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第八十八話 『呪の梵字』
【酒呑童子】
道摩の打擲は続いた。
「兄、道尊より、聞かされておる――おまえは、十二大師をも凌駕する法力の持ち主だと――それほどの強大な力を持ちながら、このような場所に隠れ、おのれの主人である壱支国の長と后を、そして、わが民を見殺しにしたというか」
声を荒げ、さらに続けた。
「おまえは、その大罪を償うために、おのれの命を捧げねばならぬ。その法力を、わが国を蹂躙した者どもに復讐するために使え。その命を、わしために投げ出せ。事が成就するまで、おまえが裏切れぬよう、四鬼に加え、その鴉を番人としてつけてやろう。わしはおまえの師のように甘くはない。愚かでもない。従わぬ時はすぐさま、おまえの名を唱え、黄泉の国に送ってくれよう」
大師どころか修験者ほどの力さえ持たぬであろう道摩が強気に出ているにはわけがある。
四鬼らを指差す道摩の手の甲に梵字が刻まれていた。
長と十二大師にのみ許される「鬼滅(きめつ)」と呼ばれる鬼殺しの呪の梵字だ。
鬼であるわしが弔いの場に呼ばれることはなかったが、長の嫡男は事故で命を落としたと聞いていた。
次男である道摩が後を継いだのだろう。
道摩は「鬼滅」の呪を手に入れたのだ。
四鬼らが、おとなしく従っているのはそのためだ。
それどころか、新たに主人となった道摩の言葉を盾に、ここぞとばかりに、わしを攻めたてる。
四鬼は、自分たちが生き残った理由を道摩に、こう説明したようだ。
われらは、長より、大和の帝に呪をかけるよう命を受けた。
その支度のため、須弥山の洞穴に籠って三日間の不眠休の勤行に入っていたため気づかなかったのだ、と。
あきれた言い訳だ。
四鬼の力では、その呪が内裏まで届きもすまい。
そもそも、こやつらは、長からそのような命は受けていない。
その命を受けたのは、このわしだからだ。
須弥山には懲罰洞と呼ばれている洞窟がある。
言葉通り、懲罰を与えるための穴だ。
そこに閉じこめられ、難を逃れたのであろう。
あわいに置かれているため、法力の強い者しかその存在に気づかない。
それにしても悪運が強い。本当に運だったのだろうか。
そもそも、こやつら――四鬼の言うことなどひとつとして信用できない。
こたびの奇襲の手引きをしたのが四鬼だったと聞かされても驚きはしない。
わしは知っている。
こやつらが、この国から逃げ出す算段を話し合っていたことを。
大和の奇襲があれば――長と十二大師が死ねば――おのれの名にかけられた呪から解放されるのではないかと、話し合っていたことも。
ならば、奇襲の日を承知で懲罰房に入れられたのだ。
いや、逃げ込んだに違いない。
非難を受けなければならないのは、四鬼どもだけでは無い。
おのれの力を過信していた人間の法師とて同様だ。
無論、わしに大師どもを批判する資格はない。
隠れてやり過ごそうとしたのだから。
言うまでもなく長の後継たるこやつもだ。
長の一族が、逃げ込む場所を用意していたに違いない。
でなければ、今ここに立ってはいないだろう。
大和の者どもとて、数え切れぬほどの呪術師――かの国でいう陰陽師を投入してきたはずだ。
ここまでたどり着けたのは僥倖にすぎない。
わが師をのぞいて満足な結界を張れる者はいないからだ。
この童は、「燻り」の呪を用い、四鬼を燻り出し、わが身を守る盾として使ったに違いない。
道摩は、すぐさまそれを証明してみせた。
印を結び、呪を唱えると、四鬼は、突然、涙とよだれを流しながら悶絶した。
悲鳴を上げ、許しを請うた。
この呪から逃れるすべはない。
姿を現し、許しを請うほかはないのだ。
懐の守袋の中の玉が、先ほど同様小さく震え始めた。
道摩が、その力をわしにも向けたのだ。
わが師の言葉を思い出し、わしには効かなかったが、効いたふりをした。
道摩が、ここに現れた時――わしは、震え泣いていた。
わしにも効くと信じているのだ。
長や十二大師が道摩に伝えていなかったのだろう。
むろん伝えるつもりではあったのだろうが、将来を期待した後継ぎの急死で、それどころではなかったのだろう。
無理もない。
その死から大和の奇襲まで、わずか七日。
その事実が白日の下にさらされれば、国の根幹を揺るがすであろう。
後継とは言え、その大事を、わずか齢八の童に告げるには慎重を要したに違いない。
*
【酒呑童子】
――大師たちは恐慌に陥っていた。
壱支国最強の法力を持つ弱法師が、法力勝負で弟子に敗れたのだ。
しかも、原形をも留めぬ有様で。
ありえぬことであった。
大師が呪を唱えれば、たちまち鬼は命を落とし、鬼が力をふるえば、それは瞬時に跳ね返り、おのれの命を奪う。
たとえ、どれほど力のある鬼が現れたところで、長や大師の優位は動かぬはずであった。
鬼の命を握り、呪縛し、その力を簒奪し、それを盾に国を護る――それが壱支国であったのだ。
そこへ、鬼滅の呪が効かぬ鬼が現れたのだ。
しかも、国一番の大師を、まるで虫けらのようにひねりつぶしたのだ。
荒覇吐様亡き後、偉大な呪術師の誕生を渇望していた壱支国ではあったが、それはあくまでも人間であると言う前提だった。
呆然と座り込んでいたわしの向かいの白い石段の上で大師の一人が印を切り、必死の形相で呪を唱えていた。
なにをしているのだろう、と思った。
悪意があることだけは一目でわかる。
ようやく気づいた。
わしに呪をかけているのだと。
だが何も起きなかった。
驚愕の表情を浮かべ、
「鬼滅の呪が効かぬ」と、騒ぎ立て、
おびえたように「青」と繰り返し、呪を唱え続けた。
さらにもう一人の大師が呪を唱え始める。
呪文に呼応するように守袋の中の玉の震えが大きくなった。
そして悪寒が襲ってきた。
鬼滅の呪をかけているのだと、わかった。
実の名にかからぬのであれば、通称の「青」に呪をかければよい。
師の言葉がよみがえる。
師は、この玉に細工を施したのだろう。
呪がかけられた時、この玉が反応するように。
だが、鬼滅の呪は、命を奪うための呪だ。
師の言葉を正確に把握していなかったわしは恐慌に襲われ、思わずその呪を返した。
大師二人が、その場に崩れ落ちた。
二人は生死の境をさまよったが、辛くも命をとりとめたと、のちに聞いた。
――しかし、壱支国の守護者たる大師が、相手の死を望む呪詛を行い、返されたと言う事実。
返されたにもかかわらず、死ななかったという事実は、この国の法師の限界を明らかにした。
道摩とて同様だ。
長の後継として荒覇吐様の呪具、鉄囲を受け継いだところでしょせん童である。
十二大師どころか、法師としての域にさえ達しておるまい。
そのような有様で国など護れるはずがない。
むろん、わしに道摩や四鬼を糾弾する資格はない。
それは重々わかっている。
わずかに生き残った民が、縄でつながれ船に乗せられるのを、道摩たちとともに何の手も打つでもなく見ていたのだから。
「あの民は、奴婢として他国に売られていくのだ。家族であろうともばらばらに」
と、船をにらみつけ腕を振るわせる道摩を四鬼が冷ややかに見つめていた。
おまえに、それを口にする資格があるのかと。
翌日には草原にまで火をかけられた。
人が逃げ込んだ可能性を考えたのだ。
山や田畑まで焼かなかったのは蝦夷の俘囚を入植させるためだと、のちに知った。
*
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