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第九十八話 『急襲』
【道摩】
国中が悲しみにくれ、喪に服した。
兄、道尊は十の齢で式札はおろか石を飛ばした。
荒覇吐様以来の天才。最高の呪術師と呼ばれた。
辛酸をなめ続けてきた壱支国にとって四百年ぶりの光明だった。
大和の属国に落ちた壱支国を、独立に導くであろう「英雄」として誰もが期待した。
この地を日本と呼称する大和に成り代わり、すべての国を支配下に置くに違いないと、大いなる夢を見た。
母は倒れ、父は丸一日、言葉を失った。
皆の目が、死ぬのなら、おまえの方だったと告げていた。
*
以降、うつらうつらと眠れぬ夜が続いた。
七日目の未明、騒ぎが起こった。
篝火の焚かれた本殿前の庭で怒号が飛び交っていた。
渡殿の横の局に控えているはずの宿直もいない。
妻戸を開けると、庭はごった返していた。
十二大師に加え、三十六法師、邸に常駐している親兵らの姿が見える。
その中へ武官が馬で駆け込んできた。
悲鳴のような声が届く。
「錦旗を揚げた軍勢が、湊から上陸。国を囲む鉄囲山の峰は隙間もないほどの旗で埋め尽くされております」
錦旗の旗は朝敵討伐の証である。
武官は蒼白な顔で続けた。
「その数、五千!」
隣接する伯備国の武士どもの旗もあると。
峠を越えた先鋒は麓の街に迫っていると。
その意味を理解するのに時間がかかった。
わが国が偉大なる呪術師を多く抱えるがゆえに、荒覇吐様の十種神宝を恐れるがゆえに、大和は、わが国を襲ってこないのではなかったか。
「わが国は半日と持ちこたえられまい」
兄の言葉が蘇った。
現実に起こるとは考えてもみなかった。
代替わりした、その時を狙ったかのように攻め寄せてこようとは思いもよらなかった。
静まり返った庭に背を向け、あわてて西の対屋に戻り太刀を手に取った。
警護の者か十二大師の誰かが、逃げる手はずを整えてくれるだろうと、待ったが誰も来ない。
混乱しているのだ。
姿を見せれば誰かが気付くだろうと、透渡殿を渡り、本殿に向かった。
膝が震えた。腰が抜けそうだった。
立っているのもつらかった。
庭にいた大師や武官たちがこちらを見た。
つられたように父がわしを一瞥した。
冷ややかな目で。
役立たずが、と言わんばかりの刺すような視線で。
いや、怒りに満ちた目だ。
背筋が凍えた。
期待されていないことは十分に理解しているつもりだった。
それでも、親であれば、いざとなれば、守ってくれるものだと思っていた。
血のつながった子なのだ。
今や唯一の後継なのだ。
そうであってほしいと願っていた。
――もはや頼れる者はいなかった。
震える足で東の対屋の廂を回り込んだ。
南にある荒覇吐神社に逃げ込もうとしたのだ。
その時、何かがわしの腰に纏りついた。
恐慌にかられ、腰を抜かし、その場に倒れた。
声も上げられず、払いのけようとすると、「兄さま。兄さま」と声が聞こえた。
衵の衣を身に着けた女童の姿があった。
この世で、ただ一人、わしになついていた妹の瑠子であった。
瑠子の手を取り、もつれる足で荒覇吐神社に駆けこんだ。
誰も追ってこなかった。
本殿の後方は崖になっている。
しめ縄のかかる岸壁の手前に供物岩と呼ばれる高さ六尺ほどの大きな岩の上で、鴉が鼠らしきものをついばんでいた。
怖がる瑠子を引きずって、その崖と岩の隙間に入り込んだ。
息を整えるよりも先に、崖下の小さなくぼみに震える手を差しのべた。
兄者が亡くなり、直系の男子はわし一人となった。
三日後に、わしの右手の甲には梵字が彫られた。
長の後継のみに許された梵字の刺青である。
突き当りに見えるその場所に両手と頭をあて、呪を唱えた。
右手だけが、ずぶずぶと岩に吸い込まれていく。
この先の空洞に足を踏み入れることができる者は梵字の刺青を入れた者と、手を引かれた者に限られる。
奥に置かれた荒覇吐様直筆の竹簡が、侵入しようとする者を阻止するからだ。
瑠子の手を引き、闇の中を手探り足探りで下に降りて行った。
石に囲まれた奥行き二間、幅一間半、高さ一間ほどの隙間にたどりつく。
ここは本殿の真下となる。
岩で囲み、大きな岩で蓋をして、その上に本殿を建てたという。
十種神宝が安置されている場所である。
闇への恐怖に加え、先ほど見たであろうあの騒ぎを目にしていれば尋常ではおられまい。
瑠子は震え、恐れおののき、泣き始めた。
瑠子を抱きしめ、なだめ、息をひそめていると、上にある本殿が騒がしくなった。
具足の音と恫喝の声。
大勢の兵が踏み込んできたのだ。
聖域が踏みにじられたことで、わが国が滅んだのだとわかった。
岩に隙間でもあるのか、聞こえるように細工しているのか、人の声も聞こえてくる。背筋が寒くなった。
しばらくして、その本殿から父の声が聞こえてきた。
大和の兵士どもに捕えられたのだ。
そして身の毛もよだつ拷問が始まった。
むろん、拷問の方法など知らぬし、様子を目にしたこともない。
責めたてる兵士どもの声と音、そして父のうめき声、叫び声から、そう判断しただけだ。
息苦しくなった。
気分が悪くなり、座っていることさえつらくなった。
瑠子は怯え、こらえきれず声を上げた。
それを耳にしたわしは恐慌にかられた。
本殿にいる者の声が聞こえるということは、その逆もあるに違いない。
抱きしめていた手を離し、瑠子の口を塞ごうと手を伸ばした。
闇の中、首や頭に手がかかった。
それに脅えた瑠子は手足をばたつかせた。
漏れた声と、物音が石室に響き渡った。
本殿にいる兵士どもに気づかれてしまう。
いかに入ってくるすべがなかろうとも、床下の大きな岩に気がつけば叩き壊して入ってくるだろう。
気がついたときには馬乗りになり、右手で口を、左手で首を絞めていた。
足元から生暖かいものが伝わってきた。
*
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