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(10)べっ甲-4

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 いくら長崎がべっ甲の三大産地のひとつだと言っても、そこら中にお店があるわけではない。昔から……それこそ明治時代に創業しているお店も残ってはいるけれど、悲しいかな時代の流れとでも言おうか、どんどん閉店してしまっている。

 だからべっ甲のお店は、お求めやすい価格の「貼りべっ甲」と、昔ながらの「本べっ甲」をそれぞれ用意して少しでも若いひとに興味を持ってもらおうと頑張っているのだろう。最近ではピアスなど、日常的に使いやすいデザインの商品も増えているのだとか。それでもプチプラとはなかなか言い難いお値段をしているが。

「指輪、本べっ甲だったら怖いなあ……」

 この大きさで本べっ甲だった場合、10万円近くはする。最近買ったばかりのものだとしたら、落とし主は必死に探していることだろう。とはいえ、あやかし坂経由でもらった依頼であることを考えると、やはり丸山遊女ゆかりの品という可能性も捨てきれない。

 とりあえずうっかり無くさないようにポケットに入れつつ、犬と一緒に歩いていく。べっ甲のお店は一か所に固まっていないから、どこから確認していこうか。高級店舗から攻めるか、お手頃価格のお店に向かうか。それが問題だ。悩みつつ繁華街に向かって進んでいくと、「ココちゃん?」と呼びかけられた。

 振り返るとそこにいたのは見慣れない制服を着た女子高生だ。カステラの紙袋を下げているから、きっと修学旅行に来た学生さんなのだろう。彼女の持っている紙袋に書かれたメーカー名を見て、小さくうなずいた。よし、あなたは大正解です。やっぱりカステラなら、福砂屋が一番美味しいよと主張したい。

 修学旅行の学生さんたちが、福砂屋でもなく、文明堂総本店でもなく、松翁軒でもない謎のお土産用無名カステラを買っているのを見るときほど悲しいものはないのだ。丸山公園のすぐ近くに福砂屋の本店があるから、きっと彼女はそこで買い物を済ませた帰りなのだろう。

 だが、周囲に彼女と同じ制服の学生さんの姿はない。修学旅行というのはグループ行動が基本のはず。何か相当な事情がない限り、単独行動はしないはずなのだが。昼間なのでそれほど問題はないけれど、すぐそばは飲み屋街だ。早めにお友だちのいる場所に合流してもらいたい。

 気のせいだろうか、可愛らしい今時の高校生といった彼女が、不安そうな顔をしているような気がした。

 それに「ココちゃん」とはどういうことなのか。彼女とこの犬の関係性はさっぱりわからないが、せっかく見つかった手がかりをみすみす失くすわけにはいかない。悩みつつも、とりあえず彼女と話をしてみることにした。
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