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「とんだ変態ではありませんか!」
絶叫とともに起き上がると、そこはアントニアの自室だった。もともとアントニアは寝言がひどい。朝早くから叫んだところで、誰かが部屋を覗きに来ることもなかった。
(あれは一体……。夢にしては具体的過ぎます)
まだアントニアは学園に入学すらしていないのだ。それなのに、学園の内部をあれほど具体的に思い描くことができるなんて。それに王太子の態度も気になった。未だ婚約者候補でしかないが、目の前で女性が死にかけているのを放置するほどのゲス野郎ではなかったはずだ。そもそも、そこまで肝が据わっていない。
とんだ悪夢だと笑い流すには、内容が重すぎた。もともとアントニアは自身の直感を信じている。野生の勘とでも言うのだろうか。それが、この件から逃げるなと伝えてくるのだ。
(わざと階段から落とされたということでしょうか? それにしては、ダナさんという女子生徒は普通に焦っていたみたいでした。彼女は口調以外は常識的で、頭が沸いていたのは王太子殿下を始めとする男性陣なのかもしれませんね)
ふむ、とアントニアは考えた。どうやら夢の中の少女は、自ら進んで男性陣に取り入っているわけではないらしい。彼女はイグネイシャスを拒絶していた。もしも他の男性陣もまた王太子のように彼女に無理矢理つきまとっていたのだとしたら……。
(彼女の言うとおり、生き地獄に違いありません)
あの状況ではダナの分が悪すぎた。身分的に歯向かうこともできず、力は言うに及ばない。ダナの喋り方もまた、彼女の行動を男に媚びたものに見せていただろう。そしてアントニアは結論付けた。
「そうです、私とダナさんを守れるように筋肉を鍛えましょう!」
そもそも夢の中の自分が階段下に落下することがなければ、ダナにあんな顔をさせなくて済んだのだ。己の体力不足をアントニアは恥じる。
「お父さまに頼んで稽古をつけてもらえば完璧です」
代々騎士を輩出している侯爵家の末娘アントニア。彼女もまた、家族同様に脳筋の傾向にあった。
「守りたいひとができたのです」
歴戦の猛者である父親に頭を下げれば、彼は鷹揚にうなずいた。
「それは、王太子殿下のことか」
「いいえ、違います」
「我が娘は王太子妃にもなることのできる人間だと信じているが、その剣を王太子以外に捧げるというのか」
「私の剣は、王国に。すべての意志ある人々の心が、強き者に踏みにじられることがないように」
夢の中のアントニアは、王太子妃を目指していたようだ。けれど真っ青な顔で涙をこぼしていたダナを見捨てる気にはなれなかった。彼女を救わねばならない。それはアントニアにとって、何よりの願いとなっていた。
「もちろん、友として殿下を支え、必要とあらば全力で間違いを正したいと思います」
(そう、具体的には嫌がる女性に無理強いすることのないように完膚なきまでに叩きのめすのです)
色ボケするようであれば、そのたびに気合を注入してやればいいのだ。父親の部下たちも時々酒場で騒いでいるが、アントニアの父や兄たちの鉄拳制裁、あるいは奥方たちのフライパンによる一撃で毎回正気に戻ると聞いている。王太子のひとりやふたりくらい、正気に戻せなくては女がすたるというものだ。
「いい目をするようになったな、アントニア」
もちろん脳筋代表である父は、アントニアの決意を喜んだ。そうしてアントニアはめきめきと筋肉と剣の腕を成長させ、学園に入学する年齢には立派な貴公子となっていたのである。
絶叫とともに起き上がると、そこはアントニアの自室だった。もともとアントニアは寝言がひどい。朝早くから叫んだところで、誰かが部屋を覗きに来ることもなかった。
(あれは一体……。夢にしては具体的過ぎます)
まだアントニアは学園に入学すらしていないのだ。それなのに、学園の内部をあれほど具体的に思い描くことができるなんて。それに王太子の態度も気になった。未だ婚約者候補でしかないが、目の前で女性が死にかけているのを放置するほどのゲス野郎ではなかったはずだ。そもそも、そこまで肝が据わっていない。
とんだ悪夢だと笑い流すには、内容が重すぎた。もともとアントニアは自身の直感を信じている。野生の勘とでも言うのだろうか。それが、この件から逃げるなと伝えてくるのだ。
(わざと階段から落とされたということでしょうか? それにしては、ダナさんという女子生徒は普通に焦っていたみたいでした。彼女は口調以外は常識的で、頭が沸いていたのは王太子殿下を始めとする男性陣なのかもしれませんね)
ふむ、とアントニアは考えた。どうやら夢の中の少女は、自ら進んで男性陣に取り入っているわけではないらしい。彼女はイグネイシャスを拒絶していた。もしも他の男性陣もまた王太子のように彼女に無理矢理つきまとっていたのだとしたら……。
(彼女の言うとおり、生き地獄に違いありません)
あの状況ではダナの分が悪すぎた。身分的に歯向かうこともできず、力は言うに及ばない。ダナの喋り方もまた、彼女の行動を男に媚びたものに見せていただろう。そしてアントニアは結論付けた。
「そうです、私とダナさんを守れるように筋肉を鍛えましょう!」
そもそも夢の中の自分が階段下に落下することがなければ、ダナにあんな顔をさせなくて済んだのだ。己の体力不足をアントニアは恥じる。
「お父さまに頼んで稽古をつけてもらえば完璧です」
代々騎士を輩出している侯爵家の末娘アントニア。彼女もまた、家族同様に脳筋の傾向にあった。
「守りたいひとができたのです」
歴戦の猛者である父親に頭を下げれば、彼は鷹揚にうなずいた。
「それは、王太子殿下のことか」
「いいえ、違います」
「我が娘は王太子妃にもなることのできる人間だと信じているが、その剣を王太子以外に捧げるというのか」
「私の剣は、王国に。すべての意志ある人々の心が、強き者に踏みにじられることがないように」
夢の中のアントニアは、王太子妃を目指していたようだ。けれど真っ青な顔で涙をこぼしていたダナを見捨てる気にはなれなかった。彼女を救わねばならない。それはアントニアにとって、何よりの願いとなっていた。
「もちろん、友として殿下を支え、必要とあらば全力で間違いを正したいと思います」
(そう、具体的には嫌がる女性に無理強いすることのないように完膚なきまでに叩きのめすのです)
色ボケするようであれば、そのたびに気合を注入してやればいいのだ。父親の部下たちも時々酒場で騒いでいるが、アントニアの父や兄たちの鉄拳制裁、あるいは奥方たちのフライパンによる一撃で毎回正気に戻ると聞いている。王太子のひとりやふたりくらい、正気に戻せなくては女がすたるというものだ。
「いい目をするようになったな、アントニア」
もちろん脳筋代表である父は、アントニアの決意を喜んだ。そうしてアントニアはめきめきと筋肉と剣の腕を成長させ、学園に入学する年齢には立派な貴公子となっていたのである。
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