あさきゆめみし

八神真哉

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第八十二話  『故事再現』


【酒呑童子】

われら鬼にも耳はある。
人間どもにとって都合の悪い話も届いていた。

一度は大和の大王に譲歩させた壱支国であったが、荒覇吐様がこの世を去ると大和の圧力に屈した。
当時、国宰(くにのみこともち)と呼ばれた国司を置くことを受け入れたのである。

「国司が赴任してくることはない。名ばかりのものだ。租税も払っていない」
と長や十二法師は民に言い訳する。

詭弁に過ぎない。
隣国に常駐しているうえに、陸奥で上質な黄金が見つかったことで金の献上こそ免ぜられたものの、絹や白玉を献じている。

    *

師から聞いたことがある。
一方の大和にとっても、あの戦は単なる負け戦ではない。
兵を送ることを決断した次期大王とされた皇子とその一派は失脚。
遠島、流罪となった。

大和は慎重に様子をうかがっているのだ。
壱支国に十種神宝を発動させるだけの力を持った術者はいるのかと。
いるのであれば、大和にとって代わろうとするはずだと。
ならば使えぬ理由があるのだろうと。

    *

四百年の長きにわたり、荒覇吐様の高みに迫る術者は現われなかった。
十種神宝を発動させて、威嚇させたこともない。

それでも自治を保っているには訳がある。
わが国の呪力を見せつけているからだ。

壱支国では、毎年神無月の二度目の卯の日に、収穫祭がとり行われる。
大和が強要したのである。
圧力に屈服し、国司を置いたこの日に、大和の神、国津神に新穀を捧げよ、と。
お前たちは、われらの支配下にあるのだからと。

壱支国は苦肉の策を講じた。
収穫祭に招いた朝廷の使者に見せつけるのだ。

壱支国を完全な配下に置くことはできぬ。
我が国は隷属した他国とは違うのだ、とばかりに。

その祭祀の中で、大和の神、国津神に舞を奉納する。
舞うのは人だけではない。

十二大師が呪を唱え、色とりどりの布、十二反を空に浮かべてみせるのだ。
時には川の流れのように滔々と。時には天に上る龍神のように。あるいは天女のように華麗に舞って見せる。

見世物としては面白いのだろう。
この祭りに招待されたいと、朝廷の公達は競って根回しに走る、と言う。
長や十二大師は、それを誇らしげに語る。

一方、わが師は、この日が近づくと機嫌が悪くなる。
まさに見世物だからだ。

師の気持ちもわからぬではない。
この程度の物であれば、長をはじめ大師たちが雁首を揃える必要はない。
わし一人でもできる。

たとえ十倍の百二十反であろうとも。
荒覇吐様の鉄囲(てっちん)の力など借りずとも。

     *

十五の齢、最後の検見の前だった。
師が、お前の力を収穫祭で見せよ、と言った。

むろん、長や十一人の大師には無断である。
できるはずがない。
鬼がそのようなことをやれば、どのような目に遭うかわかりきっていた。

「心配するな。わしがやったことにする」
と、めったに笑わぬ師が笑った。
「何をやっても良い、見世物にすぎぬ。ならば、もっと面白い物にしろ、お前の力が見たい」と。

誰にも注目されていない場であれば、いつでも力を発揮できた。
おのれの力を見せたい。認めてもらいたいという欲求もあった。
だが、なにより、師に信頼されていることが嬉しく、わしは受けた。

     *

――ひときわ空の澄み渡った、その日。
わしは、祭場が見渡せる山麓の杉の枝に立った。
言うまでもなく、鬼がそのような場所に立つことは許されていない。
察知されぬように結界を張った。

笙、龍笛、高麗笛の調べにのせて、地上では赤と緑の装束をまとった者たちが舞い、その上空では、十二大師が操る色とりどりの布が乱舞している。

そのさなか、わしは壱支国中の落ち葉という落ち葉を空に舞いあげた。
幾重にも重ね、隙間ひとつ残さぬよう、びっしりと祭場を包み込んだ。
白玉を真っ二つに割ったような形状だ。

やがて此の世が闇に包まれた。


大和の公達は言うまでもなく、長や大師も顔色を失った。
制御を失った布は地に向かい落ちてくる。

大師たちが天を覆った落葉を取り除こうと呪を唱え始めた。
だが、わしの呪を破れる者など、この国にはいなかった。

あわてて焚かれた篝火が、境内の木の枝に無様に引っ掛かった布を照らし出す。

頃合いを見て、天の一点に穴をうがつ。

一筋の光が降り注いだ。
天に浮かべた落葉を、その光に沿って滝のように落としていく。
荒覇吐様が、天より神軍を召喚し――大和の大王の軍を襲わせたという「古事」を再現したのだ。

流れ落ちたように見えた落ち葉は、地に落ちる寸前で風に巻き上げられ、宙を舞い、やがて地を秋色に染めた。

これまでの優雅で華麗な布の舞いとは違い、大和の者どもを挑発する行為であった。
師は何も言わなかったが、師の責任を問う声が上がったと、後日、ある大師から教えられた。

大和の顔色を伺い続ける屈辱に耐え続けるよりも、呪術で大和に挑むべきだと主張するその大師は、お前の師は大したものだと、わしの前で初めて笑顔を見せた。

――やがて、わしは気づく。

あれこそが、壱支国を滅ぼすきっかけとなったのではないかと。
罪なき民をも巻き添えにして。

    *
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