あさきゆめみし

八神真哉

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第五十五話  『赤子の名は』


【媼】

辛気臭い話を想い出したとて、腹の足しにはならない。

義守と呼ばれる男に、
「打ち直すほどの太刀が残っておったのか?」と、訊くと、
「納屋にあったものには手を付けておらん」と、返してきた。

「刃こぼれなら研ぎ師の仕事ぞ」
そう口にして、壁際の負子に括り付けられた六尺ほどの物に目をやった。

生成りの麻布に包まれているそれは、どう見ても大太刀である。
伴類、郎党身分の者が持てる物ではない。
かといって、どこぞの若君には見えぬ。
義守は、「あれではない」と答える。

ならば、床に置かれた麻布にくるまれた物の方か。
長さは三尺足らず。幅は広く三寸はあろう。
どう見ても剣(つるぎ)である。

いまどき剣など持っているのは、よほど由緒のある神社ぐらいだ。
先日ここを訪れた時には手にしていなかった。
釣り合いを考えれば、盗んだと見るのが妥当であろう。
しかし、目の前の男は、悪びれた様子ひとつ見せない。

「ずいぶんと吹っ掛けられようぞ」
足元を見られるだけなら良い。
へたをすれば検非違使に通報されよう。

皮肉を理解した答えが返ってきた。
「打ち直すのだ。腕が良ければ少々高くともかまわん。むろん、口も堅いことが条件だ」

いつも背負っている箙代わりの革袋から八寸ほどの革袋を取り出し、無造作に床に置いた。
床が悲鳴を上げた。
見かけ以上に重いのだ。

義守が、その革袋の紐をほどくと、中から紫を基調とした錦の袋が現われた。
紋が織り込んである。

隠れ住んでいるとはいえ、洛中に笠を売りに行っている身である。
その藤の下り紋を使っているのが、どこの物かぐらいは知っている。
ならぶことなき権勢を誇る摂関家の物だ。

その袋の中にあった円筒の口を開けると、老いた目にさえ眩しいほどの黄金の輝きが飛び込んでくる。

あの姫君が、やんごとなき家の生まれで、その命を救ったのが義守だったとしても、加えて口止めをしたいのだとしても、これほどの礼を出すとは思えなかった。
しかも、錦の袋の端には茶色いしみがある。

――尋ねたところで正直には答えまい。
わしは、正直に教えてやった。
「酒呑童子」

その言葉に義守が眉をひそめた。
かまわず続けた。
「法力を持つという、千丈ヶ嶽に住む鬼のことよ」

おれが訊いたのは鍛冶師の事だという顔をする。
「あの鬼が鍛えた太刀は、都でたいそうな評判らしい。切れ味鋭く粘りもあると」
「あの若さでか?」
意外な答えが返ってきた。
「会うたことがあるのか?」
「三十には届いておるまい」

今度はこちらが眉をひそめる番だった。
「まさか……いや、それほど若いか」
あの子が生きていれば、今年で二十八になる。

――ああ、どうして忘れていたのだろう。
何か術でもかけられたのだろうか。
あの子は生きているかもしれない。

そうだ。
あの時、山伏に、「この子の名は決めたのか」と、訊かれたのだ。

良人は一代おきに付ける名前があると言っていたが、その名は告げられていなかった。
そう話すと、山伏は眉を寄せ、
「この子の父の名は?」と、尋ねてきた。

普段口にしたことも無い、その名を答えると、驚いたように、
「それを知っている者はいるか?」と、訊いてきた。
わし以外には、と、答えると、
「……そうか」と、言ったきり黙り込んだ。

別れ際にようやく、
「その名は、決して人前で口にしてはならんぞ」と、念を押してきた。
「おまえの夫が、つけようとしていたであろう名をここに記す。無事を祈って、毎日、経を唱えよ。ならば、この子の助けになろう……無論、この名も伏せねばならぬ」
と、その名を記した符だをくれたのだ。
その名を告げる相手などいるはずもないわしに。

それをすっかり忘れていた。
やはり、法術をかけられていたのだろうか。
それとも、わが子を手に掛けようとした自責の念に堪えられず、記憶の隅に追いやっていたのだろうか。

義守が出かけるのを待って、あわてて、その符だを葛籠の底から探しだす。
なんとも勇壮な名だ。

――生かすつもりのない子に名前はつけまい。
この世に鬼の子などいくらもいよう。
だが、名を変え、生きているかもしれぬ。

山伏に拾われ、修験者になるべく育てられ――。

    *

【四鬼】

「藤壺が、三種の神器を手に入れようとしていると?」
「何に使おうというのだ?」
「もしや、我らと?」
「あり得ぬ。単に、疫病や魑魅魍魎を祓おうと考えたのであろう」
「ならば、陰陽師か坊主どもに命ずればよいではないか」

「荒覇吐様にしては、歯切れの悪い話よな」
「慎重になっておられるのだろう。場所が場所じゃ。宮廷陰陽師に気取られては水泡に帰す」
「その藤壺のもとに、義守とやらが現われたというではないか」
「呪術師と神器が揃うと面倒なことにならぬか?」
「酒呑童子の話が真実であるならな」

「だが、あやつが阿岐国の騒動の生き残りであるなら、藤壺は仇の娘と言うことになろう」
「藤壺を唆し、神器を手に入れ、その力を使って、都に災害をもたらそうと考えているやもしれぬぞ」
「……ならば、われらと敵対することはあるまいが」

「それよりも気にかかるのは酒呑童子のことよ。笛の行方も知れぬではないか」
「荒覇吐様は、帝の元に渡るよう藤壺に託したと考えたようだが……」

「どちらも倒れたという話は伝わって来ぬな」
「義守に渡したか……しかし、その義守の行方が未だに掴めぬのはどうしたわけじゃ」
「瘴気を浴びて、どこぞで骸になっているのではないか?」

「真実、酒呑童子に匹敵するほどの呪力を持っているとすればどうじゃ?」
「ありえまい。呪を返した様子もないではないか」
「桁違いの法力を備えておろうとも、情け容赦なく使えねば、持っていないも同然よ」
「荒覇吐様のようにか?」

熊童子の指摘に、皆が失笑する。
「まずは、この国を混乱に陥れてからだ」
「……われらの真の出番は、それから、というわけか」

金熊童子が言葉を濁し、周りを伺った。
どこに式札が潜んでいるやもしれぬ。うかつなことを口にするなよ、との目配せに皆がうなずいた。
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