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第八十九話 『古の英雄』
【義守】
小次郎が、空に浮かんでいた。
その下の祭壇では酒呑童子が仁王立ちとなって、押し寄せる屍どもをけん制している。
酒呑童子が、小次郎を屍どもから守るために法力を使って浮かせているようにも見える。
「小次郎」と、その名を呼ぶ者がいる。
姫の声だ。
無事だったようだ。
小次郎は、ちらとその方向に目をやって顔をこちらに向けた。
篝火に照らされたその表情は傲岸不遜。
姫の生死など、露ほども心配している様子はない。
姫の願いに応じ、都周辺で起こっている騒ぎを調べているうちに小次郎の正体にたどり着いた。
小次郎は、通称だ。
あれは、道摩と言う男だ。
壱支国の長の子だ。
道摩こそが、都とその周辺で騒ぎを起こしてきた悪党どもの首魁だったのだ。
郡の蔵を襲った盗賊の首領を締め上げ、その口から荒覇吐の名が出たことで、すべてがつながった。
酒呑童子が山城国に現われたとされる時期と、何者かのくびきから逃れられぬ様子から、壱支国の生き残りではないかと考えた。
当時、壱支国攻めに加わった男を探しあて、力づくで口を割らせた。
壱支国の後継であるはずの道摩と言う名の童の死は確認されていないと。
小次郎こと、道摩が声をかけてきた。
それは、あたりに響き渡った。
「愚かな男よ。お前が救ったのが誰の娘かわかっておるのか」
むろん、あのときは知らなかった。
「放っておいては寝覚めが悪いでな」
こちらの声も響き渡った。
道摩が術を使っているのだろう。
「承知の上で助けたというか?……つくづくめでたいやつよ」
道摩が小ばかにしたように笑う。
「お前の名。死んだ連れの名から取ったのであろう?」
おれの素性も調べ上げたようだ。
「この世に何の痕跡も残せなかった無能な男の名を騙らぬとて良いものを」
手段を選ばず、民を巻き添えに都を混乱に陥れる。
矜持ひとつ持たないお前にはわかるまい。
その名を名乗る元服の日を心待ちにしていた男の志(こころざし)が。
愚直に過ぎる武士(もののふ)としての誇りが。
「古(いにしえ)の英雄を、わが祖先と騙るより、ましであろう」
道摩の顔から冷笑が消え、憤怒の表情にかわった。
「荒覇吐神の血をひく、わが家系を愚弄するか! わしこそが荒覇吐神の直系!
唯一の後継だ!」
「――お前に荒覇吐の血は一滴たりとも流れておらん」
その言葉で、道摩の顔から血の気が失せた。
血筋だけが誇れるものだったのか。
あるいは、その反応からすれば薄々感づいていたのか。
道摩は、ことさら怒りを抑えるように言葉を発した。
「さもしさは隠しきれぬと見える。おのれのような化物が、人の頂点に立つわしを貶められると思っておるのか」
「知らぬ、というなら教えてやろう――お前は、どこから見ても、ただの人間だ。荒覇吐の特徴を何一つ受け継いでいない」
「……ただの、だと」
おれの言葉に誇りを傷つけられたように眉間にしわを寄せる。
「……お前を始末するのは最後にしてやろう。お前らとは出自がちがうということを、わしこそが、荒覇吐神、唯一の後継だということを、その目に焼き付けて逝くが良い。お前の大事にしている者どもの最期をじっくりと見届けたのちにな」
何も知らされておらぬようだ。
ならば教えてやろう。
「荒覇吐とは……鬼の名よ」
道摩が鼻で笑う。
「……何を、言いだすのかと思えば」
しかし、次の言葉は出てこない。
心当たりがあるのだ。
荒覇吐様は、空を飛んだ。
かつて世話になった者たちが住む地では、そう伝えられていた。
事実、こやつが宙に浮かんでいるところを見れば飛べたのであろう。
宙に浮かんでいるのは道摩であっても、その力は酒呑童子のものに違いない。
力比べの最中に感じた覇気と同じものだ。
理由はわからぬが、それを道摩が簒奪しているのだ。
古に犯したことを、再び繰り返したのだ。
「お前たちが、蝦夷と呼ぶ地に住む者たちに語り継がれてきた言い伝えがある。それを聞かせてやろう」
声を張った。
『――かつて、荒覇吐と言う名の呪術に長けた鬼あり。
貧しき壱支国を一夜で豊かな国に変え、乞われて長となる。
以後、人も鬼も区別なく暮らす。
神紀九年、葉月。
大和の軍勢が攻め寄せる。
その数、壱支国の民を上回る。
荒覇吐、自らが鍛えし、神宝を発動させ、天より神軍を召喚する。
が、その力凄まじく、荒覇吐の呪力を持ってしても制御できず。
敵味方区別なしに葬り去る。
同年、長月。
責を問われ、長の座を人にとってかわられる。
翌、神紀十年、睦月。
没。
同年、如月。
鬼の一族もことごとく追放され、以来、鬼は故郷を失った――』
しんと静まり返っていた。
四鬼どもの布留の言も止まり、屍どもも動きを止めていた。
道摩は眉を寄せた。
「……笑止。たわけた作り話で、われらを惑わそうというか? わが一族こそが荒覇吐神の血をひく正当なる後継なのだ……万が一……たとえ、法力に優れた鬼が一匹、二匹いたところで、卑しき鬼をわれら人の上に立てようと考える人間などいるはずがない」
くぐもった声で道摩が笑う。
いささか芝居じみた表情で。
「そもそも、お前は何のためにここへやってきたのだ。偽善者ぶって、この国を救おうとでもいうのか」
「面倒ごとは嫌いでな」
背負っていた剣の柄に手を伸ばした。
「が……呪縛から解き放ってやりたい者がいる」
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