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「色目を使う悪女め! 今度は一体何を企んでいる!」
教室を移動していたトレイシーは、急に後ろから突き飛ばされて呆然としていた。目の前にはどうにもすさんだ雰囲気の男子学生が数名。
(誰だっけ、このひとたち)
呆然としていたのは突き飛ばされたからではない。一瞬、本気で相手が誰なのかわからなかったからだ。
(雰囲気イケメンだと、すぐにメッキが剥がれるのね。落ちぶれてもなお美しい顔面の殿方にのみ手を触れられたいものだわ)
一体どう収拾をつけたものか。できないことはないが、相手が雰囲気イケメンからただの不細工に成り下がってしまったため、ちっとも労働意欲がわかないトレイシー。
そんな彼女のことをどう判断したのか、彼らは自身に正義があるかのように騒ぎ立てる。そこへ王太子と公爵令嬢が現れたために、彼らはさらに饒舌になった。
「殿下は騙されています」
「わたしが騙されていると?」
「彼女は僕たちを散々に弄んだとんでもない女ですよ」
「わたくしの友人が?」
「彼女はあなたの友人のふりをしながら、殿下の婚約者の座を狙っていたのです!」
事情を知っている人間からすれば噴飯ものな言い草に、トレイシーは困り顔をしつつ内心肩をすくめる。王太子はトレイシーの見たことのない表情で彼らを睨みつけると、無言でトレイシーの擦りむいた膝に回復魔法をかけてくれた。
「わたしからすれば、か弱い女性を悪し様にののしる君たちのほうがよほど信用ならないがね」
「ですが、殿下はあの性悪女の本性をご存知ないのです」
「性悪女だと? 彼女は令嬢たちが不幸な結婚生活を送ることがないように、男性の身辺調査を行なっているだけだが」
「調査結果に問題がなければ、調べられたところで痛くも痒くもないはず。婚約が解消されたというのなら、自省されてはいかがかしら」
王太子と公爵令嬢の言葉に目を白黒させる元雰囲気イケメンたち。
「それにひきかえ君たちときたら。髪色だけで相手を判断し、思い通りにいかないとなると簡単に暴力を振るう。どこまで幼稚なんだ」
「ですが!」
「まったく不愉快だな」
王太子が手で振り払うような動作をした瞬間、彼らの姿は唐突に消えてしまった。元雰囲気イケメンたちだけでなく、イーディスまで消えたことに動揺しつつ、トレイシーは王太子に質問を投げかける。
「殿下、最初からご存知だったんですか?」
「どうしてわたしが知らないと思ったんだい」
「それは……」
「君がわたしの興味を引こうとあれやこれや考える姿は、とても可愛らしいものだったよ。手放しがたくて本音があふれでてしまうほどに。そのせいで余計な心労をかけたね。ピンクブロンドへの偏見は知っていたがまさかここまでとは」
「王族ともあろうお方が、頭を下げてはなりません!」
突然の謝罪にトレイシーは悲鳴をあげる。硬直した彼女の前に王太子はひざまずき、手の甲に口づけた。
「殿下、お戯れはおやめください」
「わたしは本気だよ」
「そうであればなおさら、このようなお姿を周囲に見せては」
「彼らが出て行った後から、ここは結界で閉じている。誰に見られることもない」
「殿下、考え直してくださいませ。あなたさまの地位は、婚約者であるイーディスさまあってのもの。せっかくの王太子という地位をみすみす捨てるおつもりですか」
「彼女とも話がついている。万一王太子という立場を手放すことになったとしても、わたしは構わない。他国の王族を嵌めたり、王家直属の暗部を取りまとめる以上に、君の隣で過ごす日々は心踊るものだったからね」
「あーあー、聞ーこーえーなーいー」
さらりと国家機密を聞かされそうになり、トレイシーは必死で耳を塞ぐ。
(外堀を埋められてなるものですか!)
幸せな結婚は諦めているトレイシーだが、未亡人になったあとの悠々自適な生活には希望を抱いている。間違っても、王太子妃という面倒くさい立場に立つつもりはない。
「男というのはね、逃げられると追いかけたくなるものなんだよ」
「お断りします!」
「覚悟しておいてくれ」
「ひいっ」
慌てたトレイシーは、一瞬の隙をついて這々の体で逃げ出した。
結界で閉じられている空間は、外部から侵入できないと同時に、術者が解除しなければ内部からの脱出もかなわない。トレイシーが立ち去ることができたのは、王太子が見逃してくれただけなのだと気がつかないままで。
教室を移動していたトレイシーは、急に後ろから突き飛ばされて呆然としていた。目の前にはどうにもすさんだ雰囲気の男子学生が数名。
(誰だっけ、このひとたち)
呆然としていたのは突き飛ばされたからではない。一瞬、本気で相手が誰なのかわからなかったからだ。
(雰囲気イケメンだと、すぐにメッキが剥がれるのね。落ちぶれてもなお美しい顔面の殿方にのみ手を触れられたいものだわ)
一体どう収拾をつけたものか。できないことはないが、相手が雰囲気イケメンからただの不細工に成り下がってしまったため、ちっとも労働意欲がわかないトレイシー。
そんな彼女のことをどう判断したのか、彼らは自身に正義があるかのように騒ぎ立てる。そこへ王太子と公爵令嬢が現れたために、彼らはさらに饒舌になった。
「殿下は騙されています」
「わたしが騙されていると?」
「彼女は僕たちを散々に弄んだとんでもない女ですよ」
「わたくしの友人が?」
「彼女はあなたの友人のふりをしながら、殿下の婚約者の座を狙っていたのです!」
事情を知っている人間からすれば噴飯ものな言い草に、トレイシーは困り顔をしつつ内心肩をすくめる。王太子はトレイシーの見たことのない表情で彼らを睨みつけると、無言でトレイシーの擦りむいた膝に回復魔法をかけてくれた。
「わたしからすれば、か弱い女性を悪し様にののしる君たちのほうがよほど信用ならないがね」
「ですが、殿下はあの性悪女の本性をご存知ないのです」
「性悪女だと? 彼女は令嬢たちが不幸な結婚生活を送ることがないように、男性の身辺調査を行なっているだけだが」
「調査結果に問題がなければ、調べられたところで痛くも痒くもないはず。婚約が解消されたというのなら、自省されてはいかがかしら」
王太子と公爵令嬢の言葉に目を白黒させる元雰囲気イケメンたち。
「それにひきかえ君たちときたら。髪色だけで相手を判断し、思い通りにいかないとなると簡単に暴力を振るう。どこまで幼稚なんだ」
「ですが!」
「まったく不愉快だな」
王太子が手で振り払うような動作をした瞬間、彼らの姿は唐突に消えてしまった。元雰囲気イケメンたちだけでなく、イーディスまで消えたことに動揺しつつ、トレイシーは王太子に質問を投げかける。
「殿下、最初からご存知だったんですか?」
「どうしてわたしが知らないと思ったんだい」
「それは……」
「君がわたしの興味を引こうとあれやこれや考える姿は、とても可愛らしいものだったよ。手放しがたくて本音があふれでてしまうほどに。そのせいで余計な心労をかけたね。ピンクブロンドへの偏見は知っていたがまさかここまでとは」
「王族ともあろうお方が、頭を下げてはなりません!」
突然の謝罪にトレイシーは悲鳴をあげる。硬直した彼女の前に王太子はひざまずき、手の甲に口づけた。
「殿下、お戯れはおやめください」
「わたしは本気だよ」
「そうであればなおさら、このようなお姿を周囲に見せては」
「彼らが出て行った後から、ここは結界で閉じている。誰に見られることもない」
「殿下、考え直してくださいませ。あなたさまの地位は、婚約者であるイーディスさまあってのもの。せっかくの王太子という地位をみすみす捨てるおつもりですか」
「彼女とも話がついている。万一王太子という立場を手放すことになったとしても、わたしは構わない。他国の王族を嵌めたり、王家直属の暗部を取りまとめる以上に、君の隣で過ごす日々は心踊るものだったからね」
「あーあー、聞ーこーえーなーいー」
さらりと国家機密を聞かされそうになり、トレイシーは必死で耳を塞ぐ。
(外堀を埋められてなるものですか!)
幸せな結婚は諦めているトレイシーだが、未亡人になったあとの悠々自適な生活には希望を抱いている。間違っても、王太子妃という面倒くさい立場に立つつもりはない。
「男というのはね、逃げられると追いかけたくなるものなんだよ」
「お断りします!」
「覚悟しておいてくれ」
「ひいっ」
慌てたトレイシーは、一瞬の隙をついて這々の体で逃げ出した。
結界で閉じられている空間は、外部から侵入できないと同時に、術者が解除しなければ内部からの脱出もかなわない。トレイシーが立ち去ることができたのは、王太子が見逃してくれただけなのだと気がつかないままで。
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