[異世界恋愛短編集]泣くものですか、復讐を果たすまでは。

石河 翠

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2.旦那さまが幸せになれるのなら、私はどうなってもかまいません

(1)

「アリエル、どうか俺を置いていかないでくれ」
「ごめんなさい、そのお願いは聞いてあげられそうにありません。トバイアスさま、私を追いかけて早死にしてはいけませんよ」
「どうしてそんな意地悪なことを言う。君のいない世界で、俺はどうやって生きていったらいいんだ」

 アリエルは横たわったまま力の入らない腕を必死で持ち上げると、枕元で泣き崩れる夫の頭を静かに撫でた。夫であるトバイアスはぽろぽろと大粒の涙を流している。日頃から誰よりも合理的であり、仕事の一切に私情を挟まない冷血男と言われている彼は実のところ大変な愛妻家だった。今の姿を部下たちが見たならば、腰を抜かして驚いたに違いない。

 かつてアリエルは、お飾りの妻としてこの男の元に嫁いできた。結婚式もなく、初夜の場で「お前を愛することはない」と言われたことだってある。それでも辛抱強く彼の心を解きほぐしていったことで、ふたりの間には確かな絆が生まれていた。

 アリエルにとっての心残りは、彼との子どもを産むことができなかったことだろう。その昔、アリエルもまた非常に劣悪な家庭環境で過ごしていた。そのためにアリエルの身体は、子どもを育むことのできる健やかさを持ち合わせてはいなかったのだ。そもそもの話、もしも彼女の身体が人並みに健康であったならば、夫を残して早逝することもなかったに違いない。それでもアリエルは、彼と過ごした日々を人生で最上の幸福だと信じて疑わなかった。
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