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第九十四話 『祀る』
【道摩】
もはや、問うまでもなかった。
わしは、騙されたのだ。
こやつは、わしを利用したのだ。
それだけではない。
わしの身を乗っ取ろうと企てていたのだ。
わしの目的は、この国を簒奪することだった。
だが、こやつの目的は、この国を地獄に変え、滅亡させることだったのだ。
愚かであった。
この後におよんで、ようやく思い当たった。
我が国が、憑代の才のある者を軽んじ、怨霊を呼び寄せることを固く禁じていたわけを。
壱支国には古い石仏が数え切れぬほど多く存在した。
深く考えたことはなかった。
誰も説明しようとしなかった。
他の国では石仏は信仰の対象であるが、
わが国では死者を弔うものだ、と知ったのも七歳になってからのことだ。
――あの大量の石仏は、おおよそ四百年前、荒覇吐様により殲滅させられた大和の軍勢を弔うものだ――そう思い込んでいた。
だが、わが国が大和に対して覚える感情は、憎悪意外の何ものでもない。
ならば、あれは、わが国の民のものだ。
かつて、荒覇吐様も黄泉の国の扉を開いたのだ。
悪霊や物の怪どもを解き放つことで、大和の軍勢を殲滅させたのだ。
おそらくは、こたび同様、怨霊の力を借りて。
しかし、下等な悪霊や物の怪どもに敵味方の区別ができるはずがない。
荒覇吐様といえど、方々に散ったそれらのすべてを制御できなかったであろう。
黄泉の国の扉を閉じるまでに刻も要したに違いない。
扉を閉じ、国中に散らばった悪霊や物の怪どもを調伏するまでに多くの民を失ったのだ。
――神として祀る。
それは、祟りを畏れるゆえの行為でもある。
ならば義守と名乗るモノが口にしたことは真実なのかもしれぬ。
すべてではないにしろ、いくばくかの真実が含まれているのかもしれない。
だが、それを認めるということは我が一族を否定するということだ。
己のやってきた所業を根本から否定するということだ。
――何より、今この時、考えねばならないのは怨霊を葬るすべであった。
いかに調伏するか、ということであった。
洛中上空に白いものが見えた。
こちらに向かってくる。
怨霊の仕業かと目を凝らすが、ただの白い鳥の群れのようだ。
怨霊退散の呪を唱えた。
が、言葉が続かない。
唱えた途端、頭が割れるように痛む。
続いて頭がしびれ始めた。
支配されつつあるのだ。
怨霊は、わが身を乗っ取ろうとしているのだ。
国の長であるわが家系に、荒覇吐様による殲滅戦の顛末が伝わっていないはずがない。
しかし、誰も教えてくれなかった。
誰もが、わしを軽んじた。
見返すだけの力が欲しかった。渇望した。
家柄に、ふさわしい力が、身分にふさわしい力が欲しかった。
それを手に入れることができるなら、どのような代償を払ってもよいとさえ思っていた。
――だから、できた。
畜生道に落ちることを承知の上で。
兄を見殺しにし、父を見殺しにし、わが妹に手をかけることが。
後継であるわしに求められているのは怨恨を晴らすこと――大和を滅ぼし、それにとって代わることだ。
だが、そうではなかった。
あとからこじつけたのだ。すり替えたのだ。
わしは、あの時、ただただ、死にたくなかったのだ。
わが身がかわいいだけの臆病者に過ぎなかったのだ。
壱支国の長としての尊厳も覚悟も持ち合わせていなかったのだ。
隊列を組んだ白い鳥の群れが近づいてくる。
体がしびれ始めた。
懐に震える手を差し入れ、神宝、澳津鏡を引き出そうとする。
白い鳥が次々と襲ってきた。
新たな呪は揮えなかった。
が、結界はまだ生きていた。
鳥たちは耳障りな羽音をたて、次々と撥ね返された。
――いや、鳥ではなかった。
撥ね返された衝撃で、人形(ひとがた)の白い式札に変わり、舞いながら落ちていく。
次に、その白い式札は、耳障りな風切音をたてながら遠ざかり、一列に隊列を組んだ。
連なった式札は、牛車の車輪(くるまのわ)が回るように円を描きながら、風切り音を立て向かってきた。
わしの結界を切り裂こうとでもするように。
澳津鏡を抱え込むように呪を唱えた。
しかし、力を失ったわが身は結界とともに少しずつ下に落ちていく。
ここぞとばかりに義守が神剣を振るう。
炎の刃が空気を切り裂くように襲ってきた。
腕をあげることができない。
叩きつけるような衝撃が襲ってきた。
結界ごと跳ね飛ばされ、後方の崖に激突した。
そして、酒呑童子を潰した岩の上に落ちた。
かろうじて身は守れたものの、それはわしの呪によるものではなく、品物之比礼の力だったかもしれない。
人形の式札が再び襲ってきた。
攻撃は苛烈を極め、結界に綻びが生じた。
切り裂かれた。
空気をかき混ぜるような音とともに、結界内に入り込んだ一枚の式札が印を結ぼうとした手の甲と指を切り裂いた。
痛みに身をかがめる。
痛みを抑える呪ひとつ唱えることができない。
結界は破れ、式札が入り込んでくる。
額にも痛みが走る。血が岩の上に落ちる。
とどめを刺すでもなく、
わが力を、うかがうかのように襲ってくる。
式札は、背負っていた八握剣に次々と貼りついた。
霊力を封印しようというのだ。
これが目的だったのだ。
それを阻止する呪さえ唱えられなかった。
このまま切り裂かれて終わるのかと、あきらめかけた、その時。
――八握剣から霊気が迸った。
張り付いていた物に加え、近辺にあった人形の式札が、ひとつ残らず、ぱらぱらと落ちてきた。
足元に散らばったそれは、もはや動く様子はない。
だが、それは神剣の力ではなく、怨霊が、依り代たるわしの体と呪具たる神剣を守ろうとしただけであったかもしれない。
「小癪な……左大臣、子飼いの陰陽師の式神であろう」
怨霊の声が響いた。
「お前が、わしの忠告を聞かず、早々にあやつを除いておかぬから、このような事になる」
かつては当代一の陰陽師と呼ばれた男の事だ。
あえて呪を使い検非違使どもを殺めたのも、そやつがしゃしゃり出てくれば面白いと思ったからだ。
しかし、とうに八十を超え、病に倒れたと聞くその男が現れることはなかった。
「つくづく、お前には失望させられたわ……これからは、わしが仕切る。黙ってみておれ」
怨霊は、おごり高ぶっていた。
一刻前のわしのように。
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