あさきゆめみし

八神真哉

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第四十八話  『神器』

【輝夜】

――先日、父が、飛香舎に衣筥(ころもはこ)を持ちこんだ。
「さる高名な僧から子宝に恵まれるという筥を借りてまいりました。開けることなく塗籠に大事に保管しておかれますように。また、近々取りにまいります」と。

何かあると言っているようなものである。
父にはそういうところがある。身内には甘いのだ。

筥そのものは何の変哲もない衣筥である。
開けてみると綿が入っていた。化粧や顔をふくためのものである。
庶民には手の届かない物だとは聞いているが、衣筥のような大きな筥に詰める意味はない。

灯りをかざしてみると、底の隅に隙間がある。
二重底になっていた。

細長い四尺ほどの桐の箱が入っていた。

蓋を取ると、三尺足らずの剣が現れた。
菖蒲の葉に似た刃先、中ほどは盛り上がり節立っていた。
しかし、妙に黒い。
焼けているように見える。

にもかかわらず、目にした途端、ぶるりと体が震えた。
剣についての知識のないわたしにさえ、そのあたりの神社に奉納されている剣とは格が違うことが分かった。

三種の神器のうちの一つ「草薙剣」。
あるいは、父と、この男が複製鋳造にかかわったという「破敵剣」であろう。
だが、鋳造してさほど経っていない「破敵剣」が、このような状態にあるはずがない。

熱田神宮に盗賊が押し入ったという話は小耳にはさんでいた。
事前に占いで危険を察知した吉昌の奏上により、万一を考え「草薙剣」を宮中に移していたという噂も。

その剣を神宮から移動させたがゆえに、帝に祟った、とされる過去さえある。
一介の陰陽師が奏上しようとしたところで取り上げられるはずもない。
警備を増やすか祈祷するのが関の山だ。
だが、この男が断言すれば別である。

つまり、これこそが、その剣であろう。
しかるべきところに安置されている物は形代か偽物。
そう見て間違いあるまい。

計算高い父の事だ。
今回の騒ぎを逆手にとって、政敵を追い落とそうと画策しているに違いない。
最大の政敵を葬って以降、台頭してきた大納言。
その邸の床下から、これが見つかればどうなるかは、わたしでも予想がつく。

どさくさに紛れ、持ち出したのだ。
むろん、この男や、その息子をも抱きこんで。

「刻がありません。率直に用件を述べましょう。先日、熱田神宮から宮中に持ち込まれたものをわたしのもとに」

陰陽師の髭が、ぴくりと動いた。
「はて、はて、年は取りたくないもの……このところ、とんと耳が遠くなりましてな」
「女房の一人が、あなたに口説かれたと吹聴していたのは二年ほど前でしたよ」
「噂が独り歩きしているようですな」

男は、嘆息し、苦笑して見せる。
「私を誰だと思っておられるのです。いまや、棺桶に片足を突っ込んだ一介の老いぼれですぞ」

「あなたにしかできぬでしょう」
笑顔をつくり、老いた陰陽師の目をひたと見つめる。
「式神に命じるとか……主上のお姿を借りて持ち出すとか。方法はいくらでもあるではありませんか」
かつてのやんちゃな姫君を思い出させるよう、あえて楽し気に口にした。

陰陽師が、あきらめたように口端をあげた。
「……八咫鏡(やたのかがみ)をご所望ですかな? 」
形代の鏡は、宮中の賢所(かしこどころ)に奉置されている。

「鏡で盗賊どもを一掃できますか? そもそも、八咫鏡であれば、あなたには頼みません。わたしを誰だと思っているのです。あの左大臣の娘ですよ。賢所は言うにおよばず宮中に出入りする者の弱みは一通り握っています。形代を目にするぐらい容易いものです」

帝と言えど、草薙剣を目にすることは出来ない。
剣璽等承継の儀の際に一度だけ目にする機会があるが、それとて本物ではない。形代である。

陰陽師は、ため息をつくと首を振った。
「鬼籍に入った妻が羨ましい。わたしはいささか長生きし過ぎたようです」

あえて、この男に、いま、宮中に安置されているはずの草薙剣の所在を明らかにせよと要求した。
合わせて、父が企んでいることを打ち明けろと。
あなたは、左大臣の下僕ではなく、帝の下僕なのだから、と。

むろん、草薙剣を、もとの場所に戻そうという殊勝な考えで、この男に話を持ちかけたのではない。
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