あやかし坂のお届けものやさん

石河 翠

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(1)椿-1

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 坂の上の家は寒い。山と海が同時に見える景色は最高だが、なにせ風を遮るものがないのだから、家は一日中がたがた揺れている。

 その上、昔ながらの日本家屋に断熱という意識はない。おかげで布団から這い出すのが遅くなり、家を出たのは遅刻ぎりぎりの時間帯だった。

『九州はいいよね。暖かいから、コートなんていらないんでしょ?』

 そう笑って送り出してきた同僚のことを思い出しながら、ダウンのポケットに手を突っ込む。手袋は玄関先に忘れてきてしまった。

 繰り返し説明したいが、九州は常夏のハワイではない。沖縄ですら時期と場所によっては冬服を着るのだ。いわんや北部九州をや。そもそも全国区の天気予報を見れば理解できる話だろう。

「おはよう、今日も寒いね。風邪をひかないようにみんなでくっついておきなね」
「にゃお」

 近所の地域猫の一団に声をかけながら、出勤する。ああ、いつものお前かという雰囲気でキジトラの猫たちが見送ってくれた。猫は毛の柄によって警戒心の強さが違うと聞くけれど、この辺りの猫は軒並みひと懐っこい。

 坂の町は猫の町でもある。昔から当たり前のようにあちらこちらに猫がいるのだ。人間が近くにいようが自由にごろごろしているし、話しかければ返事をしてくれる。餌の有無なんて関係ない。

 東京の猫はびっくりするくらい俊敏で、まさに野生の生き物だった。店の軒先や一般の民家の軒先で、飼い猫のような顔をして寝転がっている地域猫のほうが珍しいのかもしれない。

「今日は時間がないから最短ルートで行くしかないな」

 もともと今日通る予定にしていたのは、三毛と茶トラのご家族が縄張りにしている階段道だった。泣く泣く予定変更し、私は職場への最短経路を選んだはずだった。そのはずだったのだが……。

「あれ? 道に迷った?」

 途中でおかしなことになってしまった。坂の上に住んでいると、出かけるときの感覚は「下る」になる。帰ってくるときは「上る」のだ。

 どんなでたらめな方向に進んだところで、下ることさえ忘れなければ、必ず街の中心部につく。それなのに、なぜか気がつくと道を上ってしまっているのだ。

「どうしてこうも時間がないときに!」

 歯噛みしたくなったが、約束であれば仕方がない。どうせ迷い込んだ以上、依頼を引き受けなけないことには、このあやかし坂からは出られないのだから。

 祖母に言い含められていた約束を、何も考えずに了承した自分の浅はかさが恨めしい。

 私は遅刻を覚悟して坂を上り始めた。
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