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23 魔術師と精霊王
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短い秋の終わり、ジルネフィはスティアニーを連れて花精霊の庭に来ていた。この時期に採れる華蜜をわけてもらうためと精霊王に届け物があったからだ。
スティアニーは薄紫の花が所狭しと咲く花園の真ん中で、小さな花の精霊たちと一緒に華蜜採取に勤しんでいる。それを少し離れたところで見守っていたジルネフィの隣に半透明の美しい精霊王が姿を現した。
「久しいな、ジルネフィ」
「ご無沙汰していました、メルディアナ」
メルディアナの視線がスティアニーに向けられる。笑顔で花の精霊たちと戯れる姿に、透き通った瞳がうっとりと笑んだ。
「お前の愛し子は、ますます芳しい香りを漂わせているな」
それに微笑み返したジルネフィが、懐から目的のものを取り出す。
「メルディアナ、どうぞ。スティへの贈り物のお礼です」
「ほう。なかなかの年代物だな」
「五百年ほどだそうですよ」
「なるほど、程よく熟成されているといったところか」
真紅に輝く大ぶりの宝石がジルネフィの手からメルディアナの手に渡る。燃えるように光るその宝石を透明な指が摘み、日差しにかざすように掲げた。反射する光が半透明の手や体を通り抜け、足元の白い花をほんのりと赤色に染める。
「ふむ、なかなか良き経路を辿ったようだな」
「とある帝国末期の王侯貴族の間を行き来していたようですからね。手にした多くの貴族が没落の目に遭い、皇帝の身内もこの石を得るために多くの血を流したと聞きますから熟成度合いは問題ないでしょう」
「それは上々」
妖しく微笑んだメルディアナは美しい形の口を開き、透明に近い舌をヌッと突き出した。そこに真紅の宝石を載せ、口に含んだかと思えばコクリと音を立てて飲み込む。
一連の様子を見ていたジルネフィは、やや呆れたような表情を浮かべながら口を開いた。
「あなたの悪食は変わりませんね」
「いまさら何を言う。精霊王は人間の精と魂をなにより好む。だからこそこの石を持ってきたのであろう? ……ふむ、紅蓮の石にふさわしく奪い合った人間らの愛情や憎悪、嫉妬や怨恨がたっぷりと含まれているな。だからこそ深く香しい味わいが楽しめるとも言える」
半透明の唇を、それよりさらに透明度の高い舌がぺろりと舐める。
「それに我はおまえのように喰い散らかすわけでもない」
「昔のことをまだ言いますか。あれはただの若気の至りですよ」
「ほう。それでまた鳥が堕とされたというのか」
メルディアナがにたりと笑みを浮かべた。「カラヴィリヤのことを聞いたのか」と気づいたものの、ジルネフィは素知らぬ顔をする。
(噂好きの風精霊が吹聴して回っているのだろうな)
風精霊の性質は物事を遠くに運ぶことだ。そして風は物質だけでなく言葉も運ぶ。今回のことも、おもしろがってあちこちに運んでいるのだろう。
カラヴィリヤが消息を絶ったという噂は夏の終わり頃に耳にした。それ以前にも何人もの妖鳥族がジルネフィの元を訪れようとしたが、すべて張り巡らされた結界によって弾き飛ばされ姿を消している。
中には人間の世界に飛ばされてしまい、そのまま人間の魔術師に捕らえられた者もいると聞いた。ほかにも魔族に性奴隷として囚われている者もいるという。
(あれらがどうなろうとも、どうでもいいことだ)
何を聞いたところでジルネフィが妖鳥たちを気にすることはない。妖鳥たちがジルネフィの元にいたのは遙か以前のことで、そのときも所有しているわけではなかった。
「そもそも、わたしはどの妖鳥にも所有物だと伝えたことはありませんよ。周囲にそう宣言したこともなければ印をつけたことすらありません」
「おまえが執着せぬことは誰もがよく知っている。だからこそ誰も彼もが所有されたがるのだ。同じように誰も彼もがおまえを求めてやまない」
「そういった煩わしさが嫌になって境界の地に引きこもったのですがね」
ため息をつくジルネフィに精霊王が顔をずいっと近づける。
「それでも多くの者たちがおまえを求めるのは仕方がなかろう?」
半透明の手が美しき魔術師の頬をゆっくりと撫でた。
「何せ、おまえはあれの血と力を受け継いでいる。いまやあれは魔族の世界の王となった。たかが古き血を引く吸血鬼だった男がだ」
「父上がそうなったのはあの人の勝手です。わたしには関係ありませんよ」
「それだけではない。おまえはあの“狂気の魔女”の子でもある」
精霊王の手が存在を確かめるように目や鼻に触れる。
「我とてこうして手放せぬほど。それがおまえという存在だ」
精霊王の言葉にプレイオブカラーがくるりと色を変えた。それもほんの一瞬で、すぐに興味を失ったかのように精霊王からスティアニーへと視線が移る。
「やれ、愛し子を手に入れて、ますます芳しい香りを漂わせるようになったものだ」
頬を撫でていた指がジルネフィの唇に触れた。
「嫌悪するほど芳醇で、惹き寄せられるほど美しく歪んだ濃密な香り……異形の名にふさわしい、唯一無二の我の愛する香りよ」
初めて“異形の魔術師”と呼ばれたのがいつだったかジルネフィは覚えていない。しかし母親を知る者はその名に頷き、父親を知る者からは嫌悪の眼差しを向けられた。だから生まれ落ちた“人間の世界”ではなく“魔族と魔獣が住む世界”へと渡ることにした。
ジルネフィの母親は、生まれたときは人間だったと聞いている。幼くして魔術師の弟子になり、成人する頃には魔族と交流を持つ稀有な魔女となっていた。その結果、同じ人間からは畏れられ、人間を嫌う魔族からは蔑まされることになった。
そんな魔女は一つの実験を試みた。それは肉体を捨てて魔族と交わること。そして魔族の子を孕み産み落とすこと。それに応えたのが人間に興味も関心も抱いていない吸血鬼の男だった。
(産み落とされた後もこうして生きているということは、彼女の実験は成功したということになるのだろう)
人間の魂を持ちながら人間でなくなった魔女と、強き魔族から創られた存在。本来なら生まれることすらない禁忌の交わりの果てに誕生した存在。それは生まれながらにしてどちら世界にも属さず、どちらの世界にも存在できる“異形”となった。
「やはりあなたは悪食だと思いますよ」
「悪食か。おまえを味わえるのならそれもよかろう」
くつくつと笑う精霊王の唇がジルネフィのそれに重なり、透明に近い舌がぬるりと口内に入り込んだ。そのまま味わうように口内を蹂躙し、粘膜と触れるたびに極上の花の香りがジルネフィの全身を覆っていく。
それでもジルネフィは微動だにしなかった。プレイオブカラーの瞳は半透明の向こう側にある愛らしい花嫁をじっと見つめている。
「ふむ。やはりおまえはおもしろいな」
唇を離した精霊王が満足げな声でそう告げた。
「我が香りに包まれてもなお、その芳しい香りが途絶えることはない。我が知る中でもっとも興味深い存在だ」
精霊王の言葉にジルネフィが反応することはない。精霊王もわかっているのか、とくに機嫌を損ねることはなく言葉を続けた。
「それは先ほどの石の対価だ。あの石ではおまえの愛し子に贈ったものより価値が大きすぎるゆえ、等価分を与えよう」
精霊王の顔にチラッと視線を向けたジルネフィは、舌先を出してそこに乗っていた石を指で摘んだ。それは先ほどの宝石とはまったく違う漆黒色をしており、爪の先ほどの小さな欠片だった。
「これはまた濃厚ですね」
「当然であろう? それは精霊王のみが持つ結晶だ。滅多なことでは魔族にもくれてやらぬものだぞ?」
「ありがとうございます」
小さな漆黒の欠片を懐にしまったところでスティアニーが戻って来た。手にした籠にはたっぷりの華蜜を含んだ花が入っている。
「メルディアナ様、ありがとうございました。こんなにたくさんいただきました」
「花の精霊たちはお前のことを好いておる。遠慮せず持ち帰るがよい」
「はい」
ふわりと笑う顔に「じゃあ、そろそろ帰ろうか」とジルネフィが声をかけた。
「はい、お師さま」
「ではメルディアナ、また来ます」
「ジルネフィ、優しく丁寧にの次はわかっておろうな? そのためにもそれは役に立つであろう?」
半透明の美しい顔がにたりと笑う。
「やはりあなたは、もう少し俗界から離れたほうがよいと思いますよ」
呆れた視線を送れば、悪い笑みを浮かべたままの精霊王がふわりと消えた。後には濃密な花の香りだけが残っている。
そんな二人のやり取りを見ていたスティアニーが「何かあったんですか?」と心配そうな眼差しで師を見上げた。
「うん?」
「あの、いつもと様子が違って見えたので」
「何でもないよ。少し昔の話をして、そのときのことを思い出していたんだ」
「……そうですか」
なぜか菫色の瞳が少しだけ曇る。「どうかした?」とジルネフィが尋ねると、少し視線をさまよわせてからスティアニーが口を開いた。
「その……メルディアナ様とお師さまは古い知り合いなんですよね」
「そうだね。わたしがいまのスティより小さい頃から知っている仲かな」
「そう、なんですね」
一度閉じた瞼が開き、おずおずといった様子でジルネフィを見上げる。
「僕はどうしてか……メルディアナ様が羨ましくて仕方ありません」
何度か瞬いたプレイオブカラーの瞳が、次の瞬間くるりと黄金色に変化した。そのままクルクルと色を変えながら愛らしい弟子の顔をじっと見つめる。
「大丈夫。いまのわたしのすべてはスティのものだよ。もちろん、これから先のわたしもずっときみのものだ」
「……ジルさま」
頬をうっすらと赤くする様子に、ジルネフィの体の奥で魔力が蠢いた。このまま愛らしい花嫁のすべてを我が物にするのだと本能が唸るように訴える。
(それは、まだ)
もう少し魔力を行き渡らせてからのほうがいい。そうしなければ失敗してしまう可能性がある。それに、こうしてよい物も手に入ったのだから焦る必要はない。
(十分気をつけないと、スティのほうこそ“異形”になってしまうかもしれない)
それはジルネフィの望むことではなかった。目の前ではにかむスティアニーのまま永遠に所有したいのであって、この姿ならなんでもよいというわけではない。
(スティのすべてが手に入るのも、もう間もなくかな)
華奢な体を抱き寄せたジルネフィは、早くと急かす気持ちを押し込めながら愛らしい唇にそっと口づけた。
スティアニーは薄紫の花が所狭しと咲く花園の真ん中で、小さな花の精霊たちと一緒に華蜜採取に勤しんでいる。それを少し離れたところで見守っていたジルネフィの隣に半透明の美しい精霊王が姿を現した。
「久しいな、ジルネフィ」
「ご無沙汰していました、メルディアナ」
メルディアナの視線がスティアニーに向けられる。笑顔で花の精霊たちと戯れる姿に、透き通った瞳がうっとりと笑んだ。
「お前の愛し子は、ますます芳しい香りを漂わせているな」
それに微笑み返したジルネフィが、懐から目的のものを取り出す。
「メルディアナ、どうぞ。スティへの贈り物のお礼です」
「ほう。なかなかの年代物だな」
「五百年ほどだそうですよ」
「なるほど、程よく熟成されているといったところか」
真紅に輝く大ぶりの宝石がジルネフィの手からメルディアナの手に渡る。燃えるように光るその宝石を透明な指が摘み、日差しにかざすように掲げた。反射する光が半透明の手や体を通り抜け、足元の白い花をほんのりと赤色に染める。
「ふむ、なかなか良き経路を辿ったようだな」
「とある帝国末期の王侯貴族の間を行き来していたようですからね。手にした多くの貴族が没落の目に遭い、皇帝の身内もこの石を得るために多くの血を流したと聞きますから熟成度合いは問題ないでしょう」
「それは上々」
妖しく微笑んだメルディアナは美しい形の口を開き、透明に近い舌をヌッと突き出した。そこに真紅の宝石を載せ、口に含んだかと思えばコクリと音を立てて飲み込む。
一連の様子を見ていたジルネフィは、やや呆れたような表情を浮かべながら口を開いた。
「あなたの悪食は変わりませんね」
「いまさら何を言う。精霊王は人間の精と魂をなにより好む。だからこそこの石を持ってきたのであろう? ……ふむ、紅蓮の石にふさわしく奪い合った人間らの愛情や憎悪、嫉妬や怨恨がたっぷりと含まれているな。だからこそ深く香しい味わいが楽しめるとも言える」
半透明の唇を、それよりさらに透明度の高い舌がぺろりと舐める。
「それに我はおまえのように喰い散らかすわけでもない」
「昔のことをまだ言いますか。あれはただの若気の至りですよ」
「ほう。それでまた鳥が堕とされたというのか」
メルディアナがにたりと笑みを浮かべた。「カラヴィリヤのことを聞いたのか」と気づいたものの、ジルネフィは素知らぬ顔をする。
(噂好きの風精霊が吹聴して回っているのだろうな)
風精霊の性質は物事を遠くに運ぶことだ。そして風は物質だけでなく言葉も運ぶ。今回のことも、おもしろがってあちこちに運んでいるのだろう。
カラヴィリヤが消息を絶ったという噂は夏の終わり頃に耳にした。それ以前にも何人もの妖鳥族がジルネフィの元を訪れようとしたが、すべて張り巡らされた結界によって弾き飛ばされ姿を消している。
中には人間の世界に飛ばされてしまい、そのまま人間の魔術師に捕らえられた者もいると聞いた。ほかにも魔族に性奴隷として囚われている者もいるという。
(あれらがどうなろうとも、どうでもいいことだ)
何を聞いたところでジルネフィが妖鳥たちを気にすることはない。妖鳥たちがジルネフィの元にいたのは遙か以前のことで、そのときも所有しているわけではなかった。
「そもそも、わたしはどの妖鳥にも所有物だと伝えたことはありませんよ。周囲にそう宣言したこともなければ印をつけたことすらありません」
「おまえが執着せぬことは誰もがよく知っている。だからこそ誰も彼もが所有されたがるのだ。同じように誰も彼もがおまえを求めてやまない」
「そういった煩わしさが嫌になって境界の地に引きこもったのですがね」
ため息をつくジルネフィに精霊王が顔をずいっと近づける。
「それでも多くの者たちがおまえを求めるのは仕方がなかろう?」
半透明の手が美しき魔術師の頬をゆっくりと撫でた。
「何せ、おまえはあれの血と力を受け継いでいる。いまやあれは魔族の世界の王となった。たかが古き血を引く吸血鬼だった男がだ」
「父上がそうなったのはあの人の勝手です。わたしには関係ありませんよ」
「それだけではない。おまえはあの“狂気の魔女”の子でもある」
精霊王の手が存在を確かめるように目や鼻に触れる。
「我とてこうして手放せぬほど。それがおまえという存在だ」
精霊王の言葉にプレイオブカラーがくるりと色を変えた。それもほんの一瞬で、すぐに興味を失ったかのように精霊王からスティアニーへと視線が移る。
「やれ、愛し子を手に入れて、ますます芳しい香りを漂わせるようになったものだ」
頬を撫でていた指がジルネフィの唇に触れた。
「嫌悪するほど芳醇で、惹き寄せられるほど美しく歪んだ濃密な香り……異形の名にふさわしい、唯一無二の我の愛する香りよ」
初めて“異形の魔術師”と呼ばれたのがいつだったかジルネフィは覚えていない。しかし母親を知る者はその名に頷き、父親を知る者からは嫌悪の眼差しを向けられた。だから生まれ落ちた“人間の世界”ではなく“魔族と魔獣が住む世界”へと渡ることにした。
ジルネフィの母親は、生まれたときは人間だったと聞いている。幼くして魔術師の弟子になり、成人する頃には魔族と交流を持つ稀有な魔女となっていた。その結果、同じ人間からは畏れられ、人間を嫌う魔族からは蔑まされることになった。
そんな魔女は一つの実験を試みた。それは肉体を捨てて魔族と交わること。そして魔族の子を孕み産み落とすこと。それに応えたのが人間に興味も関心も抱いていない吸血鬼の男だった。
(産み落とされた後もこうして生きているということは、彼女の実験は成功したということになるのだろう)
人間の魂を持ちながら人間でなくなった魔女と、強き魔族から創られた存在。本来なら生まれることすらない禁忌の交わりの果てに誕生した存在。それは生まれながらにしてどちら世界にも属さず、どちらの世界にも存在できる“異形”となった。
「やはりあなたは悪食だと思いますよ」
「悪食か。おまえを味わえるのならそれもよかろう」
くつくつと笑う精霊王の唇がジルネフィのそれに重なり、透明に近い舌がぬるりと口内に入り込んだ。そのまま味わうように口内を蹂躙し、粘膜と触れるたびに極上の花の香りがジルネフィの全身を覆っていく。
それでもジルネフィは微動だにしなかった。プレイオブカラーの瞳は半透明の向こう側にある愛らしい花嫁をじっと見つめている。
「ふむ。やはりおまえはおもしろいな」
唇を離した精霊王が満足げな声でそう告げた。
「我が香りに包まれてもなお、その芳しい香りが途絶えることはない。我が知る中でもっとも興味深い存在だ」
精霊王の言葉にジルネフィが反応することはない。精霊王もわかっているのか、とくに機嫌を損ねることはなく言葉を続けた。
「それは先ほどの石の対価だ。あの石ではおまえの愛し子に贈ったものより価値が大きすぎるゆえ、等価分を与えよう」
精霊王の顔にチラッと視線を向けたジルネフィは、舌先を出してそこに乗っていた石を指で摘んだ。それは先ほどの宝石とはまったく違う漆黒色をしており、爪の先ほどの小さな欠片だった。
「これはまた濃厚ですね」
「当然であろう? それは精霊王のみが持つ結晶だ。滅多なことでは魔族にもくれてやらぬものだぞ?」
「ありがとうございます」
小さな漆黒の欠片を懐にしまったところでスティアニーが戻って来た。手にした籠にはたっぷりの華蜜を含んだ花が入っている。
「メルディアナ様、ありがとうございました。こんなにたくさんいただきました」
「花の精霊たちはお前のことを好いておる。遠慮せず持ち帰るがよい」
「はい」
ふわりと笑う顔に「じゃあ、そろそろ帰ろうか」とジルネフィが声をかけた。
「はい、お師さま」
「ではメルディアナ、また来ます」
「ジルネフィ、優しく丁寧にの次はわかっておろうな? そのためにもそれは役に立つであろう?」
半透明の美しい顔がにたりと笑う。
「やはりあなたは、もう少し俗界から離れたほうがよいと思いますよ」
呆れた視線を送れば、悪い笑みを浮かべたままの精霊王がふわりと消えた。後には濃密な花の香りだけが残っている。
そんな二人のやり取りを見ていたスティアニーが「何かあったんですか?」と心配そうな眼差しで師を見上げた。
「うん?」
「あの、いつもと様子が違って見えたので」
「何でもないよ。少し昔の話をして、そのときのことを思い出していたんだ」
「……そうですか」
なぜか菫色の瞳が少しだけ曇る。「どうかした?」とジルネフィが尋ねると、少し視線をさまよわせてからスティアニーが口を開いた。
「その……メルディアナ様とお師さまは古い知り合いなんですよね」
「そうだね。わたしがいまのスティより小さい頃から知っている仲かな」
「そう、なんですね」
一度閉じた瞼が開き、おずおずといった様子でジルネフィを見上げる。
「僕はどうしてか……メルディアナ様が羨ましくて仕方ありません」
何度か瞬いたプレイオブカラーの瞳が、次の瞬間くるりと黄金色に変化した。そのままクルクルと色を変えながら愛らしい弟子の顔をじっと見つめる。
「大丈夫。いまのわたしのすべてはスティのものだよ。もちろん、これから先のわたしもずっときみのものだ」
「……ジルさま」
頬をうっすらと赤くする様子に、ジルネフィの体の奥で魔力が蠢いた。このまま愛らしい花嫁のすべてを我が物にするのだと本能が唸るように訴える。
(それは、まだ)
もう少し魔力を行き渡らせてからのほうがいい。そうしなければ失敗してしまう可能性がある。それに、こうしてよい物も手に入ったのだから焦る必要はない。
(十分気をつけないと、スティのほうこそ“異形”になってしまうかもしれない)
それはジルネフィの望むことではなかった。目の前ではにかむスティアニーのまま永遠に所有したいのであって、この姿ならなんでもよいというわけではない。
(スティのすべてが手に入るのも、もう間もなくかな)
華奢な体を抱き寄せたジルネフィは、早くと急かす気持ちを押し込めながら愛らしい唇にそっと口づけた。
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