BL短篇集

朏猫(ミカヅキネコ)

文字の大きさ
22 / 39

特別なチョコレートをあなたに~特製のチョコレートの中身は……

しおりを挟む
「毎年思うんだが、バレンタインデーにチョコレートを食べるなんて人間には変わった風習があるな」
「チョコを食べるようになったのは最近じゃないですか?」
「そうなのか?」
「菓子メーカーの策略にはまっているだけでしょう」
「きみはロマンがないな」

 そう言いながら皿からチョコを一粒摘んだ男に「それなら聖ウァレンティヌスの話でもしましょうか?」と答える。

「そんなカビが生えた話を聞いたところで楽しいと思うか?」
「さぁ? 僕には吸血鬼の感性なんてわかりませんから」

 すげなく言い返すと、後頭部に手を回され思い切り引き寄せられた。そのまま抱き込まれそうになり、「何をするんですかっ」と文句を言いかけたところで言葉が止まる。

「んぅ……っ」

 文句を言い終わる前に口を塞がれた。肩がビクッと跳ねたのは吸血鬼の唇がひどく冷たかったからだ。慌てて胸を押し返したものの吸血鬼の力に生身の人間が勝てるはずもなく、「くそっ」と思ったところで舌がぬるんと入ってくる。そうして器用にチョコレートの欠片を含まされた。

「……何してくれてるんですか」

 体を離した吸血鬼を睨みつけながら、ようやく文句を口にすることができた。

「あまりにおいしいチョコレートだったから、お裾分けをと思ってね」
「それなら普通に手渡してください」
「それじゃあつまらないだろう?」
「つまらないとかいう問題じゃありません。そもそもこれは僕が作ったものですから味見なんて必要ありません」
「何をそんなに怒っている? あぁ、そうか。きみはわたしに口づけられると困るのか」
「何を言って、」
「吸血鬼に口づけられて興奮するなんて、神に知られては困るだろうからな」

 平手打ちしようとした右手は簡単に阻まれてしまった。掴まれた手を引き寄せられ、そのまま手首の内側にチュッと冷たい唇が触れる。

「だからっ。そういうことをしないでください!」
「なぜ?」
「なぜって、」
「ここが神の家だからか?」
「……っ。わかっているなら、こういうことは、」

 手を奪い返そうとしたものの、先ほどより強く引き寄せられてしまった。そのまま温かさを感じない胸に閉じ込められる。慌てて「だから!」と文句を言いかけたところで「きみは相変わらず可愛いな」と耳元で囁かれた。

「……っ」
「全身でわたしを好きだと言いながら、あえて逆のことをする」
「誰があなたなんかっ」
「そういうへそ曲がりなところも可愛い」
「可愛くなんてっ」
「わたしが好きでたまらないくせに、こうして神父になって教会にまで住んでわたしを遠ざける振りをする。ほら、可愛いじゃないか」
「可愛くなんてありませんっ」

 つい声を荒げてしまった。これじゃあ吸血鬼の思うつぼだというのに、何をしているのだろう。

「そういうところが可愛いと言うんだ」

 ほら、やっぱり笑っているような声になった。

「……あなた、馬鹿なんじゃないですか? それともマゾなんですか?」
「なるほど、マゾか」
「だって、そうじゃないですか。吸血鬼のくせにこうして教会に住んで、しかも神父の僕に可愛いだとか言って」

 腕の中でブツブツ文句を言うと「やっぱり可愛い」と言われて顔が熱くなる。

「そもそも僕はもう立派な大人です。可愛いはずがないでしょう」
「きみは子どものときからずっと可愛いよ。口では嫌だと言いながら……ほら、こうして特製のチョコレートを毎年くれる」

 吸血鬼の手がテーブルに伸びた。そうして長くて綺麗な指がまたチョコを一粒摘む。

「それに、年々味が濃くなっていくのも可愛い」

 無意識にチョコを摘んだ指先を目で追っていた。白い指が摘む艶やかなチョコがゆっくりと吸血鬼の口の中に入っていく。そうしてペロリと舌で拭った唇をまた押しつけられ、またもや当然のようにチョコの欠片を舌先で押し込められた。
 口内に広がるのはビターなチョコの味だ。ただしそれだけじゃない。甘さの代わりにかすかに漂うのは別のものだ。その香りに眉をひそめながら、段々と鼓動が早くなっていくのを感じる。

「こんなチョコレートを用意するきみが可愛くて仕方ない」

 唇を指先で撫でられ思わず俯いた。額を広くてたくましい胸に押し当てながらギュッと目を瞑る。そんな僕のうなじを冷たい指先でするりと撫でた吸血鬼が「ほら、可愛い」と笑った。

「きみは毎年極上の血が練り込まれたチョコレートを用意してくれる。そうまでして僕にきみを味わわせたいのかい?」

 吸血鬼の言葉に頬も体もカッと熱くなるのがわかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
ある日ハイランクDomの榊千鶴に告白してきたのは、Subを怖がらせているという噂のあの子でー。 更新がずいぶん遅れてしまいました。全話加筆修正いたしましたので、また読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...