あさきゆめみし

八神真哉

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第四十九話  『凶兆』

【陰陽師】

都やその周辺を騒がせているのは怪異や冷夏による凶作だけではない。
盗賊どもが、わが物顔で闊歩していた。
分限者や貴族の邸だけでは物足りぬとばかりに、郡の倉や寺社まで襲うのである。

その手際の良い押し込み働きは、これまでの悪党どもとは明らかに違っていた。
人を殺すことに躊躇がないという点では同じだが、秩序があると言ってもよい。

気にはなったが、公にかかわるわけにはいかない。
官人にはそれぞれ役割がある。
わたしの役職は左京権大夫であり、息子たちは陰陽寮に籍を置いている。

盗賊騒ぎであれば、検非違使庁の管轄である。
怪異や呪が絡んで、初めて陰陽寮に話が回ってくる。

こたびは、洛外で盗賊どもを追っていた検非違使と下部、さらには放免が二人殺されている。
その殺され方があまりにも異様ゆえに、ようやく陰陽寮に持ち込まれたということだ。

そもそも洛外は国府の管轄なのだ。
検非違使どもが功を焦ったのだろう。

こたびの騒動は人の力だけで解決はできまいという、姫の考えには同調するものの、その方策は、あまりにも直情的で突飛である。

とは言え、なかなか勘が良い。
少なくとも、からくりの一部に気がついたようだ。
しかも、私がこの件に絡んでいるのではないかと疑っている。

先日、破軍星(北斗七星)の指す方角に星が流れた。
翌日、吉昌が、ここに足を運んだ。
熱田神宮に凶兆あり、と。

むろん、私も占っていた。
結論としては、神器、草薙剣を別の場所に移さねばならなかった。
とは言え、物がものである。
帝にゆかりのない場所では、帝ならずとも納得すまい。

だが、伊勢神宮も宮中も――例えば清涼殿、紫宸殿に移しても危険があると出た。
次に安全と出たのは、中宮の住まう飛香舎だった。が、不確定要素が多すぎた。
中でも、この姫君が曲者だった。
感情に流され、思いもよらぬ行動に出ることがある。

それでも、ほかに適当な場所が見つからなかった。
吉昌では左大臣を説得させられまい。
やむなく私が出向いた。

左大臣は策謀には優れているが、物を隠すのは苦手と見える。
姫は、わたしが絡んでいると早々に見破り、探りに来たのだ。

だが、姫は勘違いしている。
三種の神器や霊剣を手に入れ、一介の男に持たせたところで奇跡が起こるわけではない。
あの剣とて、その昔、火攻めに遭った皇子の身を守った、と伝えられているだけである。

――いや、むしろ、それこそが、この姫の願いなのかもしれない。

酒呑童子に名指しされたのが、その若い男であるというならば姫は、その男を守りたいと願っているのだ。
加えて、魑魅魍魎、あるいは盗賊を退治をさせ、その名を上げさせようと目論んでいるのだろう。

とは言え、この肩入れは尋常ではない。

しかも、こたびの騒ぎは予想もしなかった方向に進んでいる。
決断の時期を逸すれば、とてつもない厄災を呼び込もう。

そもそも、占いとは読み方がものをいう。
私の読みに間違いはなかっただろうか。
見当違いだった場合、陰陽寮や、わが息子たちの責で済む問題ではない。
朝廷、帝の権威は地に落ちよう。


【輝夜】

男は「できない」とは言わなかった。
やると言葉にはしなかったが、それがこの男の処世術だろう。
あるいは、言霊にこだわる陰陽師だからか。

「もう一つあります」
「お持ちになった衣筥のことですかな」
さすがに当代一の陰陽師である。隠し事はできぬようだ。
急を要するのは、こちらの方だ。

義守が倒れ、途方に暮れた。
薬師、医師を呼びつけるわけにはいかない。

皮肉なことに単衣を入れたはずの衣筥が空いていた。
衣筥を横にして、汗だくになって義守を押し込み、中宮太夫に、この男への進物だと偽って運ばせた。


【陰陽師】

「言わずともわかっているのですね?」
「……誤解なされているようですが、私にはすべてを見通す力もなければ、覗きの性癖もありませんぞ」
「義守が倒れたのです……助けてほしいのです」

少々、意外だった。
助けを請われたことに、ではない。
その者が倒れたと言うことに、だ。
ならば人間なのか。

「吉平が言っていた身元の分からぬ者のことですな……かの者に肩入れしすぎではありませんかな」
「それにたる男です……必ずや、都を騒がせている、盗賊どもを一掃してくれましょう」

真っ直ぐと、なんの外連味もない瞳で見つめてきた。
父の権勢をもってすれば、たいていのことは叶えられる。
とはいえ、人とは弱いものだ。
すぐに誰かに頼ろうとする。

この姫の父にしても、病に倒れた私はもちろん、吉平一人では心もとないとみえ、光栄をはじめ、節操もないほど、あちこちの陰陽師に頼っている。
私が、相手を呪う呪詛の依頼は受けぬと公言していることもあるのだろうが。

この姫は、これまで私に頼ってきたことがない。
そう、たった一度を除いては。

あれは、十年ほど前のことだ。
庭に萩や撫子が咲き誇る長月のこと、
幼い姫が、女房を遠ざけ、意を決したように切り出した。
「あなたに頼めば、どのようなことでも叶うのだと聞きました」

父が父である。
『竹取物語』の姫君同様、「火鼠の裘」、「龍の首の珠」、「燕の産んだ子安貝」のような実在さえ怪しい宝が欲しいと言い出すのではないかと思った。

気の利いた返答を思いつき、
「どのようなことを望んでおられるのですか」
と、微笑みながら尋ねると、思ってもいなかった言葉が返ってきた。
お父様とお母様と、もっと一緒にいたいのです、と。

この姫が、心底欲していたのは人の愛情だったのだ。
そして、それは今でも変わっていない。
それが今でも叶えられずにいることも。

身分の高い者ほど、親とのかかわりは薄くなる。
男女の関係にも打算が増える。
気持ちはわからぬでもない。
だが、こたびは欲すべき相手が違う。

事が公になれば、国が乱れる。
この姫の父の政が格別良いとは思わないが、失脚した場合、取って代われるほどの者がいない。

我が身かわいさだけで言っているのではない。
政とは清濁併せ呑むものだ。
公平、道理を第一とする大納言様では行き詰ろう。
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