美しき神官は戦神の宝珠となる

朏猫(ミカヅキネコ)

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4 女神の愛し子2

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 ディエイガー将軍の屋敷に来てから数日が経った。部屋から出ることはできないものの、尋問されることも監視されることもない平穏な日々が続いている。同じように閉じ込められてるヨシュアも最初から覚悟していたのか淡々と過ごしていた。

(内心どう思っているのかはわからないままだが)

 ヨシュアが居間に姿を見せるのは食事のときくらいで、それ以外のほとんどを寝室で過ごしていた。ここには二人しかいないのだからと話しかけてみるものの、相変わらず返ってくるのは「お気遣いいただきませんように」という言葉だけで会話にならない。

(陛下と王太子の件は聞いていなかったようだが)

 二人が幽閉されたことを知っているのかと尋ねたが、アトレテスに捕まってから聞かされたと話していた。副官であるヨシュアに届く前に誰かが報告を妨害したということだろうか。

(もしくはヨシュアが嘘をついているのか……)

 いや、そんなことをする理由がない。それでも気になって壁際に立つヨシュアに視線を向けるがヨシュアがこちらを見ることはなかった。

(それにしても食事すら一緒に取らないとはな)

 捕虜同士、身分の上下などないのになぜか一緒に食事をしようとしない。侍女たちが二人分の料理をテーブルに並べているのを少し離れたところから眺めているだけだ。

「主より伝言にございます」

 そう口にしたのは最初に部屋まで案内した執事だ。それなりの年齢なのか目尻に深い皺が見える。執事に頷き返すと、料理を並べ終わった侍女たちが頭を下げてワゴンを押しながら部屋を出て行った。

「本日も健やかに過ごされますようにとのことでございます」

 こうして将軍からの伝言を聞くのが一日の始まりになっていた。「ありがとう」と答えるとスッと頭を下げた執事が部屋を出て行く。
 将軍からの言葉は毎日変わらない。おそらく元王族の自分に対する礼儀と思って執事に伝えさせているのだろう。わかっていても多少なりと自分を気にかけてくれているように思えて嬉しかった。つい頬が緩みそうになるのを慌てて引き締めてからヨシュアを見る。
「一緒に食べないか?」

 せっかくの温かい食事なのだから冷めないうちに食べたほうがいい。そう思って声をかけたものの「お気遣いいただきませんように」という返事にため息が漏れた。「なかなか手強いな」と思いながら料理を見る。
 食事は日に三度で、贅沢なものではないが新鮮な食材が使われていた。味付けも薄めで神殿で食べていた味によく似ている。「もしかしてこれも将軍の配慮だろうか」と勝手な期待を抱きつつ食べ進めた。
 食事を終えて長椅子に移動すると、入れ替わるようにヨシュアが席に着いた。女神への祈りを捧げたかと思えば味わっているのかわからない速さで食事を終える。そうして扉に近づくと廊下に控えている侍女たちに「終わりました」と声をかけた。そのまま扉近くに立ち、侍女たちがテーブルを片付けるのを見守る。

(あとどのくらいこの光景を見ることになるんだろうな)

 侍女たちが出て行くとヨシュアも部屋へと戻った。それを見届けてから書棚にある本を一冊手に取る。
「この部屋の本でしたらご自由にお読みください」とは将軍からの言伝で、ありがたく毎日一冊ずつ読んでいた。内容はアトレテス王国で親しまれているらしい物語ばかりだが、もともと読書が好きだったからか飽きることはない。
 十ページほど読み進めたところで、ふとページをめくる右手に視線が留まった。神殿では毎日のように剣の鍛錬をしていたが、ここに来てからは一度も剣を握っていない。当然だとわかっているものの剣ダコで硬くなった手のひらを見るたびにため息が漏れた。

(これほど長く剣を持たないのは久しぶりだな)

 十代の頃、訓練所であやまって背中に傷を負ったとき以来だろうか。

(そういえば、あのときが母上の姿を見た最後だった)

 背中を庇いながら神殿で祈りを捧げていたとき、偶然母を見かけた。母がいる神殿だとわかってはいたものの姿を見たのは入ってすぐの一度きりだったからか、懐かしさより重苦しい気持ちになったのを覚えている。
 母は大地の女神エレツィーアに仕える高位神官で、民からは“大地の娘”と呼ばれ慕われていた。幼い頃から女神のようだと讃えられる美貌は年を経ても衰えることはなく、そんな母によく似ていると言われることに最初は戸惑いしかなかった。

(わたしは戸惑う程度だったが、母上には苦痛だったのかもしれない)

 そう考えるようになったのは両親の関係を知ってからだ。
 メレキア全土の神官の頂点に立つ国王だが、その力は形骸化しているといってもいい状態まで落ちている。いまや高位神官のほうが国王より発言権を持ち、王都の神殿は王宮より民たちの心を集めていた。

(それが陛下には許せなかったのだろう)

 国王は権力の象徴となるような子どもを得ることを考えた。そこで目を付けたのが大地の娘と呼ばれ絶大な人気を誇っていた母だった。本当かどうかわからないが、大地の娘に触れられるとどんな病も治ると言われ、貴族たちの中には母がいたあの神殿へ熱心に寄進する者も多くいた。
 国王は様々な理由をつけて母との婚姻を無理やり結んだ。神殿から王宮に移された母が何を思って過ごしていたかはわからない。そんなときに生まれたのが自分だった。
 赤ん坊の髪が黒いことを知った母は、役目は果たしたと言うように神殿に戻ってしまった。しかも赤ん坊を腕に抱くことは一度もなかったと聞いている。
 そんな縁の薄い関係でもアトレテスに占領されていると考えると気になった。神官軍とは関わりのない高位神官である母は、よほどのことがない限り神殿に閉じ込められるだけで済むだろう。それでも王都の現状がわからないせいか気になってしまう。

(母上は情けないわたしのことを嘆いているだろうか。それとも怒っておいでだろうか)

 女神の愛し子と、女神の左手へーニアと尊ばれていた自分は神官軍どころか祖国を守ることさえできなかった。そのことを母はどう思っているだろうか。

(誇り高き女神の左手へーニアであれ、か)

 神殿で何度も聞かされてきた言葉が耳の奥に蘇る。その言葉を聞くたびに幼い頃の寂しさが蘇り、同時に王妃と王太子の冷たい眼差しを思い出した。

(わたしの髪が黒くなければ二人に憎まれることはなかったのだろうか)

 黒髪でなければ女神の愛し子と呼ばれることもなく、ただの王子として生きられたかもしれない。異母兄に自分の立場を危うくする存在だと目くじらを立てられることもなく、王妃に息子を追いやるかもしれない存在だと憎まれることもなかっただろう。王妃が高位神官である兄に頼んでまで自分を神殿に追いやることもなかったはずだ。

(わたしを神殿に送ることを陛下はどう思っていたのだろう)

 道具としての箔が付くと考えたのだろうか。そういえば三十歳の誕生日に高位神官になる話が出ていた。もしそうなっていたら自分は国王の新たな王冠として傍らに侍ることを強いられていたかもしれない。

(どこまでも流されるままの人生、か)

 見つめていた右手をグッと握り締めた。ディエイガー将軍のような武人になれれば、そうした人生から逃れられるのではと思っていた。いや、逃れるために武人になりたいと思った。将軍に神を見て、武人になることで自分は変われると本気で思っていた。

「ははっ、どうしてか最近は昔のことをよく思い出すな」

 思わず笑ってしまった。これも時間があり余っているからだろうか。それとも死が近づくとこうして自分を振り返りたくなるものだろうか。
「ふぅ」と小さく息を吐いて本に視線を戻した。いつもならすぐに没頭できるのに、なかなか文章が頭に入ってこない。本を閉じて窓を見た。空は薄灰色がかった青でメレキアの晴れ渡った青色とはまったく違う。抜けるような澄んだ空が懐かしいと思ってしまう自分に苦いものを感じた。

(道具として使うのなら早くそうしてほしい)

 そして早くすべてを終わらせてしまいたい。最後くらい自分の思うとおりに生きようと思っていたが、慣れないせいか流されるより難しい生き方のように思える。そんなふうに感じる自分が嫌で、またため息が漏れた。
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