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(8)べっ甲-2
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玄関のガラス戸の向こうに何かもふっとした生き物が座っているのが見えた。この辺りを根城にしている地域猫たちも数匹いるから彼らが遊びに来たのだろう。
そう思って扉を開けたところ、そこには白と黒の毛並みの小型犬がお座りしていた。大変申し訳ないが、種類は不明だ。シーズー? ペキニーズ? 鼻ぺちゃなお顔が可愛らしい。
「え、わんちゃん? 嘘、どこの子?」
驚いて声をあげれば、「どうもこんにちは、犬です。犬ですよ。かわいいですよ。さわりたいですか? さわりたいんですね?」とでも言うかのように、小首を傾げてこちらを向いた。
長崎は坂の町、そして猫の町だ。とはいえ、猫以外の動物がいないわけではない。坂の町からもっと山のほうに行けば狸や猪だって出る。
ちなみに母が子どもの頃は、坂の町では荷運びのロバがうろうろしていたらしい。大人しくて可愛らしい子たちばかりだったとか。
とはいえ、さすがに犬を放し飼いにして許されるほどの田舎ではない。よく見れば、犬には赤い首輪がつけられていた。保護して、交番に届けるべきだろう。最寄りの交番はどこだ?
ひとまず名前か電話番号を確認してみようと手を伸ばすと、ぴょんと軽く飛び上がり、坂を駆け上がって行き始めた。
「あー、マジですか」
この家は坂の上の突き当りにあるのだ。ここより先には上がれない。そもそも、家から繋がる道はどちらに向かっても下るばかりなのだ。一体どこに上るというのか。
普段は坂を下っている最中にあやかし坂に引き込まれているというのに、今回は家の前から即あやかし坂に繋げられてしまった。あんまりといえば、あんまりな仕様である。
とはいえ、こうなっては仕方がない。急いで鍵をかけると、すきっ腹を抱えたまま必死で犬の後を追いかける。
「待って、待って。せめて、走るのではなく歩いてってば!」
軽快な足取りの犬とは対照的に、行き遅れOLの足取りは重い。運動不足の人間が、なぜ高校の陸上部のように坂道ダッシュをせねばならんのだ。
必死で犬に呼びかけるも、本人……もとい本犬はと言えば、「わあ、来てくれましたね。早く、早く。こっちですよ。わあ、うれしいなあ」と言いたげに尻尾を振りながら、こちらに戻って来たりあちらに進んだりとテンション爆上げになるばかり。
「ひどい。こんなの休日にやるお仕事じゃない」
ようやっと立ち止まってくれた時には、私は息も絶え絶えになっていた。依頼をこなす前に、天国を垣間見たような気がする。座り込んで息を調えていると、くいくいとジーンズを引っ張られた。振り向けば、地面を掘り掘りしている。そこに何か埋まっているのだろうか。
覗いてみると、ちょっとした穴が開いていた。中で何かが光っている。それが取りたいらしいが、ちょうど犬には届かない深さらしい。嫌だなあ、怖いなあと思いながら手を突っ込んでみると、中に入っていたのは飴色の指輪だった。
「つまり、今回のお届け物はこの指輪ってこと?」
私の問いかけに、犬は何も言わない。ただにこにこと笑うように、舌を出しながらこちらを見上げてくるばかりだ。まったく何もしゃべってくれないあやかしというのもいるものなのか。まるで普通の動物みたいだ。不思議に思っていると、周囲の夕景がゆがみ始める。ようやく現実世界に戻してもらえるらしい。
めまいに似た感覚に襲われ、少しばかりふらつくのを必死で耐えた。人通りの多いところで倒れることがあれば、面倒くさいことになる。ゆっくりとまぶたを開けば、そこは丸山公園の中だった。
丸山公園の前には丸山町交番がある。迷子の犬だと思った時に、交番に連れて行かなくちゃと思ったことが影響したのだろうか。まあ、祖母の家の前に戻されるよりもずいぶん坂の下寄りになったので、良しとしておこう。
あやかしだったのなら、交番所のことなど心配する必要はなかったようだ。取り越し苦労となったことにほっとする。
いや本当に良かった。迷子だったら飼い主探しや飼い主が見つかるまでこの子の世話をどうするかなどいろいろと大変なことになっていたはずなのだから。
「それじゃあお届け先を探しますか」
「わん!」
「え?」
気合を入れるために声を出すと、なぜか合いの手が入る。足元で白と黒の小型犬が、「さあ、犬もいきますよ。どこへ行くんですか。犬ははりきっています。早く、わたしたいですね」と宣言しているかのように、つぶらな瞳をきらきらさせてこちらを見つめてきていた。
そう思って扉を開けたところ、そこには白と黒の毛並みの小型犬がお座りしていた。大変申し訳ないが、種類は不明だ。シーズー? ペキニーズ? 鼻ぺちゃなお顔が可愛らしい。
「え、わんちゃん? 嘘、どこの子?」
驚いて声をあげれば、「どうもこんにちは、犬です。犬ですよ。かわいいですよ。さわりたいですか? さわりたいんですね?」とでも言うかのように、小首を傾げてこちらを向いた。
長崎は坂の町、そして猫の町だ。とはいえ、猫以外の動物がいないわけではない。坂の町からもっと山のほうに行けば狸や猪だって出る。
ちなみに母が子どもの頃は、坂の町では荷運びのロバがうろうろしていたらしい。大人しくて可愛らしい子たちばかりだったとか。
とはいえ、さすがに犬を放し飼いにして許されるほどの田舎ではない。よく見れば、犬には赤い首輪がつけられていた。保護して、交番に届けるべきだろう。最寄りの交番はどこだ?
ひとまず名前か電話番号を確認してみようと手を伸ばすと、ぴょんと軽く飛び上がり、坂を駆け上がって行き始めた。
「あー、マジですか」
この家は坂の上の突き当りにあるのだ。ここより先には上がれない。そもそも、家から繋がる道はどちらに向かっても下るばかりなのだ。一体どこに上るというのか。
普段は坂を下っている最中にあやかし坂に引き込まれているというのに、今回は家の前から即あやかし坂に繋げられてしまった。あんまりといえば、あんまりな仕様である。
とはいえ、こうなっては仕方がない。急いで鍵をかけると、すきっ腹を抱えたまま必死で犬の後を追いかける。
「待って、待って。せめて、走るのではなく歩いてってば!」
軽快な足取りの犬とは対照的に、行き遅れOLの足取りは重い。運動不足の人間が、なぜ高校の陸上部のように坂道ダッシュをせねばならんのだ。
必死で犬に呼びかけるも、本人……もとい本犬はと言えば、「わあ、来てくれましたね。早く、早く。こっちですよ。わあ、うれしいなあ」と言いたげに尻尾を振りながら、こちらに戻って来たりあちらに進んだりとテンション爆上げになるばかり。
「ひどい。こんなの休日にやるお仕事じゃない」
ようやっと立ち止まってくれた時には、私は息も絶え絶えになっていた。依頼をこなす前に、天国を垣間見たような気がする。座り込んで息を調えていると、くいくいとジーンズを引っ張られた。振り向けば、地面を掘り掘りしている。そこに何か埋まっているのだろうか。
覗いてみると、ちょっとした穴が開いていた。中で何かが光っている。それが取りたいらしいが、ちょうど犬には届かない深さらしい。嫌だなあ、怖いなあと思いながら手を突っ込んでみると、中に入っていたのは飴色の指輪だった。
「つまり、今回のお届け物はこの指輪ってこと?」
私の問いかけに、犬は何も言わない。ただにこにこと笑うように、舌を出しながらこちらを見上げてくるばかりだ。まったく何もしゃべってくれないあやかしというのもいるものなのか。まるで普通の動物みたいだ。不思議に思っていると、周囲の夕景がゆがみ始める。ようやく現実世界に戻してもらえるらしい。
めまいに似た感覚に襲われ、少しばかりふらつくのを必死で耐えた。人通りの多いところで倒れることがあれば、面倒くさいことになる。ゆっくりとまぶたを開けば、そこは丸山公園の中だった。
丸山公園の前には丸山町交番がある。迷子の犬だと思った時に、交番に連れて行かなくちゃと思ったことが影響したのだろうか。まあ、祖母の家の前に戻されるよりもずいぶん坂の下寄りになったので、良しとしておこう。
あやかしだったのなら、交番所のことなど心配する必要はなかったようだ。取り越し苦労となったことにほっとする。
いや本当に良かった。迷子だったら飼い主探しや飼い主が見つかるまでこの子の世話をどうするかなどいろいろと大変なことになっていたはずなのだから。
「それじゃあお届け先を探しますか」
「わん!」
「え?」
気合を入れるために声を出すと、なぜか合いの手が入る。足元で白と黒の小型犬が、「さあ、犬もいきますよ。どこへ行くんですか。犬ははりきっています。早く、わたしたいですね」と宣言しているかのように、つぶらな瞳をきらきらさせてこちらを見つめてきていた。
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