転生デビュー 〜おバカ王子とツンデレ悪役令嬢のジレキュンな日常〜

春風悠里

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1.異世界転生

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「…………っ」

 とめどなく涙が溢れる。

 今は夜中。家族はもう寝静まっている。泣き声を漏らさないように、そっとバスタオルで顔を拭いた。バスタオルはびしょ濡れである。

 パソコンの画面には、三人の親子が映っている。ギャルゲーの主人公であるリュークとメインヒロインのルリアン。そして二人の子供だ。

「幸せにな……」

 つい声が漏れた。まぁ、これくらいじゃ隣の部屋の兄貴も起きないだろう。

 エンディング曲『あなたに会える日まで』を聴きながら、俺はスマホを手に取った。このギャルゲーを勧めてくれた友人にメッセージを送るためだ。

『攻略した。最高だよ。泣きゲー界の神だ。マジで泣いた。感動だ。曲も神がかってるな。これから曲を聞くだけで泣きそうになる自信がある。ただ、全員攻略しないとこのアナザーストーリーが解放されないのだけは辛いな。お前が勧めるから頑張ったけど――』

 長すぎるか。
 長すぎるな。
 冷静になり、「全員攻略しないと」の下りからは消して送信した。気の合う友人には、つい長文で送ってしまう。我ながらウザくて引かれそうだという自覚はあるので控えめにはしているつもりだ。

 俺は陰キャだ。常にクラスで気の合うのは一人か二人。感染症が流行る時期は誰とも話せない日がある。だから、どうか友人が今日も健康でありますようにといつも祈っている。

 ただ、挨拶くらいは普通にする。社会不適合者ではない。学校外で誰かと遊ぶことがないだけだ。「うぇーい」とはしゃぐ陽キャなクラスメイトたちを、羨ましさを隠して薄ら笑いで見ている側だ。

「でも、俺にはゲームがある。語り合える友人もいる」

 スマホに通知がきた。友人もどうやら起きていたらしい。

『お、終わったか。最高だろ。でもお前は、ラビッツアフターが欲しいんだよな。分かる分かる』

 メッセージを読むなり頷いて、『それな』のスタンプを押す。俺がもっとも好きなのはルリアンではなくラビッツ・ロマンシカだ。

 今見終わったアナザーストーリーは、リュークとルリアンが両想いになってからの話。このメーカーでは、メインではない他のヒロインとのイチャイチャなその後の話を「〇〇アフター」という商品名で発売することがある。

 ただ、ラビッツの人気は低いんだよな……。発売される可能性はおそらくゼロだろう。

 最後にラビッツを見てから寝ようと、回想画面からオープニング曲を再生した。

 冬の学園がモノクロから少しずつ色づく。
 雪がひとひら。
 またひとひら。
 光の球が空へと昇っていく。
 透明感のある歌声に命が吹き込まれるように、タイトルが表示される。

『星が空へと昇る世界で ~Last Memory~』

 レッドブラウンの髪と紫の瞳のラビッツ・ロマンシカが名前と共に現れ、台詞が表示される――。

『あの日の約束、覚えてる?』

 ラビたーん!!!

 その神台詞に、もう一度涙がこぼれた。まさかその台詞が、あのアナザーストーリーに繋がっているとはな!

 リュークとルリアン、そしてリュークの大親友であるニコラとラビッツがいてこそのアナザーストーリーのあのラストだ。

 うぉぉぉぉぉ!!!

 ラビッツへの愛を深くしながらヘッドホンを置き、パソコンの電源を落とす。濡れたバスタオルとスマホを持って布団へと潜り込み、設定資料集を電子マネーでポチッと購入した。

 ――主人公の親友であるニコラ・スタッドボルトに転生するのは、この日から一週間後のことである。

 ◆

 ついにこの日が来たか。
 王立魔法学園の入学式だ。

 日本のゲームだからか、桜が咲き乱れている。俺の頭にはジャパリス国から輸入された花だという、前世とはまったく違う知識が埋め込まれている。

 前世では、トラックに轢かれそうな子供を助けてあの世行き――というベタな最期を迎え、気がついたらこの世界にいた。俺を育ててくれた両親にも、クラスでたった一人の友人にも申し訳ない。せめて、助けたあの子が無事でいてくれたらと願う。

 この半年間、大変だった。

 ニコラの身分は王子。
 記憶を引き継いでいるとはいえ、混乱していた俺を皆が支えてくれた。人前で話す訓練などのスパルタ再教育により、やっとニコラらしさが板についてきた。

 公では王子らしく振る舞うものの、プライベートではお調子者のおバカキャラ。「泥船に乗った気で俺様に任せとけ!」が口癖の憎めない奴。それがニコラだ。

 ――そして今日、あのゲームの舞台が始まる!

 陰キャな俺とはオサラバだ。誰も前世の俺を知らないこの世界で、リア充としての日々が幕を開ける。
 
 今日が俺の転生デビュー初日だ!

 期待に胸を膨らませ――といきたいところだが、足がガクブルだ。王子としての訓練とは違う緊張感がある。なにせここには、最推しのラビッツがいるのだから。

「おいおいニコラ、顔が真っ青じゃねーか。大丈夫かよ」
「大丈夫だ。俺は王子、問題ない。俺は王子俺は王子俺は王子……」
「全然大丈夫じゃねーだろっ」

 ポンッと俺の頭を小突いたのは、幼馴染で親友の騎士、リューク・ダイバーン。青い髪と瞳でクールに見せている。飄々としてるくせに仲間思いの、かっこいい奴だ。俺の悪ノリにも付き合ってくれる。

 辺境伯家から預かる形で、王宮で仲よく過ごしていた。ここ何年かはリュークだけ騎士学校に入っていたのでしばらく会ってはいなかったものの、俺専属の護衛になるべき才能ある人材として育てられ、悪い扱いはされていない。本人は三男だから気楽でいいと呑気にしている。

 そして――来るぞ。
 俺の最推しが、もうすぐ!!!

 会える日を待ち望んでいた、ラビッツ・ロマンシカ。平民出のルリアン・ウィービングと対をなす悪役令嬢。俺の婚約者なのにリュークの攻略対象であるせいで、一番不人気だった。

 リュークに惹かれちゃダメ、ニコラの婚約者なんだからと切ない乙女心や葛藤や苦悩を抱えながらもツンツンしているところが激萌えなのだ。

 今の俺の立場からすると複雑だが……。

 そろそろだ!
 そろそろ来るはずだ!

 この世界では、ジャパリス国から輸入された悪役令嬢小説がなぜか流行っている。ゲーム制作者の遊び心だろう。ゲームの序盤でラビッツはルリアンにみみっちい嫌がらせをするので、小説になぞらえて「悪役令嬢」とみんなに言われてしまう。オープニングでは名前の上に『ツンデレ悪役令嬢』という異名が書かれていた。

 まだ学園生活は始まっていないので、それを知っているのは俺だけだ。

 今の俺はゲームとは違う。ゲームのラビッツルートのように、二人のキューピッドになるつもりはない。

 どうにか転生デビューを果たし、ラビッツの心を俺に向けてみせる……!

「陰キャの俺には厳しいぜ……」
「昔の威勢はどうしたんだよ」
「俺様はナイーブなんだ」
「しばらく見ない間に、小さい男になっちまったなぁ」
「平均身長だよ!」

 正直、ラビッツの婚約者であることを除けば、モブがよかった気持ちもある。王子という身分はメンタル面でもハードルが高い。半年間の訓練で様にはなってきたものの、楽じゃない。

 しかし!
 誰も俺を知らない世界でやり直しができるのは大きい!

「相変わらずのバカ王子っぷりね、ニコラ。リューク様もお変わりなさそうで」

 来ったぁぁぁ!!
 悪役令嬢、ラビッツ・ロマンシカ!

 薔薇を形どったバレッタでサイドの髪を後ろで留めている。ゲームと同じく鮮やかなレッドブラウンの髪だ。ここでもバレッタから兎耳が生えているのはギャルゲー仕様だろう。

 俺たち三人は幼馴染。ずっと仲よしではあるものの、俺とラビッツが婚約中で、ラビッツはリュークに恋をしているというなんともいえない三角関係だ。

「久しぶりだな。俺とリュークで扱いが違わないか?」
「あなたにはこれでいいでしょう。わざわざ丁寧にする必要ある?」
「婚約者なのに?」
「だからでしょう。私だって、婚約者じゃなかったらもっと敬意を払っているわよ」
「ひっでーなー」

 前世でこんなに口の悪い貴族は創作ですらなかなかないだろうが……ここはギャルゲーの世界。制作者の趣味の世界だ。思う存分、ツンツンを味わえる。

「未だにプライベートでは言葉遣いが悪いのね」
「公私混同はよくねーよ」
「ふん。バカ王子!」

 よし、いつも通りの会話だ。しばらくラビッツとも会っていなかったからな。挙動不審にならず、記憶の通りに振る舞えてよかった。ラビッツもツンツンしてくれている。

 ……でもな。

 デレも見たい!
 生でデレも見たいんだよ!

「リューク様も、えっと。ごきげんよう。久しぶりね。元気だった?」

 頼むー。そんな恋する乙女みたいな顔を親友に向けないでくれー。しょっぱなから心が折れる……。

「水臭ぇよ、ラビッツ。元気そうだな。昔みたいにリュークって呼んでくれよ。調子が出ないぜ」
「そう呼んでいいならそうするわ。すごく逞しくなったわね。騎士学校も卒業したのよね」
「まぁな」

 なんだよ、この俺だけ除け者みたいないい雰囲気は! ていうか、ゲームでもこんな会話聞いたな!?

 いや、しかし前世に比べれば童顔ではあるものの俺はかなりのイケメンだ。金髪碧眼で顔はいい。おバカキャラだったし、ゲームのオープニングでも『お調子者なおバカ王子』という異名が表示されていたが、顔はいいんだ! 自信を持て、俺!

「じゃ、先に行くわね」

 今は入学式のために門をくぐってホールへと歩いているところだ。桜の花びらが風に揺れる。柔らかい春の空気が俺たちを包む。

「待てよ、ラビッツ」

 俺は彼女を呼び止めた。
  
「なに?」
「せっかく学園で一緒に過ごせるんだしさ、たくさん話そうぜ」
「……あんたとは、いつか嫌でもたくさん話さなきゃならない日がくるじゃない」

 結婚したらってことか。ガックリくるな。彼女の心を俺に向けるなんて、できるのだろうか。陰キャだった俺なんかに。

「ねぇ」

 ふふっと彼女が俺たちに意味深に微笑んだ。風に舞い散る花びらの中に佇む彼女はどこか幻想的だ。

 ――俺は知っている、このシーンを。
 
 澄んだ歌声がどこからか聞こえるようだ。あのオープニング曲『はじまりのうた』は最高だった。せっかくのゲーム世界なんだから、音楽も流れてほしい。

 さっきまでのツンツンな態度が嘘のような柔らかい笑みを浮かべて、彼女が小さく俺たちに向けて呟く。俺はその言葉も知っている。

「あの日の約束、覚えてる?」

 きたー!
 オープニング曲のキャラ紹介でも使われていた神台詞きたー!

 ラビたん!
 ラビたん!
 ラビたん!
 ラビたん!

 ラビッツが踵を返して駆けていく。
 俺はたまらずに叫んだ。

「ラビッツ!」

 彼女が立ち止まる。

「俺、お前が好きだから! 絶対にお前を振り向かせるから!」

 俺は気づいたらゲームにはなかった行動をしていたわけで――もう一度振り向いた彼女は、なぜか無表情だった。

 俺をじっと見つめたあとに、また前を向いて走り去っていく。

「青春だな」

 ボソッと呟くリュークの言葉に、冷静になる。

「なぁ、リューク。その気のない婚約者に大声で好きだと言われた女ってどんな気持ちになると思う?」
「まぁ、迷惑だな」
「だよな……」

 ゲームと同じ台詞を聞いてテンションがマックスに達してしまった。俺はアホだ……婚約者とはいえ、せめてもう少しあいつが俺を好きになってくれないと、迷惑すぎる。

 自信はないけど。

「なぁ、リューク」

 もう一度、地味に落ち込みながら話しかける。

「なんだよ」
「ラビッツの気持ちを理解したいから、さっきの俺の台詞を同じように叫んでくれないか」
「俺の趣味を疑われるだろ!」

 そうだな、想像するだけで気持ち悪い。俺は主人公ではない。これからは気をつけよう。

 ん?
 あれは? リュークの背後からすごい勢いで向かってくるあれは?

「はわわぁ~、遅刻遅刻ぅ~!」

 気づいていないリュークは前方の花壇をよけるように大きく右へずれた。俺はブロックに飛び移る。

 リュークにだけ激突だ。

「ぐえっ」

 やはり来たか……メインヒロインのルリアンだ。

「はわわわ。だ、大丈夫ですかぁ~?」

 薄い金髪でふわっふわの肩までの髪に、ピンクのリボンをつけた青い瞳のヒロインだ。ゲーム通り、リュークは体当たりをされてずっこけている。

「いてぇ……」
「リューク、お前騎士のくせになんで攻撃を食らってんだよ」
「後ろから不意打ちを食らうとは思わねーだろ!」

 普段ならよけられたと思うが、そこはゲームの強制力か。まさにゲーム通りのヒロインとリュークの会話が始まる。

「ごめんなさい。あの、でも、私急ぐので! 行きますね!」
「おい、まだ入学式まで時間はあるぞ」
「私、挨拶をしないといけなくて。実はちょっとした打ち合わせがあるんです」
「は?」
「首席さんなんですよ、私。ルリアン・ウィービングと申します。ルリルリって呼んでもいいですよ」
「呼ばねーよ」
「あは、残念。では行きますね!」

 きたー! 同じく、オープニング曲でのキャラ紹介にもあった台詞!

『ルリルリって呼んでもいいですよ』

 きましたよ、コレ。
 ああ、俺――本当にあのゲームの中にいるんだな……!

「ニコラ、お前だけ避けやがったな。ルリアンだっけか、首席だってな。お前、あれに負けたんだな」

 リュークがもう小さくなったルリアンの背中を親指で指しながら、やれやれとため息をついた。
 
「うるせーよ!」

 王子だから首席狙いでめちゃくちゃ勉強させられた。ゲームでもルリアンに首席をとられていたから無理だろうと思ったけど、周囲が期待するから頑張った。

 そして、駄目だった。

 ゲームの強制力には抗えない。少し挫折した。これからも定期テストでルリアンは一位をとり続ける。厳しいことは分かっている。

 でも、いつか勝とうと思う。

 ゲームの俺と今の俺は違うんだから、可能性はあるはずだ。もし勝てたら、ラビッツも見直してくれるかもしれないしな。才能は前世よりあるわけだし。

 よぉし!
 転生デビューの始まりだ!

 他の攻略キャラの印象的な数々の台詞は、主人公と女の子が二人きりの時だったから俺は聞けないな……と思いながら、ホールへとまた足を踏み出した。
  
 
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