BL短篇集

朏猫(ミカヅキネコ)

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マカロンの行方~何やってんだよ俺!

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(何やってんだろ、俺……)

 目の前の透明なプラスチックの箱を見ながら項垂れる。今日持って来ても仕方ないってわかっているのに、自分で食べる気になれなくて結局また持って来てしまった。

(昨日ならギリ言い出せたっていうのに)

 本当は一昨日渡すつもりだった。なぜなら一昨日がホワイトデーだったからだ。「お裾分けでもらったんだけど、食う?」なんてセリフまで考えていたのに、言い出せないままホワイトデーが終わってしまった。

(あのチョコだってお裾分けだったんだろうし、変に気にする必要ないって俺だってわかってる)

 だから俺も「お裾分け」ってことにしようと思った。「誰のお裾分け?」なんて突っ込まれたら「姉貴の」と答えればいい。そこまで考えてのセリフだったのに、どうしても渡せなかったのはもらった瞬間のことを思い出したからだ。

(だって、まさかバレンタインデー当日にチョコくれるとか、相手がよーく知ってる幼馴染みでもドキッとするだろ?)

 バレンタイン当日、不意にあいつが「食べる?」と言ってチョコを差し出してきた。可愛いリボンがついていたから、女子にもらったチョコに違いない。

(あいつ昔からすげぇモテてたから、自分だけじゃ食べきれないってことだったんだろうけど……)

 あいつが女の子にチョコをもらうのは幼稚園からで、小学校では六年間チョコと一緒に告白もされていた。中学では先輩からももらっていたし、高校になってからは別の学校の女子たちまで校門で待ち伏せたりする状態だ。一年、二年のときも相当だったけど、三年になった今年は紙袋三個にぎっしりのチョコを持って帰っていたっけ。
 そんなだから、幼馴染みの俺にお裾分けしてくれたに違いない。去年までお裾分けをもらったことはなかったけど、来年から進学先も違うっていうので思い出とかでくれたんだろう。

(ただのお裾分けだってわかってる。わかってんだけど、もらったらお返ししないと悪いしなぁ)

「人様に物を頂戴したらお礼をすること」

 これは小さい頃からばあちゃんに言われてきたことだ。ついでに姉貴からは「バレンタインデーにチョコもらったら、ちゃあんとお礼しないとぶっ飛ばす」とも言われてきた。ただし、残念ながら俺自身がバレンタインデーにチョコをもらったことはない。
 でも、今年はあいつにもらった。お裾分けでも、もらったものはもらったものだ。だから、緊張しながらもお返しを買った。近所のコンビニでだけど、透明な箱に入ったピンク色と黄緑色のマカロンを用意した。

(見た目おしゃれだからあいつに似合ってるし、美味そうだったし)

「なのに、渡しそびれるとか何やってんだよ」

 思わず声に出してしまい、慌てて周りを見た。……うん、昼休みに離れの校舎裏になんて誰かいるはずがない。変な独り言を聞かれなくてよかったと胸をなで下ろす。

(前日からいろいろ考えてたのになぁ)

 さっきのセリフもそうだし渡すタイミングも考えていた。
 いつも一緒に弁当を食べるから、食べ終わったタイミングでデザートみたいにさり気なく出せばいい。そのとき、ついでのように「食う?」と言うだけでよかった。俺自身は一緒に買ったチョコを食べるつもりだった。
 そこまで考えて準備したのに言えなかった。渡せなかった。

「あ~っ! ほんと何やってんだよ俺!」

 校舎裏でマカロンが入った小さなプラスチックの箱を片手に叫ぶことしかできない。

「よし、もう自分で食べよう」
「食べるって何を?」
「ひゃっ!」

 急に声が聞こえてびっくりした。振り返るとあいつが立っていて、俺の右手をじっと見ている。

「それってマカロン?」
「え? あ、うん」
「食べるの?」
「あー、ちょっと小腹が空いたから」
「小腹って、さっきでかい弁当食べてたじゃん」
「いや、ほらデザートっていうか」

 俺ってば何を言い訳しているんだ。っていうか、これは一昨日言うはずだったセリフだ。「何で一昨日言えなかったかな俺!」と心の中で叫んでいると、あいつが「ちょうだい」と言ってきた。

「へ?」
「俺も食べたい。ちょうだい」
「え? あの、これを?」
「うん。っていうか、チョコあげたじゃん」

 チョコと言われてドキッとした。バレンタインデー以降、こいつにチョコはもらっていない。つまり、あのときのチョコのことを言っているってことだ。

(お裾分けなのに、よく覚えてるな)

 そんなことを思いつつ透明な箱を見る。元々こいつにやるつもりで買ったものだから、俺に拒否する気持ちはない。

「お、おう。いいぜ。ほら」

 若干どぎまぎしながら箱を差し出したら、なぜかあいつが「あーん」と口を開いた。

「は?」
「食べさせてよ。ほら、あーん」
「……おう」

 どうして食べさせないといけないのか、なんて考える余裕もなく、なぜかドキドキしながら箱を開けた。そうしてピンク色のマカロンを摘んで、鳥の雛のように開けっ放しのあいつの口に突っ込む。すると、なぜか俺の指ごとぱくりと食べやがった。

「な、え、ちょ、」

 手を伸ばしたまま変な声を出した俺を見ながら、あいつは平然と口を動かしている。

「うん、おいしい」

 満面の笑みを浮かべたモテ男の笑顔に、自分の顔が真っ赤になるのがわかった。それを見られたくなくて、俺は慌てて手に載せたままのマカロンに視線を落とした。
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