草薙剣」。
あるいは、父と、この男が複製鋳造にかかわったという「破敵剣」であろう。
だが、鋳造してさほど経っていない「破敵剣」が、このような状態にあるはずがない。
熱田神宮に盗賊が押し入ったという話は小耳にはさんでいた。
事前に占いで危険を察知した吉昌の奏上により、万一を考え「草薙剣」を宮中に移していたという噂も。
その剣を神宮から移動させたがゆえに、帝に祟った、とされる過去さえある。
一介の陰陽師が奏上しようとしたところで取り上げられるはずもない。
警備を増やすか祈祷するのが関の山だ。
だが、この男が断言すれば別である。
つまり、これこそが、その剣であろう。
しかるべきところに安置されている物は形代か偽物。
そう見て間違いあるまい。
計算高い父の事だ。
今回の騒ぎを逆手にとって、政敵を追い落とそうと画策しているに違いない。
最大の政敵を葬って以降、台頭してきた大納言。
その邸の床下から、これが見つかればどうなるかは、わたしでも予想がつく。
どさくさに紛れ、持ち出したのだ。
むろん、この男や、その息子をも抱きこんで。
「刻がありません。率直に用件を述べましょう。先日、熱田神宮から宮中に持ち込まれたものをわたしのもとに」
陰陽師の髭が、ぴくりと動いた。
「はて、はて、年は取りたくないもの……このところ、とんと耳が遠くなりましてな」
「女房の一人が、あなたに口説かれたと吹聴していたのは二年ほど前でしたよ」
「噂が独り歩きしているようですな」
男は、嘆息し、苦笑して見せる。
「私を誰だと思っておられるのです。いまや、棺桶に片足を突っ込んだ一介の老いぼれですぞ」
「あなたにしかできぬでしょう」
笑顔をつくり、老いた陰陽師の目をひたと見つめる。
「式神に命じるとか……主上のお姿を借りて持ち出すとか。方法はいくらでもあるではありませんか」
かつてのやんちゃな姫君を思い出させるよう、あえて楽し気に口にした。
陰陽師が、あきらめたように口端をあげた。
「……八咫鏡(やたのかがみ)をご所望ですかな? 」
形代の鏡は、宮中の賢所(かしこどころ)に奉置されている。
「鏡で盗賊どもを一掃できますか? そもそも、八咫鏡であれば、あなたには頼みません。わたしを誰だと思っているのです。あの左大臣の娘ですよ。賢所は言うにおよばず宮中に出入りする者の弱みは一通り握っています。形代を目にするぐらい容易いものです」
帝と言えど、草薙剣を目にすることは出来ない。
剣璽等承継の儀の際に一度だけ目にする機会があるが、それとて本物ではない。形代である。
陰陽師は、ため息をつくと首を振った。
「鬼籍に入った妻が羨ましい。わたしはいささか長生きし過ぎたようです」
あえて、この男に、いま、宮中に安置されているはずの草薙剣の所在を明らかにせよと要求した。
合わせて、父が企んでいることを打ち明けろと。
あなたは、左大臣の下僕ではなく、帝の下僕なのだから、と。
むろん、草薙剣を、もとの場所に戻そうという殊勝な考えで、この男に話を持ちかけたのではない。
――先日、父が、飛香舎に衣筥(ころもはこ)を持ちこんだ。
「さる高名な僧から子宝に恵まれるという筥を借りてまいりました。開けることなく塗籠に大事に保管しておかれますように。また、近々取りにまいります」と。
何かあると言っているようなものである。
父にはそういうところがある。身内には甘いのだ。
筥そのものは何の変哲もない衣筥である。
開けてみると綿が入っていた。化粧や顔をふくためのものである。
庶民には手の届かない物だとは聞いているが、衣筥のような大きな筥に詰める意味はない。
灯りをかざしてみると、底の隅に隙間がある。
二重底になっていた。
細長い四尺ほどの桐の箱が入っていた。
蓋を取ると、三尺足らずの剣が現れた。
菖蒲の葉に似た刃先、中ほどは盛り上がり節立っていた。
しかし、妙に黒い。
焼けているように見える。
にもかかわらず、目にした途端、ぶるりと体が震えた。
剣についての知識のないわたしにさえ、そのあたりの神社に奉納されている剣とは格が違うことが分かった。
三種の神器のうちの一つ「草薙剣」。
あるいは、父と、この男が複製鋳造にかかわったという「破敵剣」であろう。
だが、鋳造してさほど経っていない「破敵剣」が、このような状態にあるはずがない。
熱田神宮に盗賊が押し入ったという話は小耳にはさんでいた。
事前に占いで危険を察知した吉昌の奏上により、万一を考え「草薙剣」を宮中に移していたという噂も。
その剣を神宮から移動させたがゆえに、帝に祟った、とされる過去さえある。
一介の陰陽師が奏上しようとしたところで取り上げられるはずもない。
警備を増やすか祈祷するのが関の山だ。
だが、この男が断言すれば別である。
つまり、これこそが、その剣であろう。
しかるべきところに安置されている物は形代か偽物。
そう見て間違いあるまい。
計算高い父の事だ。
今回の騒ぎを逆手にとって、政敵を追い落とそうと画策しているに違いない。
最大の政敵を葬って以降、台頭してきた大納言。
その邸の床下から、これが見つかればどうなるかは、わたしでも予想がつく。
どさくさに紛れ、持ち出したのだ。
むろん、この男や、その息子をも抱きこんで。
「刻がありません。率直に用件を述べましょう。先日、熱田神宮から宮中に持ち込まれたものをわたしのもとに」
陰陽師の髭が、ぴくりと動いた。
「はて、はて、年は取りたくないもの……このところ、とんと耳が遠くなりましてな」
「女房の一人が、あなたに口説かれたと吹聴していたのは二年ほど前でしたよ」
「噂が独り歩きしているようですな」
男は、嘆息し、苦笑して見せる。
「私を誰だと思っておられるのです。いまや、棺桶に片足を突っ込んだ一介の老いぼれですぞ」
「あなたにしかできぬでしょう」
笑顔をつくり、老いた陰陽師の目をひたと見つめる。
「式神に命じるとか……主上のお姿を借りて持ち出すとか。方法はいくらでもあるではありませんか」
かつてのやんちゃな姫君を思い出させるよう、あえて楽し気に口にした。
陰陽師が、あきらめたように口端をあげた。
「……八咫鏡(やたのかがみ)をご所望ですかな? 」
形代の鏡は、宮中の賢所(かしこどころ)に奉置されている。
「鏡で盗賊どもを一掃できますか? そもそも、八咫鏡であれば、あなたには頼みません。わたしを誰だと思っているのです。あの左大臣の娘ですよ。賢所は言うにおよばず宮中に出入りする者の弱みは一通り握っています。形代を目にするぐらい容易いものです」
帝と言えど、草薙剣を目にすることは出来ない。
剣璽等承継の儀の際に一度だけ目にする機会があるが、それとて本物ではない。形代である。
陰陽師は、ため息をつくと首を振った。
「鬼籍に入った妻が羨ましい。わたしはいささか長生きし過ぎたようです」
あえて、この男に、いま、宮中に安置されているはずの草薙剣の所在を明らかにせよと要求した。
合わせて、父が企んでいることを打ち明けろと。
あなたは、左大臣の下僕ではなく、帝の下僕なのだから、と。
むろん、草薙剣を、もとの場所に戻そうという殊勝な考えで、この男に話を持ちかけたのではない。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
If太平洋戦争 日本が懸命な判断をしていたら
みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら?
国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。
真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。
破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦
そしてそこから繋がる新たな近代史へ
大和型重装甲空母
ypaaaaaaa
歴史・時代
1937年10月にアメリカ海軍は日本海軍が”60000トンを超す巨大戦艦”を”4隻”建造しているという情報を掴んだ。海軍はすぐに対抗策を講じてサウスダコタ級戦艦に続いてアイオワ級戦艦を12隻建造することとした。そして1941年12月。日米は戦端を開いたが戦列に加わっていたのは巨大戦艦ではなく、”巨大空母”であった。
表紙はNavalArtというゲームの画像で、動画投稿者の大和桜花さんに作っていただきました
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。