BL短篇集

朏猫(ミカヅキネコ)

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研究者の欲望~理想のアンドロイドはマッチョ系

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 ようやく理想的な骨格が完成した。神経回路は完璧だし、改良型人工心臓LHⅡも超軽量有機バッテリーも順調に動いている。ほしかった人工眼球も手に入れることができたし、髪の毛なんて三種類も取りそろえてしまった。全部金髪だけれど、太さや光の反射具合が違うため実物を見て決めようと考えた結果だ。

(ここまでは予定どおりとして、問題は外側なんだよな)

 具体的に言うなら筋肉の付け方で悩んでいた。もちろん筋肉も人工繊維群で構成されたアンドロイド専用のもので本物じゃない。これらを複数組み合わせることで人のような筋肉を形成するわけだけれど、どのくらい盛るかで大いに悩んでいた。

(最新の筋繊維は揉み心地も本物そっくりだって話だからなぁ)

 つまり理想的な見た目と手触りの両方が手に入るということだ。おかげで最近は仕事そっちのけで筋肉のことばかり考えている。
 どうせなら僕好みのムキムキな体型にしたい。骨格筋も平滑筋も最新のものなら完璧に模写することができるだろうし、妥協なんて絶対にしたくなかった。

(腹直筋と上腕二頭筋は当然盛るとして、僧帽筋と三角筋も外せないか。抱きついたときの感触を考えるなら広背筋もそれなりに盛りたいし、顔を埋められるくらいの大胸筋もほしいんだよな)

 しまった、欲望が止まらなくなりそうだ。いや、僕のために僕が作るアンドロイドなんだから欲まみれになるのは当然だ。そもそも僕がこの道を究めたのだって、僕専用のアンドロイドを作るためだった。
 理想のアンドロイドを早く作りたくて必死に飛び級した。某国の富豪に取り入って資金を出してもらい、最先端の研究施設も手に入れた。

(あの国の王子とは理想のアンドロイド論で大いに盛り上がったっけ)

 僕はマッチョ系アンドロイドに可愛がってほしいタイプだけれど、王子は細マッチョを組み敷きたいと話していた。今回、僕のアンドロイドを作るのと並行して王子専用の伴侶型アンドロイドも製作している。おかげで最新の人工眼球も筋繊維もたっぷりと手に入れることができた。

(そこに第一人者たる僕の頭脳があれば完璧な伴侶型アンドロイドが作れる)

 これまで最先端の伴侶型タイプを数十体手掛けてきたが、いずれの購入者からも好評を得ている。発売した当時はあれだけバッシングしていた世間も手のひらを返したように僕の技術を持ち上げ、いまでは財界政界問わず注文が入るくらいだ。
 そうした評価はありがたいと思うけれど、それよりいまは目の前の難題をどうにかしなくてはいけない。

(ダビデ像にもう少し筋肉を盛った体が理想なんだよな)

 以前はもっとゴリゴリのマッチョが理想だったけれど、本物のマッチョを見て気が変わった。あんなに盛りすぎてはベッドで押し潰されかねない。それじゃあ僕の夢が叶わなくなってしまう。そのためには筋肉を多少諦めることもできた。

(叶えたいのは理想的な筋肉に包み込まれるように抱きしめられることだからな。ついでにベッドと筋肉にサンドイッチされるのも夢っていうか……いやいやいや)

 妄想がすぎて顔が熱くなってきた。慌てて頭を振ってから、改めて理想の筋肉について考える。

(上半身も大事だけど下半身もそれなりにつけないと駄目だし……)

 腹直筋や大臀筋をおろそかにすることはできない。正面もさることながら、背後から見たときのキュッと上がったお尻はセクシーだと思う。それを毎日見られるように、お尻から太ももにかけてはキュッとしてムチッとした形にしたかった。

(ここはこのくらい盛るとして、こっちもこのくらい……そうか、そうなるとこっちも少し足して……)

 元来、僕は答えが出ない問題は嫌いな質だ。だから文学のような曖昧な内面を問われると途端に脳みそがパンクしてしまう。今回のアンドロイド製作の数パーセントはそうした答えのない難問だったが、悩む時間さえ楽しかった。「たまには答えがないというのもいいもんだな」なんてことまで思っている。
 でも、そろそろ完成させなくてはいけない。人工皮膚が乾燥して馴染むまで一カ月はかかるから、逆算するとボディは完成させるべきだ。そうして三十歳の誕生日にはアンドロイドと二人で過ごすのだと決めている。

(誕生日に伴侶型アンドロイドとラブラブっていうのが小さい頃からの夢だったんだよな)

 僕は昔から筋肉が好きだった。父の同性の恋人がマッチョ系だった影響だろう。小さい頃、彼に肩車してもらうたびに最高の気分になったし、腕にぶら下がって遊ぶのも大好きだった。
 おかげで僕はすっかり筋肉に目覚めてしまった。理想的な筋肉を追い求め、そうした肉体を持つ恋人がほしいとずっと思っていた。

(でも、現実はそんなに簡単じゃなかった)

 探しても理想的な筋肉の持ち主には出会えなかった。「それなら自分で作ってしまえ」と思い立ったのは十二歳の頃で、それからロボット工学の研究者だった父の元で猛勉強した。すべては理想の伴侶型アンドロイドを作るためだ。

「そして、ついに僕の理想が完成する」

 言葉にするだけでにんまりしてしまう。理想の体はもちろんのこと、父の恋人に協力してもらって行動パターンや思考パターンもしっかり組み込んだ。ついでに僕のボディガードとしての性能もつけ加えてある。

(最近、やけに物騒になってきたからな)

 いまや世界中が僕の研究成果を盗もうとしている。それより面倒なのは僕自身を手に入れようとする輩がいることだ。つい先日は僕好みのマッチョに迫られて、うっかり付いていくことに頷きかけてしまった。
 そういうピンチを防ぐためにも理想のマッチョ系アンドロイドが必要だ。そうすれば身も心も安心して研究に没頭できる。

「理想のアンドロイドの誕生だ」

 僕は興奮する自分を認識しながら最後の調整に入った。


 二カ月後、僕の隣に最高の伴侶がやって来た。あまりにも理想的な見た目に、到着した日は興奮のあまり鼻血が止まらなくなったほどだ。想像していたよりも筋肉の触り心地がよくて毎日揉んだり撫でたりしている。

(あとは人工知能の成長具合なんだけど……)

 こちらも僕自らが設計したのだから完璧なはずだ。父の恋人に何度も確認しながら調整を重ねたのだから間違いない。それなのに彼が来てからというもの、自分の感情をコントロールできなくなることが増えてきたような気がする。

(恋人なら見つめ合うのが自然だと言われたんだけど……)

 駄目だ、どストライクの顔を見るだけで顔が熱くなってしまう。そうなると何を話していいのかわからなくなり、まるで壊れかけのアンドロイドみたいな声しか出なかった。こんなにポンコツになるのは生まれて初めてで、どうしてこうなってしまうのかまったくわからない。

「シュウイチ、さぁハグをしよう」
「ええと、」

 見上げた先には王子様のような金髪碧眼の男がいる。しかもキラキラした笑みを浮かべながら両手を広げているのだ。こういうのも恋人らしい仕草だと聞いていたけれど、何度見てもドキドキしてうまく動けなくなってしまう。

「シュウイチ?」
「……うん」

 促されておずおずと抱きついた。。理想的な大胸筋に顔を埋め、広背筋を感じる背中をぎゅうっと抱きしめる。あまりにも理想的な感触に、歓喜のあまり全身がブルッと震えてしまった。

「シュウイチ、愛してる」
「……僕も」

 埋めた大胸筋の奥で改良型人工心臓LHⅡの鼓動を感じる。それよりも僕の心臓のほうが先に壊れやしないかというのが、最近の僕の悩みだ。
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