お飾り王妃の愛と献身

石河 翠

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 日の落ちた時刻の城は、ひどく冷える。手足が凍えるように冷たくて思わずこすり合わせていれば、側仕えに紅茶を差し出された。

「ありがとう、ギルバート」
「猫舌の王妃殿下のお好みよりも、少し熱めに入れております。どうぞ暖をとってくださいませ」

 不作法なのを承知の上で、エスターは紅茶の入ったカップを両手で握りしめた。感覚がなくなっていたてのひらに、じんわりを温もりが広がっていく。

「とても温かいわ。冷酷王妃には温かい血が通っていないと言われることも多いけれど、実際はこんなに寒がりなのよね。それとも、温かい血が通っていないから身体がこんなに冷たいのかしら?」
「冷酷王妃とは、初耳でございます」
「まあ、嘘ばっかり。『お飾り王妃は、その心の冷たさゆえにお飾りとなった。あの女はお飾りどころではない。国の害悪にしかならない冷酷王妃だ』、というのが最近城下で流行りの噂だそうよ」
「やれやれ。そのような愚かな噂に惑わされるのであれば、いっそ彼らの耳など削ぎ落してしまえばよいのではありませんか」
「ギルバートの冗談は難しいわね」

 表情は変わらないはずなのに、王妃の声は少しだけ柔らかい。寒い冬に耐える花の蕾のような美しいエスターは、静かに紅茶に口をつけた。優しい甘さは、気を遣ったギルバートが蜂蜜を加えているからだ。

 王妃殿下は忠臣を疎んでいるらしい。そんな噂が、ここ最近あちこちでまことしやかに囁かれている。まれに見る勢いで役付きの人間を入れ替えていれば、そう言われるのも当然だろう。実際は役付きどころか、王城で雇い入れている人間すべてを整理しているのだけれど、それは仕方のないことだった。

「ねえ、ギルバート。私は王妃として恥じない行いをしているわ」
「王妃殿下の選択は、国を育てるために必要なことだと信じております」

 ギルバートは、エスターの内なる迷いを払いのけるように言い切った。その言葉を噛みしめるように、王妃は目を閉じる。

「私が選んだ道は、大切な我が子であるこの国が正しく成長するためには避けては通れないもの。親の愛情は、何よりも深く温かいけれど、時にひどく厳しく残忍なこともある。お父さまにはわかってもらえるかしら?」
「宰相閣下も、王妃殿下のことをそのようにお育てになったのではございませんか? そもそも、子どもは親が育てたようにしか育たないもの。王妃殿下をご覧になれば、宰相閣下自身の子育ての答えが見えようというものです」
「そんな言い方をしたらお父さまには、『わしの育て方が悪かったと言いたいのか』と叱られそうな気がしてならないわ」
「まさか。王妃殿下の優秀さは、宰相閣下が一番ご存じのはず。それならば、ご自身を信じるのと同じように、王妃殿下を信じてくださればと思います。わたしも信じておりますよ。我が君ならば、きっとこの国を育て上げることができますとも」
「難しいことをさらりと言ってくれるものね」

 冷酷王妃と同様に悪徳文官として名高い側仕えは、無表情の王妃とは対照的ににこやかな笑みをたたえて仰々しく首(こうべ)を垂れた。
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