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ある兄と弟と彼の話~葬式に現れたのは兄の恋人だと思われる男だった
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兄が死んだ。三十五歳だった。葬式の斎場は小さな箱のような場所で、両親が顔を出すことはなく部屋には制服を着た僕ひとりしかいない。
(あと半月でこの制服ともお別れだったのに)
十七歳差という随分年が離れた兄も通っていた高校を、僕はこの春ようやく卒業する。そうしたら兄の元に行く予定だった。
(なんで死んでしまったんだろう)
死因はわかっていない。部屋で死んでいたのが見つかったため警察が調べることになった。聞き込みや検死の結果、事件性はなく、最終的には病死だと結論づけられた。
両親は「それがあの子の人生だったんだ」と言った。僕は「どんな人生だよ」と心の中で舌打ちした。
キィッと音を立ててドアが開いた。見ると白いシャツに黒いスラックスの男が立っている。
「このたびはご愁傷様です」
「……どうも」
誰だろう。染めたことがなさそうな黒髪は少し長く、後ろで一つ結びにされている。年は二十代前半といったところだろうか。
(きれいな人だな)
そう思った。兄が好みそうな人だなと思い、ハッとする。
(もしかして……)
焼香を済ませた男が僕を見た。会釈して去ろうとした男に慌てて声をかけた。
「あの、違ってたらすみません。……もしかして……」
立ち止まった男が「ふ」と息を吐くように微笑み、「おそらくあってるよ」と答えた。
「昨日会う約束をしてたんだ。久しぶりの約束だった。随分待ったけど約束した場所に現れなくて変だなと思った。そうしたらこんなことになっていて驚いたよ」
男が少し遠い目をする。その目に涙はない。
「まさか久しぶりの再会がこんな形になるとは思わなかった」
「……兄がどうして死んだか、ご存知ですか?」
男がゆっくりと首を横に振る。
「俺もそれが知りたい。同時に、知りたくないとも思っている」
「どうして……」
「もし俺のせいだったらと思うと、これから生きていく自信がなくなるから」
男の言葉に胸が苦しくなった。同時にどろりとした嫌な感情がわき上がる。
「僕はあなたがうらやましいです。だって……あなたは兄に愛されていた、そうでしょう?」
僕の言葉に男が「ふ」と息を吐くように微笑んだ。
「俺はきみがうらやましいよ。きみには血という繋がりがある。それは死んだ後も決して消えることはない」
男の視線が祭壇を見る。
「俺には繋がっていた証が何一つ残らない」
祭壇に飾られているのは高校卒業のときに撮った写真だ。卒業式の後、自分は同性しか好きになれないと告げた兄は家を出て行った。当時赤ん坊だった僕が兄に直接会ったのは数回しかない。両親に隠れて会うのはそれが限界だった。
「血なんて、そんな目に見えない繋がりなんて意味がありません。だって僕は兄がどんな表情で話をするのか、どんなふうに笑うのかほとんど知らない。メールと電話が僕と兄を繋いでいた唯一のものだった」
祭壇で微笑む兄が、ほんの少し滲んで見えた。
「兄の手がどんなに大きくて温かかったのか、僕は知りません」
知ることができないまま、兄は手の届かないところへと行ってしまった。
「俺も、彼がどれだけ家族を愛していたか知らないままだ。俺の前では決して家族の話をしなかったからね」
気がつけば男に近づいていた。僕とほとんど変わらない背丈の男に、唇をぶつけるようにキスをする。突然の行為に男は抗うことも怒ることもしなかった。
半月後、高校を卒業した僕は兄が住んでいた町へと引っ越した。元々兄のところから大学に通うつもりだったから計画どおりではある。ただ一つ違ったのは、隣にいるのが兄ではなく葬式で会ったあの男ということだ。
「兄はこの町で生きてた。やっと来ることができた」
「彼が好きだった総菜店、案内してあげるよ」
懐かしそうに窓の外を見る美しい顔に唇を寄せ、そっとキスをする。美しい顔が遠のくことはなく、僕は柔らかな唇に優しく吸いついた。彼の体をとおして、僕は愛していた兄の熱情と情愛を感じた。
(あと半月でこの制服ともお別れだったのに)
十七歳差という随分年が離れた兄も通っていた高校を、僕はこの春ようやく卒業する。そうしたら兄の元に行く予定だった。
(なんで死んでしまったんだろう)
死因はわかっていない。部屋で死んでいたのが見つかったため警察が調べることになった。聞き込みや検死の結果、事件性はなく、最終的には病死だと結論づけられた。
両親は「それがあの子の人生だったんだ」と言った。僕は「どんな人生だよ」と心の中で舌打ちした。
キィッと音を立ててドアが開いた。見ると白いシャツに黒いスラックスの男が立っている。
「このたびはご愁傷様です」
「……どうも」
誰だろう。染めたことがなさそうな黒髪は少し長く、後ろで一つ結びにされている。年は二十代前半といったところだろうか。
(きれいな人だな)
そう思った。兄が好みそうな人だなと思い、ハッとする。
(もしかして……)
焼香を済ませた男が僕を見た。会釈して去ろうとした男に慌てて声をかけた。
「あの、違ってたらすみません。……もしかして……」
立ち止まった男が「ふ」と息を吐くように微笑み、「おそらくあってるよ」と答えた。
「昨日会う約束をしてたんだ。久しぶりの約束だった。随分待ったけど約束した場所に現れなくて変だなと思った。そうしたらこんなことになっていて驚いたよ」
男が少し遠い目をする。その目に涙はない。
「まさか久しぶりの再会がこんな形になるとは思わなかった」
「……兄がどうして死んだか、ご存知ですか?」
男がゆっくりと首を横に振る。
「俺もそれが知りたい。同時に、知りたくないとも思っている」
「どうして……」
「もし俺のせいだったらと思うと、これから生きていく自信がなくなるから」
男の言葉に胸が苦しくなった。同時にどろりとした嫌な感情がわき上がる。
「僕はあなたがうらやましいです。だって……あなたは兄に愛されていた、そうでしょう?」
僕の言葉に男が「ふ」と息を吐くように微笑んだ。
「俺はきみがうらやましいよ。きみには血という繋がりがある。それは死んだ後も決して消えることはない」
男の視線が祭壇を見る。
「俺には繋がっていた証が何一つ残らない」
祭壇に飾られているのは高校卒業のときに撮った写真だ。卒業式の後、自分は同性しか好きになれないと告げた兄は家を出て行った。当時赤ん坊だった僕が兄に直接会ったのは数回しかない。両親に隠れて会うのはそれが限界だった。
「血なんて、そんな目に見えない繋がりなんて意味がありません。だって僕は兄がどんな表情で話をするのか、どんなふうに笑うのかほとんど知らない。メールと電話が僕と兄を繋いでいた唯一のものだった」
祭壇で微笑む兄が、ほんの少し滲んで見えた。
「兄の手がどんなに大きくて温かかったのか、僕は知りません」
知ることができないまま、兄は手の届かないところへと行ってしまった。
「俺も、彼がどれだけ家族を愛していたか知らないままだ。俺の前では決して家族の話をしなかったからね」
気がつけば男に近づいていた。僕とほとんど変わらない背丈の男に、唇をぶつけるようにキスをする。突然の行為に男は抗うことも怒ることもしなかった。
半月後、高校を卒業した僕は兄が住んでいた町へと引っ越した。元々兄のところから大学に通うつもりだったから計画どおりではある。ただ一つ違ったのは、隣にいるのが兄ではなく葬式で会ったあの男ということだ。
「兄はこの町で生きてた。やっと来ることができた」
「彼が好きだった総菜店、案内してあげるよ」
懐かしそうに窓の外を見る美しい顔に唇を寄せ、そっとキスをする。美しい顔が遠のくことはなく、僕は柔らかな唇に優しく吸いついた。彼の体をとおして、僕は愛していた兄の熱情と情愛を感じた。
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