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171 凶報
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「今、なんと……?」
カサンドラは愕然たる思いでなんとか伝令兵に問い返すことができた。できれば嘘であってほしい。そんな思いも込めて伝令兵を見つめる。
一方の伝令兵もテレパスで伝えられた報告が嘘であってほしいと願っていた。しかし、問い返された以上、真実を話さねばならない。
「たった今、ヒューブナー伯爵家に配属されていた伝令兵よりテレパスが途絶えました。最後のテレパスはヒューブナー伯爵家軍の壊滅を伝えておりました……。ヒューブナー伯爵の安否は不明です」
「なんてこと……」
ヒューブナー伯爵家、元辺境伯家は、地政学上でこの東方辺境領を守る要になる位置にある。ヒューブナー伯爵家領を抜かれたとしたら、東方の防衛線が大きく後退することになる。
それはバウムガルテン領の孤立を意味していた。
元々突出した位置にあったバウムガルテン領だ。ヒューブナー伯爵の悪い噂も聞いていた。カサンドラはこうなる可能性は考えていた。だが、あまりにも早すぎる。
「アルトマイヤー将軍はなんと?」
「ヒューブナー伯爵領の後方にあるアンドロシュ子爵領にある砦で体制を立て直しを図る予定となっております……」
「そうですか……」
「アンドロシュってどこ?」
ことの重大さがまだわかっていないのか、カサンドラの護衛に付いていたズザナが疑問の声をあげた。
「ここバウムガルテン領よりも十里ほど後方になります……」
「十里!?」
カサンドラの答えにズザナが大袈裟に驚く。一里が約四キロほど。十里はおよそ四十キロほどになる。しかも直線距離で四十キロだ。山々に囲まれたバウムガルテン領からの実際の距離は、もっと長くなるだろう。
「想定はしていましたが、まさかこんなに早く……。これでバウムガルテン領は完全に孤立しました。この情報は誰にも言わないようにしてください」
「はい……」
「わかりました」
「了解」
「了解いたしました」
ズザナ、クルト、ルードルフ、伝令兵がそれぞれ頷く。この事実を知っている者はカサンドラを含めて五人。こんな絶望的な情報を漏らすわけにはいかない。
「カサンドラお嬢様、少し折り入ってお話したいことが」
「なんでしょう、ルードルフ?」
「ここでは少し……」
ルードルフがクルトやズザナを見ながら言う。人払いを求めているのだろう。察したカサンドラはルードルフに頷いた。
「わかりました。皆さん、少し席を外してください」
「ありがとうございます、お嬢様」
作戦室から他に人が居なくなると、ルードルフはカサンドラに迫るように言う。
「お嬢様、もう戦況は決しました。これ以上の籠城はもはや無意味。速やかな撤退を求めます。お嬢様が決意してくださるのなら、我々第三軍が責任を持ってお嬢様をアルトマイヤー将軍の元までお連れします」
「ルードルフ……」
ルードルフの言う意味もカサンドラはわかる。古今東西、援軍の無い籠城戦など勝てた例がない。今回、援軍はある。だが、援軍が間に合わない可能性が高いのだ。国防を担う国軍にとって、これ以上のモンスターの侵攻を防ぐことが第一。飛び地になってしまったバウムガルテン領は見捨てる可能性が高いこともわかっている。
ならば、撤退を選ぶというのも頷ける話ではある。
だが……。
「民を見捨て、わたくしだけ生き残れというのですか?」
山に囲まれたバウムガルテン領から撤退するには、当然ながら山を通る必要がある。元々平時でもモンスターの襲撃があった山道だ。そんな所をバウムガルテンの民を連れて撤退したら、モンスターに襲われるだろう。
そして、山を抜けた先に待つのは、既にモンスターの手に落ちたヒューブナー伯爵領だ。ここでも戦闘が予想される。
そうではなくても撤退戦だ。モンスターの大群の追撃がある。
そんな状況でまともに民を守ることなんてできない。きっと生き残るのは一割にも満たないだろう。全滅よりもマシといえばそうだろうが、わざわざ堅牢な砦を捨てて死にに行くようなものだ。
そしてルードルフの口ぶりでは、民を最悪囮にしてでもカサンドラを生き残らせることも考えられた。
そんなことには断じて応じることはできない。
「ルードルフ、撤退はありえません。もう口にしないでください」
「しかしお嬢様! もはやこの領に未来はありません! お嬢様はまだお若い。きっと次の嫁ぎ先も見つかります。なぜそこまでバウムガルテンのために尽くすのですか!?」
まるで怒るように迫るルードルフに、しかしカサンドラは笑ってみせた。
「だって愛しているんですもの」
「は? え?」
「愛しているのです。ディートフリートも、クラウディアも、新たな妹たちも、そして、このバウムガルテンも! わたくしの夢はここでしか咲きませんわ」
「お嬢様……」
「ルードルフ、今のわたくしはバウムガルテン辺境伯第二婦人です。そう心得るように」
「…………はっ! でしたら、第三軍をバウムガルテンのために存分にお使いください」
「元よりそのつもりですわ。ルードルフ、簡単に死んではダメよ? 最期にわたくしを介錯するのは貴方なのですから」
「…………はっ!」
カサンドラは愕然たる思いでなんとか伝令兵に問い返すことができた。できれば嘘であってほしい。そんな思いも込めて伝令兵を見つめる。
一方の伝令兵もテレパスで伝えられた報告が嘘であってほしいと願っていた。しかし、問い返された以上、真実を話さねばならない。
「たった今、ヒューブナー伯爵家に配属されていた伝令兵よりテレパスが途絶えました。最後のテレパスはヒューブナー伯爵家軍の壊滅を伝えておりました……。ヒューブナー伯爵の安否は不明です」
「なんてこと……」
ヒューブナー伯爵家、元辺境伯家は、地政学上でこの東方辺境領を守る要になる位置にある。ヒューブナー伯爵家領を抜かれたとしたら、東方の防衛線が大きく後退することになる。
それはバウムガルテン領の孤立を意味していた。
元々突出した位置にあったバウムガルテン領だ。ヒューブナー伯爵の悪い噂も聞いていた。カサンドラはこうなる可能性は考えていた。だが、あまりにも早すぎる。
「アルトマイヤー将軍はなんと?」
「ヒューブナー伯爵領の後方にあるアンドロシュ子爵領にある砦で体制を立て直しを図る予定となっております……」
「そうですか……」
「アンドロシュってどこ?」
ことの重大さがまだわかっていないのか、カサンドラの護衛に付いていたズザナが疑問の声をあげた。
「ここバウムガルテン領よりも十里ほど後方になります……」
「十里!?」
カサンドラの答えにズザナが大袈裟に驚く。一里が約四キロほど。十里はおよそ四十キロほどになる。しかも直線距離で四十キロだ。山々に囲まれたバウムガルテン領からの実際の距離は、もっと長くなるだろう。
「想定はしていましたが、まさかこんなに早く……。これでバウムガルテン領は完全に孤立しました。この情報は誰にも言わないようにしてください」
「はい……」
「わかりました」
「了解」
「了解いたしました」
ズザナ、クルト、ルードルフ、伝令兵がそれぞれ頷く。この事実を知っている者はカサンドラを含めて五人。こんな絶望的な情報を漏らすわけにはいかない。
「カサンドラお嬢様、少し折り入ってお話したいことが」
「なんでしょう、ルードルフ?」
「ここでは少し……」
ルードルフがクルトやズザナを見ながら言う。人払いを求めているのだろう。察したカサンドラはルードルフに頷いた。
「わかりました。皆さん、少し席を外してください」
「ありがとうございます、お嬢様」
作戦室から他に人が居なくなると、ルードルフはカサンドラに迫るように言う。
「お嬢様、もう戦況は決しました。これ以上の籠城はもはや無意味。速やかな撤退を求めます。お嬢様が決意してくださるのなら、我々第三軍が責任を持ってお嬢様をアルトマイヤー将軍の元までお連れします」
「ルードルフ……」
ルードルフの言う意味もカサンドラはわかる。古今東西、援軍の無い籠城戦など勝てた例がない。今回、援軍はある。だが、援軍が間に合わない可能性が高いのだ。国防を担う国軍にとって、これ以上のモンスターの侵攻を防ぐことが第一。飛び地になってしまったバウムガルテン領は見捨てる可能性が高いこともわかっている。
ならば、撤退を選ぶというのも頷ける話ではある。
だが……。
「民を見捨て、わたくしだけ生き残れというのですか?」
山に囲まれたバウムガルテン領から撤退するには、当然ながら山を通る必要がある。元々平時でもモンスターの襲撃があった山道だ。そんな所をバウムガルテンの民を連れて撤退したら、モンスターに襲われるだろう。
そして、山を抜けた先に待つのは、既にモンスターの手に落ちたヒューブナー伯爵領だ。ここでも戦闘が予想される。
そうではなくても撤退戦だ。モンスターの大群の追撃がある。
そんな状況でまともに民を守ることなんてできない。きっと生き残るのは一割にも満たないだろう。全滅よりもマシといえばそうだろうが、わざわざ堅牢な砦を捨てて死にに行くようなものだ。
そしてルードルフの口ぶりでは、民を最悪囮にしてでもカサンドラを生き残らせることも考えられた。
そんなことには断じて応じることはできない。
「ルードルフ、撤退はありえません。もう口にしないでください」
「しかしお嬢様! もはやこの領に未来はありません! お嬢様はまだお若い。きっと次の嫁ぎ先も見つかります。なぜそこまでバウムガルテンのために尽くすのですか!?」
まるで怒るように迫るルードルフに、しかしカサンドラは笑ってみせた。
「だって愛しているんですもの」
「は? え?」
「愛しているのです。ディートフリートも、クラウディアも、新たな妹たちも、そして、このバウムガルテンも! わたくしの夢はここでしか咲きませんわ」
「お嬢様……」
「ルードルフ、今のわたくしはバウムガルテン辺境伯第二婦人です。そう心得るように」
「…………はっ! でしたら、第三軍をバウムガルテンのために存分にお使いください」
「元よりそのつもりですわ。ルードルフ、簡単に死んではダメよ? 最期にわたくしを介錯するのは貴方なのですから」
「…………はっ!」
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