篭の中の愛しい人

朏猫(ミカヅキネコ)

文字の大きさ
1 / 19

1 新しい人質

しおりを挟む
 主国アンダリアズは、三十年ごとに隷属国タータイヤから人質を迎える――それは古くから延々と続く取り決めであり、どちらの国も疑問を抱くことのない普遍のことだった。
 はじまりは四百年近く昔、歴史書でしか知るすべのない古い時代にまで遡る。
 タータイヤは平地が少なく岩山ばかりの国で、経済力にも戦力にも乏しく、周囲の国々から狙われることすらない弱小の国だった。ところが厄介ものとばかり思われていた岩山から上質な岩塩が取れることがわかり、状況が一変する。
 タータイヤ王国を含む近隣諸国は海に隣接しない内陸にあった。これらの国々にとって海で採れる塩は金銀や宝石に勝るとも劣らない貴重なもので、多くの国が大金を使い時間をかけて手に入れてきた。ところが、すぐそばに岩塩を豊富に持つ国が見つかったのだ。
 そのことを知った周辺諸国は、すぐさま岩塩を求めて動き出した。力を持たない弱小国に圧倒的な武力を持って侵略しようとし始めた。突然の出来事に、タータイヤ王国が騒然となったのは言うまでもない。
 為すすべのないタータイヤ王家は、王の末の姫が嫁いでいた大国アンダリアズに救いの手を求めた。

 ――タータイヤが侵略されれば、隣接するアンダリアズ王国にとっても由々しき事態になるだろう。助けてくれるのなら、優先して岩塩を届けることを誓う――。

 タータイヤ王国の申し出に、大国アンダリアズは大軍を持って応えた。
 こうしてタータイヤ王国は国を守ることができたが、同時にアンダリアズ王国に隷属することになった。
 その後、両国の間で以下の取り決めが正式に交わされることになった。

 一、タータイヤ王国は毎年決められた量の岩塩をアンダリアズ王国に献上すること
 二、タータイヤ王国はアンダリアズ王国の求めに応じ、労働力を提供すること
 三、揺るぎない両国の絆の証として三十年に一度、タータイヤ王国は王の血筋を一人アンダリアズ王国に差し出すこと
 四、以上の取り決めが滞りなく行われている間、アンダリアズ王国はタータイヤ王国を庇護すること

 取り決めが交わされてから三百年余り、主国と隷属国の関係は変わることなく続き、枯れることのない岩塩と人質が差し出され続けてきた。そうして先の人質からちょうど三十年が経ったこの日、新たな人質がアンダリアズへと送り届けられた。

  * *

「これは我が国への侮辱ではありませんか!?」
「このような態度で王族とは、信じられませんな」
「見るからに貧相そのもの。落ちぶれた貴族ですらこれほどではありませんぞ」
「もしや、厄介払いに使われたのでは?」

 新たな人質を迎えたアンダリアズ王宮の大広間では罵声が飛び交っていた。主要な王族や貴族たちが嫌悪と侮蔑の視線を向けているのは、今し方到着したばかりの人質であるタータイヤ王国の王女――であるはずの人物だ。
 煌びやかな衣装を身にまとった人々が取り囲む中央には、ひときわ小柄な女性がポツンと立っている。肩にかかる髪はくすんだ灰色で艶がなく手入れが行き届いているようには見えない。それなりの衣装を身に着けてはいるものの、中途半端な長さの袖や余った生地ごと締められた腰回りを見れば大きさが合っていないのは明らかだ。とくに衣装からのぞく首や手はひどく痩せていて、枯れ木を連想させるほどだった。ベールで隠れている顔まではわからないが、ほかを見れば王族らしからぬ風貌であろうことは予想できる。
 姫は主国の王を前に名前を名乗って一度頭を下げただけで、その後は突っ立ったままでいる。声を発することもなく、決して小さくない周囲の罵る声に反応することもない。
 まるで人形のような様子に、周囲の者たちは次第に口を閉じていった。不可解な姫の態度に眉をひそめ、訝しげな顔をする者も現れる。
 シンと静まりかえる中、大広間の扉が音を立てて開かれた。

「僕の奥方様が到着したって?」

 不自然なまでの静寂に包まれた大広間に華やかな男の声が響く。

「ミティアス、なぜ遅れた? おまえには王子としての自覚がないのか?」
「あぁ、一の兄上、すみません。ちょっと野暮用がありまして」
「言うだけ無駄ですよ、兄上。ミティアスの場合は王子以前の問題ですから」
「相変わらず二の兄上はひどいなぁ」

 兄弟たちの会話を視線だけで止めたのは、王妹の夫であり兄弟たちの叔父でもある宰相だった。上段に立つ二人の兄はグッと唇を閉じ、同じように宰相に睨まれたはずの末弟は微笑みながらゆったりと大広間を横切っていく。
 再び静まり返ったところで、玉座に座る王が口を開いた。

「そこにいるメイリヤ姫が新たな人質だ」
「人質って……。まぁ、間違いじゃないでしょうけど」

 立場的には人質ではあるものの、その呼び方は随分前に使われなくなっている。というのも、隷属の証であった人質は長い年月を経て王族の伴侶という形に変化していたからだ。
 そのため表向きは人質ではない。タータイヤ王の息女がやって来るということで、今回はアンダリアズ国王の末子ミティアスが伴侶として迎えることになっていた。
 歩みを止めたミティアスは、貴族たちの輪の中心に立つ姫を見る。

(なるほど、これはたしかに人質っぽいな)

 そう思いながらも内心は「どちらでもかまわないけど」と思っていた。
 人質でも伴侶でもミティアスにとっては大差ない。伴侶という席を埋めてくれる存在であれば御の字というだけで、正式な伴侶として扱う必要がないからだ。

(子どもを作るなってことだけど、元々その気もないしね)

 人質が伴侶という立場に変わったとき、アンダリアズ王家ではある決まりが作られた。内容はただ一つ、“子を作ってはならない”ということ。決まりがあるためか、これまで人質としてやって来たタータイヤ王族との間に子が生まれたことは一度もない。
 隷属国の血を引く王族が生まれることは、主国であるアンダリアズ王国の望みではなかった。主国はあくまで主人であり、隷属国は永遠に隷属するもの――その形を変える恐れのある存在は生まれてはならない。
 そのため人質は王族の伴侶という立場になっても、伴侶としての役割を求められることはなかった。その証拠に、多くの人質は同性の王族とめあわせられている。そういう意味では人質と呼ばれていた頃と変わらないのかもしれないが、ほとんどの人質は伴侶として丁重に扱われ、死後は王族の伴侶として王家の墓地に手厚く葬られてきた。
 今回の人質も過去の人質たちと同じ運命をたどるはずだった。子を生むことはないものの、王子の伴侶として一生を静かに過ごす未来があった。
 ところが、やって来たのは王族とは思えない何とも奇妙な姫だった。これでは人質としての役目を果たせるのかさえ疑わしい。

「君がメイリヤ姫?」

 ミティアスの声が聞こえていないのか、姫の体はピクリとも動かない。何か答えるわけでもなく、ただじっと突っ立っている。
 訝しむミティアスをよそに、再び広間がざわつき始めた。

「陛下、やはりたばかられたのではありませんか?」
「このような娘が王女など、到底信じられません」
「主国を侮辱するとは、何を考えているのか……!」
「タータイヤへ抗議の兵を送るべきです!」

 姫への言葉はいつしかタータイヤ王国への罵声へと代わり、多くの貴族たちが兵を送るべきだと口々に訴え始めた。そんな物騒な雰囲気を気に留めることなく姫に近づいたミティアスは、黒いベールをわずかにめくって中を覗き込む。その様子に貴族たちは驚き、ミティアスの兄たちや宰相でさえ咄嗟に言葉が出なかった。
 それもそのはずで、アンダリアズ王国では未婚女性のベールをめくるのは大変な無作法とされていた。それを地位のある者がやるなど普通ではあり得ない。

「……へぇ」

 珍しいものへの感嘆なのか意外なものへの感想なのか、ミティアスの口からわずかな声が漏れる。

「父上……っと、陛下、予定どおり姫は僕の伴侶でかまいませんか?」

 予想外の言葉に、広間は再びシンと静まり返った。少し考えるような様子を見せた王は、自由気ままに振る舞う息子を見据えながら口を開く。

「おまえがそれで良いというなら、かまわん。ただし人質は“捕リ篭とりかご”に入れる。よいな」
「はい、かまいません」

 華やかな笑顔を残し、ミティアスはやせ細った姫の手を引いて広間をあとにした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

【短編】売られていくウサギさんを横取りしたのは誰ですか?<オメガバース>

cyan
BL
ウサギの獣人でΩであることから閉じ込められて育ったラフィー。 隣国の豚殿下と呼ばれる男に売られることが決まったが、その移送中にヒートを起こしてしまう。 単騎で駆けてきた正体不明のαにすれ違い様に攫われ、訳が分からないまま首筋を噛まれ番になってしまった。 口数は少ないけど優しいαに過保護に愛でられるお話。

ルピナスの花束

キザキ ケイ
BL
王宮の片隅に立つ図書塔。そこに勤める司書のハロルドは、変わった能力を持っていることを隠して生活していた。 ある日、片想いをしていた騎士ルーファスから呼び出され、告白を受ける。本来なら嬉しいはずの出来事だが、ハロルドは能力によって「ルーファスが罰ゲームで自分に告白してきた」ということを知ってしまう。 想う相手に嘘の告白をされたことへの意趣返しとして、了承の返事をしたハロルドは、なぜかルーファスと本物の恋人同士になってしまい───。

婚約破棄を望みます

みけねこ
BL
幼い頃出会った彼の『婚約者』には姉上がなるはずだったのに。もう諸々と隠せません。

【完結】家も家族もなくし婚約者にも捨てられた僕だけど、隣国の宰相を助けたら囲われて大切にされています。

cyan
BL
留学中に実家が潰れて家族を失くし、婚約者にも捨てられ、どこにも行く宛てがなく彷徨っていた僕を助けてくれたのは隣国の宰相だった。 家が潰れた僕は平民。彼は宰相様、それなのに僕は恐れ多くも彼に恋をした。

番だと言われて囲われました。

BL
戦時中のある日、特攻隊として選ばれた私は友人と別れて仲間と共に敵陣へ飛び込んだ。 死を覚悟したその時、光に包み込まれ機体ごと何かに引き寄せられて、異世界に。 そこは魔力持ちも世界であり、私を番いと呼ぶ物に囲われた。

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

花びらは散らない

美絢
BL
 15歳のミコトは貴族の責務を全うするため、翌日に王宮で『祝福』の儀式を受けることになっていた。儀式回避のため親友のリノに逃げようと誘われるが、その現場を王太子であるミカドに目撃されてしまう。儀式後、ミカドから貴族と王族に与えられる「薔薇」を咲かせないと学園から卒業できないことを聞かされる。その条件を満たすため、ミカドはミコトに激しく執着する。

処理中です...