Wizard Wars -現代魔術譚-

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セクション1『魔術学園2046篇』

第48話『氷刃闇翼』

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 雪華の背中から展開される、単翼のように揺らめく黒い魔力。

 彼女が持つもう一つの属性性質、『闇属性』。制御難度が高い為これまで多用していなかったが、その威力は『氷』の魔力を凌駕する。



 闇属性魔力×形成術式

『ナイトメアブラスト』

 振り抜かれた大鎌の刃から撃ち出される、暗色の弾丸。咄嗟に蛇島は自身の得物で斬り払うが、霧散した魔力が黒い靄のように周囲の空間を覆っていく。



「ッ、クソが……!!」

 即座に彼女の狙いを察知するが、その時には既に仕掛けられていた更なる術式が発動していた。



 闇属性範囲術式

『ミッドナイトフィールド』

 魔力弾から形を変えて展開された術式領域は、蛇島を包囲し全方向から絶え間無い連撃を炸裂させる。次々と襲い掛かる闇属性の刺突を片手斧で撃ち落としていくが、業を煮やした蛇島は独楽のように回転し力任せに刃を振り抜いた。



「鬱陶しいんだよ……!!」

 無属性攻撃術式

刃廻乱セイバーツイスター

 薙ぎ払うような斬撃が、その魔術領域を吹き飛ばす。しかし雪華はそれより速く、魔力強化された脚力によって地を蹴っていた。



 闇属性攻撃術式

暗速黒斬ナイトメアドライブ

 突進と共に振り抜かれた大鎌の一撃が、蛇島の喉元へと迫り来る。



「入るだろコレは……!!」
「いや、まだだな……」

 観戦していた啓治は直撃を確信するが、伊織はフィールドを注視しながら小さく呟く。

 そして雪華の斬撃は、鋭い剣戟音と共に



 刃が届く瞬間、蛇島は『反射リフレクト術式フォーミュラ』による障壁を盾ではなく眼前の空間へと展開していた。



 空中の反射障壁に渾身の一撃を阻まれた雪華を沈めるべく、蛇島の反撃カウンターが間髪入れず放たれる。





 しかし。

 闇属性の刃は打ち砕いた筈。にも関わらず、魔力の残滓が

 蛇島が違和感を察知した時――――雪華は既に、彼の背後へと回り込んでいた。



 再び振り翳された鎌刃が纏うのは、『氷』と『闇』。



((アレは――――!!))

 瞠目する日向と天音。それは天城鎧が使っていた魔術と同じ、『双属性術式デュアルフォーミュラ』だった。



 氷+闇属性攻撃術式

暗氷速双斬ダブルドライブ

 双つの力を宿した、より速く鋭い二連斬。その命を刈り取るかの如く、剛速の刃は撃ち込まれた。



「クソッ、タレが……」

 地に膝を突き血を吐く蛇島へと、背を向けたまま雪華が開口する。



「――――ずっと敗けているつもりは無いわ。天堂君にも、大文字君にも……勿論、貴方にもね」



 蛇島司、準々決勝敗退。

 黒乃雪華、準決勝進出――――



 ◇◇◇



 雪華が蛇島を下しスタジアムの観衆が熱狂に包まれる中、ゲートへと向かう三人の少女。



「流石ですね、黒乃会長……術式の余波をその場に残留させて、視界を塞ぐなんて……!!」
「それもそうだけど、雪華ってたしか二つ同時には使えなかった筈なんだよねー。魔力の出力がデカすぎてさ」

 勝利を引き寄せた雪華の判断と機転に絵恋は感心していたが、千聖は戦闘を決着させた最後の魔術に驚きを隠せない様子だった。

 双属性術式には繊細な魔力制御が必要であり、魔力量が多くなる程に難易度は跳ね上がる。しかし膨大な魔力を有するにも関わらず、土壇場で高度な術式を完璧に発動させた雪華の技術は圧巻と呼ぶに相応しかった。



「まァ、ってコトでしょうね……あのぶっつけ本番組に」

 愉快そうに笑う千聖が言外に示していたのは、『蒼い炎』や『飛ぶ斬撃』を操る二人の少年の存在。

 敗退しながらも二人のルーキーが残した鮮烈なインパクトは、雪華を始めとした多くの人間に影響を与えていた。



「っ、会長……!!」

 その時、ゲートを潜り通路へと降りて来た雪華が彼女達の前に現れる。感極まったような声と共にハルが真っ先に走って行くが、こちらへ駆け寄って来る三人の姿を見つけた雪華は笑いながら口を開いた。





「千聖――――私、生徒会やめても良い?」
「え、何で?去年も今回も司には勝ったじゃん」

 唐突に告げられたその言葉にハルと絵恋は絶句するが、千聖だけは平然とした様子でその真意を問うように訊き返す。

「ああ、いや……ちょっと言い方が悪かったわね。今すぐ全部放り出す訳じゃないわ」

 雪華は微かに笑ったまま、二人の二年生へと向き直る。

「まだ会期は残ってるから申し訳ないんだけど……執行部の職務をお願いしたくてね。これからは出来るだけ、戦闘演習に時間を使いたいの」
「はっはー、そういうコトね。んで、いつからよ?」
「我儘を言っても良いのなら……今日からでも」

 そして千聖もまた頷きながら、彼女達の方へと振り返った。



「っつーワケで、後輩ちゃんズにはメーワクかけるかもなんだケド……ワガママな先輩のお願い、聞いてくんないかな?」



「「はい!」」



 ◇◇◇



 旧校舎裏、スラムにて。

「……来年は僕達も、頑張らないとね」
「だな……あの人達があんだけタマ張った以上、オレらが無様な戦い見せるワケにはいかねーわ」

 旧校舎裏のスラムにて、蛇島や諸星の戦いを見届けていた四人。今年は欠場していたが、彼等の激闘に触発されたように愛染や斯波は不敵に笑う。

「面倒クセーけどな……一条やら如月やらに、デケェ面させとくのも気に食わねェ」

 そして大文字一派の次代を率いる事となる壬生もまた、好戦的な笑みを浮かべていた。



 ◇◇◇





「何なのアイツ……結局また敗けてんじゃない」
「いやァ、でも黒乃とあそこまで渡り合うってやべーだろ」
「やっぱあいつもとんでもなく強かったな……」
「凄かったです……」

 一年前と同じ戦いを、今回もまた少年達は見ている事しか出来なかった。



 あの時"守られた"自分達に最早、彼と向き合う資格が無い事は分かっている。それでも――――信念を貫き戦ったその姿に、少年は憧憬の念を抱いていた。



「うん……やっぱ蛇島は凄いよ。アイツは……俺達の、憧れだ」





 ◇◇◇



 東帝戦四日目の全行程が終了し、残す所は最終日に行われる本戦準決勝・並びに決勝のみとなった。



「お疲れさん。……完敗だったな」
「おっ、伊織。ハラ減ったからラーメン食い行かね?」
「お前さっきボコボコにされたばっかでもう食欲あんのか……」

 医務室から出て来た日向を待っていたのは、腕を組み通路の壁に背を預けていた伊織だった。時刻は0時を回っているにも関わらず、夜の魔術都市に繰り出そうとしている日向に呆れる伊織。



 しかし通路を歩いていたその時、曲がり角の向こう側で何かを話している人間の気配に伊織が気付く。日向もまた魔力知覚によって同様の気配を察知したようで、二人は半ば無意識に息を潜め陰からその様子を窺った。



「――――冗談っしょ?……なんであの子が……」
「うん……まあ、信じられないのも分かるよ……」

 聞こえて来るのは、深刻そうな声音で交わされる『誰か』についての会話。そこに立っていたのは、アランと徹彦の二人だった。

 しかし彼等が続けて放った言葉に、日向達は愕然とさせられる。





「凪が結社と繋がってたとか……流石に笑えないわ」





「――――は?」

「っ、おいバカ……!!」

 思わず声を漏らした日向を伊織が小突くが、二人は既に隠れて見ていたこちらに気付いていた。

「日向君と……伊織、君?」
「……すみません。たまたま通り掛かったら、声が聞こえて来たんで……盗み聞きした事は謝ります」

 観念したように陰から出て行った伊織はアラン達へと謝罪するが、日向は理解が追いつかない様子で彼等へ問い質す。



「ちょっと待てよ。……どういう事だ?凪と結社がどう関係あんだよ」
「……聞かれた以上は話すしかないか……キミ達は凪の友達だしね」

 そう言って徹彦は、日向達へと今日起こっていた出来事について語り始めた。



 管理局と結社の戦闘、『ディエス』と呼ばれる少年と凪の関係、そして彼女達の過去。話を全て聞き終えた時、日向は険しい表情で考えに耽るように黙り込んでいた。



 ◇◇◇



 学生寮、第一学年棟ラウンジにて。

「更科さんが、刻印結社の協力者……!?」

 そして寮へと戻った日向達は啓治ら四人を呼び出し、先程聞かされた凪を取り巻く状況について打ち明けていた。



「……でも、その事を私達に話して大丈夫だったの?」
「どの道、俺達にだけは教えるつもりだったらしい。他の人間に漏らさなかったら問題は無ェってよ」

 啓治と同様に驚きつつも沙霧が発した疑問に、アランから数人にのみ情報共有は許されていると応える伊織。



「最近見かけないとは思ってたけど……まさかそんな事情だったとはね」

 ここ数日の間彼女が姿を見せなかった理由を知り、天音も少なからず動揺を露わにしている。想像以上の事態の重大さにその場の誰もが沈黙していたが、不意に日向が何かに思い至ったように口を開いた。



「――――凪は……本当に俺達の敵だと思うか?」
「……さっき聞いたろ。管理局との戦闘でディエスを庇った以上、アイツが結社と組んでねェってのは流石に無理がある」

 発した疑問に伊織が渋面で声を返すが、日向は至って冷静な様子で言葉を続ける。



「けど、アイツとそのナンバーズの奴が一緒に誘拐されてたのは七年も前の事だろ。そんなガキの頃から、ずっと結社側の人間だったとかあり得んのか?」
「……確かに、何年間も結社の間諜スパイとしてこの街に潜伏していられるのかと言われると少し疑問ね」

 日向に同意するように、天音もまた凪が内通者であるとする推察の不自然さを指摘する。





「少なくとも俺は、アイツの口から直接聞くまでは……この話を信じる気にはなれねェ」

 番号刻印ナンバーズである少年と凪の関係性が、現在まで続いているとは限らないと断じた日向。

 再び全員が黙り込むが、ここに来て創来が初めて神妙な面持ちで口を開いた。



「アイツが今までなんで隠してたのかは知らねェが……もし助けを必要としてるなら、力になりたい。アイツも、俺を止めてくれた一人だからな」

 ――――友として、恩を返したい。

 力強くそう言い切った創来に対し、啓治が乱雑に頭を掻きながらもその言葉を肯定する。

「ンなこたァそもそも大前提なんだよボケ。問題はどうやって更科さんの無実を証明するか、だ」



 例え疑念があったとしても、この現状から凪を助け出すという意志に於いてはここにいる全員が一致していた。その時――――



「そこまで凪を信じてくれてるってのは……ちょっと嬉しいね」

 聞こえて来た声に日向達が振り向くと、ロビーの入口には水色の髪の少女の姿があった。





「まァ、状況をいくらかマシにする方法は……無いワケじゃないよ」

 そこに立っていた風切アランは、普段とは違う真剣な表情で彼等へと一つの提案を持ち掛けた。



 ◇◇◇





 そして――――



 7月20日。



 ――――この日起きた出来事は、魔術界に大きな影響を与えると共に、その歴史に深く刻まれる事となった。





 ◇◇◇



 東帝戦最終日。

 本戦トーナメントも四日目となる今日は、二試合の準決勝、そして決勝戦が行われる。これまでの全日程の中でも最も多くの生徒が注目しており、まだ午前9時前にも関わらずスタジアムは観衆によって大いに賑わっていた。

 対戦カードは、

 第一試合、『天堂蒼』VS『諸星敦士』。
 第二試合、『黒乃雪華』VS『神宮寺奏』。

 そして第一、第二試合の勝者同士による決勝戦。

 また東帝戦は試合の中継映像が魔術都市内のネットワークを通じて配信されており、学園の内外を問わず多くの人間が次代の魔術師達の戦いに関心を寄せていた。



 学園最高峰の実力者による魔術戦から、学び取れる事は計り知れない。観覧席に並んで座り試合の開始を待っていた伊織と天音だったが、彼等の背に少女の上機嫌そうな声が掛けられる。



「おんやー?今日は二人っきりじゃな~い♡」
「ちーちゃん邪魔しちゃダメだって……!ごめんね二人共、すぐ行くから……」
「いや、別に居てもらっていいっスよ……」

 ニヤニヤと笑う千聖の裾を未来が申し訳無さそうに引っ張っていたが、伊織は気に留める様子も無く隣の空いているスペースに座るよう促していた。

「つか、日向とかさぎりんとキミらが一緒に居ないってちょっと珍しくない?なんかあったの?」
「……ちょっと遅れてるみたいです。その内来ると思います」
「あ、そーなのね」

 天音の返答に、千聖もそれ以上深入りする事無くスタジアムのフィールドへと視線を向ける。



 しかし日向達は今、ある目的の元にアランと行動を共にしていた。



 ◇◇◇



 魔術都市『東京』、中央部にて。

「…………結構デケーな」
「管理局ならサームラさんに連れてかれたコトあっけど、協会ココは俺も初めてだわ」

 創来と日向が見上げていたのは、聳え立つ巨大なビル群の一角。アランに連れられ彼等がやって来ていたのは、『魔術師協会』日本支部の拠点ビルだった。

「見物に来たワケじゃねェんだぞ。気ィ引き締めろ」

 施設の頂上部を仰ぎ見る二人を注意する啓治だったが、彼もまた表情が硬く幾許かの緊張が見て取れる。

「ここに凪ちゃんが居るんですね……」
「正確にはこの地下に、だけどね。まァ、手荒な扱いは断じてされてないから。あくまで重要参考人って立場だし、そこは安心していいよ」

 沙霧の不安気な呟きにそう応えると、アランは協会の入館ゲートへと歩き出した。





 八時間前。

『……アンタならこの状況をどうにか出来んのか?』
『いや、どうにかすんのはあたしじゃなくてキミ達だよ』

 寮棟で話し合っていた日向達の前に、突然姿を見せたアラン。伊織の疑問に対して彼女が示したのは、凪が今置かれている状況を変える為の一つの『方法』だった。



『凪が今、結社のナンバーズとかいう連中との協力関係を疑われて拘束されてんのは聞いてると思うけど……あの子の状態にちっとばかし問題が発生しててね』
『っ……凪ちゃんに何かあったんですか……!?』

 告げられた不穏な言葉に息を呑む沙霧だったが、アランは冷静さを保ったまま続けて補足する。

『いやまァ、そこまで深刻なワケでも無いんだけど……意識が混濁してんのか、どうにも聞き取り調査が要領を得ないみたいでね。たぶん、何かしらの記憶障害が起こってる』
『ッ……!!』

 その状態が指し示す意味を一早く理解したのは、過去に類似した経験を持つ創来だった。――――"それ"は恐らく、何らかの魔術的要因による精神干渉。

『確証は無いんだけど、キミらなら何か引き出せるんじゃないかって話が持ち上がってね』

 "親しい関係性の人間からであれば何か判明するのではないか"と言う、あくまで可能性の域を出ない憶測。しかし圧倒的に情報が不足している今は、方法を選んでいる場合では無いという捜査状況の難航具合が窺えた。

『それに創来君が洗脳の魔術で暴走させられた時、凪もその場に居たっしょ?些細な事でも良いから、その時気付いた事があれば教えてほしいのと……あわよくば、凪を弁護する上で有利になるような証言が聞き取れたら尚良いんだけどね』

 凪がこの国と敵対する勢力に与していないと証明する為には、何よりもまず時間が必要である。証拠を集める猶予を引き延ばす上で、その証言が持つ重要性を日向達は理解していた。



『ただ……二つ理由があって、伊織君と天音ちゃんは連れて行けない』
『それは……漆間と戦った時、現場に居なかったからですか?』
『うん、それが一つ目なんだけどね。もう一つの理由は、この聴取が一部の人達以外にってコトと関係してんのさ』

 冷静に訊き返す天音へと、アランから彼等が同行不可能な"事情"について明かされる。

『日向君が戦った「彼」の時もそうだったんだけど……学生が魔術犯罪と関与してるっつーのが、対外的に結構な厄ネタでね。一枚岩じゃないこの国の上層部からすれば、早急かつ内密に処理したい案件なワケよ』
『……更科さんの容疑をさっさと固めとこうってハラですか』
『そうなる前に沢村さんが手を打ってくれた結果、キミらからも話を聞く機会が生まれた。とは言えそもそもあたしら学生に捜査情報を流す事自体に、懐疑的なオッサン連中もいるってコトさ』

 魔術界上層部の思惑に対し、怒気を露にする啓治。



『この聴き取りを隠してる理由は分かったが……それとコイツらがついて来れねェ事には何の関係があるんだ?』
『あー、それは……申し訳ないんだけど、はっきり言っちゃうとあたしの力不足が原因でね。簡単に説明すると、二人の魔力量とあたしの幻術の相性の問題だよ』

 創来の声に応えながら、アランは魔術を発動する。その瞬間彼女の姿が、黒いスーツを身に纏った中肉中背の男性へと変貌した。

『――――こんな風に成り済まして潜入すんだけど……あたしの幻術って、外見しか変えられないんだよね。二人の場合だと、魔力に特徴がありすぎて誤魔化しが効かないんだわ』

 協会職員に扮して入館しようにも、天音は膨大な魔力が、伊織は生体反応だけがセキュリティゲートに異常検知されてしまう。

『分かりました。……ならそっちは任せます』

 伊織は納得したように小さく頷くと、日向達へと向き直った。



『もし何かあったら俺達を呼べ。……すぐ助けに行く』

 静かながらも力強くそう告げた伊織と、彼の隣に並び立つ天音。不穏な予感を押し殺しながら、日向は二人の仲間へと頷き返した。

『ああ。……頼むわ』


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