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第九十一話 『わが名は酒呑童子』
【酒呑童子】
回復の呪どころか、痛みひとつ除くことができなかった。
このままでは、じり貧である。
と、今の無力を嘆いたところで事態は好転しない。
わずかでも時を稼ぎ、体力を回復させ、義守を待たねばならなかった。
姫君を守らねばならなかった。
おのれの身ばかりを案じ、義守の背後を守ろうともしない武士どもを動かし、道摩や四鬼の気もそらさねばならなかった。
祭壇に上がって来た屍どもに御柱を叩きつけた。
周辺の屍どもを肉塊に変えべく、さらに二度ほど大きく振り回すと、後続との間にわずかに距離ができた。
立ち込める匂いに顔をしかめ、息を吸い込み、境内の武士たちにも聞こえるほどの大音声を上げる。
「人間どもよ、聞くが良い」
息を継ぐ。
「わが名は酒呑童子。おまえたちが鬼と呼ぶ法師じゃ。おまえたちが一匹二匹と数えてきた人外のモノじゃ。われらは静かに暮らしたいと願うてきた――しかし、その異形ゆえ、忌み嫌われ、虐げられ、酷使され、虫けらのようにあつかわれてきた」
屍どもの動きが止まった。
わが声に四鬼が気をとられ、布留の言を止めたのだ。
境内手前で立ち往生していた武士どもも、わしの姿に目を止めた。
「義守という男、呪をよくし、帝に災いをなす。飢饉を、疫病を、都に流行らせる―――誰がそのような立札を掲げたか……言い募ったか」
道摩の表情を窺うよりも先に、どうしても知らしめておきたかったことを真っ先に口にした。
「義守とやらに何が出来よう。しょせんは非力な人間にすぎぬ。そのような者に何ができよう。飢饉も疫病も、わしが起こしたのじゃ――見よ、この姿を。鬼でもなくば、そのような力を持てようか。この世に敵うものなし、と謳われた酒呑童子でもなくば、これほどのことが起こせようか」
あの男に姫君を守ってほしかった。
できることなら、さらっていかせたかった。
が、こと、おなごのことになると存外臆病だった。
あの男に姫君は口説けまい。
せめて姫君を安心させたかった。
「人をはるかに超える力を持つわれらを人以下とみなし、蔑み、事あれば調伏しようとする――愚かな人間どもよ。鬼の法力の神髄、その目に焼き付けて逝くがよい」
わしの言葉をさえぎるように布瑠の言が響き渡った。
「一二三四五六七八九十(ひとふたみよいつむななやここのたり)、布留部(ふるべ) 由良由良止(ゆらゆらと) 布留部(ふるべ)」
神宝を手にした四鬼が、布瑠の言を唱えながら錫杖を上下させ、柄の石突金具で岸壁の頂上部を叩く。
屍が再び動き始めた。
屍の動きが止まった隙に、山頂を目指そうとしていた武士どもの間に動揺が走った。
四鬼が叩く岸壁に向けて、道摩が手をかざし呪を唱えた。
このままでは、じり貧である。
眼帯を引きはがし、眼窩に指を突っ込み、籠目紋の守袋を引き出した。
師から譲りうけた翡翠の玉を取り出す。
その紐を姫の首にかける。
わが師が授けてくれた玉である。
少なくとも姫君に害をなすことはあるまい。
なにより、道摩に渡してはならないものである。
るり様を掻き抱いた姫君の瞳をひたと見つめ、「この玉を義守に」と伝え、襟元に押し込む。
その声を、かき消すかのように、頭上に立つ四鬼の詠唱が大きくなった。
そして、錫杖の柄を足元の岩に強く叩きつけた。
――と、生涯で一度も聞いたことのない奇妙な音が耳朶に届いた。
大気を切り裂くのとも違う、もっと固い、重いものを裂くかのような音だ。
頭から血が引いていく。
理屈ではない。直感が告げていた。
これは岩が鳴く音だ。
亡き師が、わが故郷の峠を越えようとしたときに聞いた音とは、これではなかったか。
それを裏付けるように、小さな破片と粉が降ってきた。
崖に、ひびが入ったのだ。
わしの後ろにいる姫君と、るり様の真上の岩だ。
御柱を放り出した。
崖がきしみ、音をたて、ずり落ちてきた。
右腕で、るり様を抱き締めた姫君を懐に掻き抱き、向きを変えた。
一足早く落ちてきた一尺ほどの岩が、祭壇の下に逃れようとするわしの頭をかすめた。
ほぼ同時に、耳朶をもぎ取られたのではないかと思うほどの衝撃と轟音が襲ってきた。
足元から突きあげられ、大きく揺らぎ、体勢を崩し、左手を着いた。
崖の上部、高さ二丈はあろう、その磐座がずり落ち、われらの立つ祭壇後方に激突したのである。
直立したかのように見えた大岩が、ゆっくりとこちらに向かって倒れかかってきた。
逃れようとしたが、焦るばかりで足は動かない。
それどころか六芒星を彫り込んだ溝に足を取られた。
抱えていた姫君から手を離した。
――間に合わぬ。
一か八か、
足を踏ん張り、背中で受けた。
衝撃で息が止まった。
汗が目の前に飛び散る様子だけが鮮明に見えた。
わしがつぶれれば、わが姫君と、わが呪力と引き換えに救った、るり様が肉塊と化す。
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