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第五十八話 『突破』
【輝夜】
牛飼童に他の従者の手配を命じ遠ざけると、すぐさま小次郎に牛の角に呪符を貼らせた。
すると、なにもない空間から、牛飼童や舎人、随身等、ひと通りの従者が姿を現した。
さすが、その法力に敵うものなし、と謳われる酒呑童子の呪符である。
内裏の二門は門衛が通してくれたが、朱雀門には門衛に加え、普段はいるはずのない警備の武官が六人も立っていた。
どうあっても、わたしを宮中から出すまいという、吉平の決意が見て取れる。
しかも、宮廷内の言葉遣いが分からぬのか、呪符が出現させた従者は何も口にしない。
応用が利かぬと見た小次郎が、進み出て声をかける。
「中宮様じゃ」
しかし、武官は、にべもない。
「お出かけの予定は聞いておりませんが」
小次郎が、たたみかけるように言い募る。
「火急の用件じゃ。すぐに太夫様が許可をとって駆けつけられる。急ぎ門を開けられよ」
中宮と太夫の名をあげ、粗末な身なりの見たこともない童が門を開けよと要求する。
嘘をつくなとばかりに、せっかんを受けかねない行為であったが、牛車の簾の下から豪奢な袖ものぞく。
癇性と噂されている中宮が、本当にそこにいるのであれば、うかつなことはできない。
牛車の中のわたしにも聞こえるよう慇懃に口上を述べる。
「許可が届き次第、開けさせていただきます。規則を破ればわれらの首が飛びましょう。どうか事情をご察しいただけますよう」
都城と言ったところで、塀があるのは羅城門のあたりだけだ。
その羅城門も廃墟のようなありさまで門衛もいない。
この門さえ出てしまえば何とかなると考えていたが甘かったようだ。
ならば次の手をと、物見から袖を出し、小次郎を手招きしようとしたその時、門の外で騒ぎが起こった。
牛車、馬の蹄、鎧と鞘の触れ合う音に続いて罵り合う声が聞こえ始めた。
牛車がすれ違う際に、どちらが脇に止め、道を譲るかで揉めているようだ。
権力者たちの間で時折、こうしたいざこざが起こるとは聞いていた。
しかし、決して狭い路ではない。
しかも、聞こえてくる言葉は耳を疑うものだった。
「法皇様の御車と知っての事か?」
「むろん承知のうえじゃ。どかぬ、というなら力づくで通らせてもらおう」
奇妙極まりない揉め事に思えた。
この世に法皇様と揉める者などいるはずがない。
いや、いたことはいたが流罪となり、そのうち一人はそれがもとで命を落とした。
そのやり取りを耳にして、さすがに外の様子が心配になったのだろう。
顔色を変えた武官が門衛に門を開けさせた。
小次郎が、すだれ越しに目配せをしてきた。
るりを抱き寄せ、うなずいて見せると、小次郎が牛を引き、強引に突破しようとする。
それに気づいた門衛が制止しようと前に出ると、小次郎が帯に差していた木の棒で、力いっぱい牛の尻を叩いた。
牛は、門衛はおろか留め立てする武官六人をも蹴散らして走り出した。
遅れぬようにと小次郎も必至で後を追ってきた。
武官さえも振りきって、大内裏の門を突破する者がいようとは思いもしなかったに違いない。
揉めごとを起こしている者たちが、道を塞いでいるのではないかと心配したが、これもまた奇妙なことに、そこに人の姿はなかった。
牛車は朱雀大路をまっすぐに進んでいく。
物見から後方を見ると、跳ね飛ばされた武官たちが立ちあがろうとしていた。
馬を用意し追ってくるだろう。
それまでに行先が分からなくなるほどの距離を稼いでおきたかった。
式神である牛飼い童や随身達が息も切らさず追ってくる。
小次郎も追ってきたが、無事、門から出られたことに安心したかのように足を止めた。
小次郎が罰せられぬように、文を持たせればよかったと後悔した。
誰に先導されるでもなく、牛は車を引き続けた。
まるで行き先がわかってでもいるかのように。
事実わかっているのだ。
さすがは、酒呑童子の呪符である。
*
牛飼童に他の従者の手配を命じ遠ざけると、すぐさま小次郎に牛の角に呪符を貼らせた。
すると、なにもない空間から、牛飼童や舎人、随身等、ひと通りの従者が姿を現した。
さすが、その法力に敵うものなし、と謳われる酒呑童子の呪符である。
内裏の二門は門衛が通してくれたが、朱雀門には門衛に加え、普段はいるはずのない警備の武官が六人も立っていた。
どうあっても、わたしを宮中から出すまいという、吉平の決意が見て取れる。
しかも、宮廷内の言葉遣いが分からぬのか、呪符が出現させた従者は何も口にしない。
応用が利かぬと見た小次郎が、進み出て声をかける。
「中宮様じゃ」
しかし、武官は、にべもない。
「お出かけの予定は聞いておりませんが」
小次郎が、たたみかけるように言い募る。
「火急の用件じゃ。すぐに太夫様が許可をとって駆けつけられる。急ぎ門を開けられよ」
中宮と太夫の名をあげ、粗末な身なりの見たこともない童が門を開けよと要求する。
嘘をつくなとばかりに、せっかんを受けかねない行為であったが、牛車の簾の下から豪奢な袖ものぞく。
癇性と噂されている中宮が、本当にそこにいるのであれば、うかつなことはできない。
牛車の中のわたしにも聞こえるよう慇懃に口上を述べる。
「許可が届き次第、開けさせていただきます。規則を破ればわれらの首が飛びましょう。どうか事情をご察しいただけますよう」
都城と言ったところで、塀があるのは羅城門のあたりだけだ。
その羅城門も廃墟のようなありさまで門衛もいない。
この門さえ出てしまえば何とかなると考えていたが甘かったようだ。
ならば次の手をと、物見から袖を出し、小次郎を手招きしようとしたその時、門の外で騒ぎが起こった。
牛車、馬の蹄、鎧と鞘の触れ合う音に続いて罵り合う声が聞こえ始めた。
牛車がすれ違う際に、どちらが脇に止め、道を譲るかで揉めているようだ。
権力者たちの間で時折、こうしたいざこざが起こるとは聞いていた。
しかし、決して狭い路ではない。
しかも、聞こえてくる言葉は耳を疑うものだった。
「法皇様の御車と知っての事か?」
「むろん承知のうえじゃ。どかぬ、というなら力づくで通らせてもらおう」
奇妙極まりない揉め事に思えた。
この世に法皇様と揉める者などいるはずがない。
いや、いたことはいたが流罪となり、そのうち一人はそれがもとで命を落とした。
そのやり取りを耳にして、さすがに外の様子が心配になったのだろう。
顔色を変えた武官が門衛に門を開けさせた。
小次郎が、すだれ越しに目配せをしてきた。
るりを抱き寄せ、うなずいて見せると、小次郎が牛を引き、強引に突破しようとする。
それに気づいた門衛が制止しようと前に出ると、小次郎が帯に差していた木の棒で、力いっぱい牛の尻を叩いた。
牛は、門衛はおろか留め立てする武官六人をも蹴散らして走り出した。
遅れぬようにと小次郎も必至で後を追ってきた。
武官さえも振りきって、大内裏の門を突破する者がいようとは思いもしなかったに違いない。
揉めごとを起こしている者たちが、道を塞いでいるのではないかと心配したが、これもまた奇妙なことに、そこに人の姿はなかった。
牛車は朱雀大路をまっすぐに進んでいく。
物見から後方を見ると、跳ね飛ばされた武官たちが立ちあがろうとしていた。
馬を用意し追ってくるだろう。
それまでに行先が分からなくなるほどの距離を稼いでおきたかった。
式神である牛飼い童や随身達が息も切らさず追ってくる。
小次郎も追ってきたが、無事、門から出られたことに安心したかのように足を止めた。
小次郎が罰せられぬように、文を持たせればよかったと後悔した。
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さすがは、酒呑童子の呪符である。
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