美しき神官は戦神の宝珠となる

朏猫(ミカヅキネコ)

文字の大きさ
37 / 39

番外編 殿下の嫉妬1

 エメウスがメレキアに発つ日が決まった。直接メレキア王宮に入り、その後、王都の神殿で盛大に戴冠式を行うのだという。エメウスの護衛という名目で、小規模ながらアトレテス軍が付き従うことも決まった。隊を率いるのは将軍二人だが、今回ディエイガー将軍がこの任務を任されることはなかった。

「グレモンティ将軍にはイシューの護衛というもっとも大事な役目があるからね」

 そう言いながらエメウスがお茶の入ったカップを傾ける。

「……これはまたいい香りだね。旅の途中でハーブティーを飲むことはあったけれど、これほどの香りのものは滅多になかった」
「お口に合ったようで安堵しました」
「まさか将軍が淹れたのかい?」
「お茶を用意するのはわたしの役目ですので」

 少し驚くように「へぇ」と言いながらエメウスがこちらを見た。何を思っているのかわかり、頬が熱くなる。

「いやはや、イシューは思っている以上に大切にしてもらっているようだね」
「当然です」
「これならメレキアまでの道中もきっとよい思い出になるだろう。ね、イシュー?」
「そう、ですね」

 エメウスが“道中”と口にしたのは戴冠式に合わせて自分もメレキアに向かうことが決まったからだ。戴冠式はおよそ半年後ということで、それに合わせて式のひと月前にはアトレテスを出立することになっている。

(将軍と一緒にメレキアへ行くのか)

 そう思うと急に感慨深くなった。将軍は伴侶としてではなく護衛という立場だが、それでも祖国に共に行くのだ。浮かれてはいけないとわかっていても心が弾むような気持ちになる。

「王城を出るのは十日後だ。イシューとこうして会えるのも今回が最後かな」
「寂しくなります」
「わたしもだよ」
「それにしても、まさか屋敷で会えるとは思いませんでした」
「最後になるからと我が儘を言ったんだ」

 エメウスが王城を出ることは許されていない。だが、今回は行き先がディエイガー将軍の屋敷ということで特別に許可が下りたのだそうだ。

「それにしても公爵家とは思えない殺風景さだな」

 王城の貴賓室で生活していたエメウスから見ればそう感じるだろう。それでも口に出すべきではない。「エメウス兄上」と咎めるように名を呼ぶがエメウスはにこりと微笑んでいた。

「だが、とても心地いい」

 そう言ってぐるりと部屋を見回した。表情から本心で言っていることがわかる。

「イシューもそう感じているんじゃないかい?」
「はい。家具も使い込まれたよいものばかりで、触れるだけでホッとします」
「きみは昔から華美なものが苦手だったからね。王宮にあったきみの部屋も王妃の意向で随分殺風景だった。その影響も多少なりとあるんだろうけれど」
「かえってよかったと思っています。見た目より使い心地に目が向くようになりましたから」
「たしかにそのほうが人生豊かになりそうだ。それにどんな場所でもイシューの美しさが損なわれることはないからね」

 そう言ってニコニコと笑っている。何かとんでもないことを言い出しそうな雰囲気に「兄上」と止めようとするが、それを遮るように「やっぱり!」とエルドが声を上げた。

「イシェイド殿下は子どものときから美人だったんでしょうねぇ」
「そりゃあもう! 生まれたときから女神の化身だと評判だったよ」
「なるほど、美人は生まれたときから美人ってわけですか」

 エルドが「うんうん」と大仰に頷いてる。エメウスの護衛として付いてきたエルドだが、気がつけばいつものようにソファに座りエメウスともすっかり打ち解けていた。言葉遣いもいつもどおりに戻っている。

(相性が良さそうだとは思っていたが、想像以上だな)

 まるで既知のような雰囲気だ。悪いことだとは思わないが、二人を見ているとどうもよからぬ話になりそうな様子に不安が拭えない。

「乳母も護衛もみんなイチコロでね。当時の王宮でイシューの可愛さに落ちなかったのは王妃くらいじゃないかな。陛下も随分と顔が緩んでいたからねぇ」
「えっ?」

 まさかの言葉に驚いた。目を見開く自分を見るエメウスの顔は微笑んでいる。

「それでイシューに極力会わないようになったんじゃないかとわたしは思っている。王妃に遠慮してなのか、それともイシューを利用しようとしていることに罪悪感が芽生えたからかはわからないけれどね」

 父王との思い出はほとんどない。だが、もしエメウスが言うような理由で遠ざけられていたのだとしたら……出立前に見た父王の姿が脳裏をよぎった。

「あまりの可愛さに心の醜さを実感させられるなんて、まるで寝物語で語られる“真実の鏡”みたいじゃないですか」
「イシューの美しさはそれに匹敵すると思っている」
「マジか~。予想はしていましたけど想像以上ですね」
「微笑みかけられただけでなんでもしてあげたくなるくらい、罪深い可愛さだったよ」
「そんな状態なら、神官になってからも大変だったんじゃないですか?」

 エルドの質問にエメウスが表情を暗くした。

「まったくもってそのとおりだよ。知ってのとおり大地の女神エレツィーアは愛を説く女神だ。その中には同性への深い愛も含まれる。性愛もだ。そうした教えを説く神官たちの中に放り込まれてどうなることかと、どれほど心配したことか」

 大袈裟なほど深いため息をつくエメウスに、「当然だ」と言わんばかりにエルドが大きく頷いている。

(何を言っているんだ)

 エメウスは何事も大袈裟に捉えすぎだ。昔はそうでもなかったはずだが、旅をしている間に変わったのだろうか。ついため息を漏らすと、それに気づいたエルドがちろっとこちらを見てからエメウスに視線を戻した。

「もしかしなくても、イシェイド殿下はご自分への認識が甘くていらっしゃいませんか?」
「きみもそう思うかい?」
「やっぱり。とくにご自分の容姿に頓着がないように見えます」
「そうなんだよ。自分の容姿がどれほど優れているか、周囲からどう見られているか気にしようとしない。おかげで何度危ない目に遭いかけたことか」
「危ない目?」

 今度は将軍がエメウスの言葉に反応した。何を想像したのか表情を険しくする将軍に、エメウスが「大丈夫、すべて問題なく処理している」と神妙な声で答える。

「待ってください。処理しているとはどういうことですか?」
「うん? あぁいや、イシューは気にしなくていいよ。それにもう終わったことだ」

 微笑んでいるが、それ以上何も口にしようとしなかった。これ以上話すことはないと言いたいのだろう。

(……もしかして)

 以前も神殿での自分の様子を知っているようなことを口にしていた。だが、エメウスは自分が神殿に入った直後に国を出ている。知る術はなかったはずだ。

(人を使って様子を窺っていたのか)

 エメウスを慕う貴族は多かったと聞く。神官の中にもそういう人物がいたのだろう。そうした人たちに密かに見守らせていたのではないだろうか。

(まったく、兄上は本当に心配性でいらっしゃる)

 呆れつつも胸が熱くなった。そうした人たちのおかげで自分はこうして無事でいられたのだと気づいたからだ。今まで深く考えることがなかったが、そうでなければ王妃の兄がいる神殿で平穏無事に過ごせるわけがない。

「エメウス兄上、わたしはもう大丈夫です」
「ははは、わかっているよ。なんといっても大陸一の武人である将軍に守られているのだからね」
「はい」
「そういう意味ではこれ以上ないくらい安心できる状況だ」

 エメウスの表情は穏やかだ。ところがその目が急にキリッと鋭くなった。

「だがね、きみは将軍と伴侶になってからとんでもない色香を纏うようになった。これからは神秘的な神官としてではなく、清楚で美しい魔女のように周囲を惑わすことだろう」

 今度は何を言い出すのだろうか。否定しようと口を開くが、声を出す前にまたもやエルドが先に「わかります」と大きく頷いた。

「それに殿下は美しく鍛えられた肉体をもお持ちです」
「そう、それも頭が痛いところなんだ。これではご令嬢はもちろんのこと、男たちも黙ってはいないだろう」
「すでにその兆候は現れていますね」
「やっぱりか」
「武人どころか貴族連中まで噂し始めています。殿下が登城する日なんて用事もないのに王城に貴族が集まるっていうんで、ちょっとした騒ぎになっていたくらいです」
「あぁ、思ったとおりだ! そうなるんじゃないかと思って城には呼ばないほうがいいとは思ったんだ。だが、そうしなければイシューには会えない。しかしそのせいで衆人環視にさらされたのかと思うと……」

 エメウスが泣き崩れるように両手で顔を覆った。そこにエルドが「さぞやご心配だったことでしょう」とわざとらしく声をかける。

「二人とも、いい加減にしてください」

 やや強い口調でそう告げると、エメウスがパッと顔を上げた。誤魔化すように「ははは」と笑ってから「冗談はさておきだ」と話し始める。

「いや、まったく冗談というわけじゃあないんだけれどね。いいかい、イシュー。これからは身の回りには十分注意することだ。この屋敷の中なら大丈夫だろうが、王城に行く際も、もちろんそれ以外でも注意を怠ってはいけないよ」

 顔は微笑んでいるが目は笑っていない。まさか何か起きているのだろうか。ピリッと緊張のようなものが背中を駆け抜けた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

王様お許しください

nano ひにゃ
BL
魔王様に気に入られる弱小魔物。 気ままに暮らしていた所に突然魔王が城と共に現れ抱かれるようになる。 性描写は予告なく入ります、冒頭からですのでご注意ください。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。