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魔術師ダミアンの事情(6)

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「どうしてリリスは老婆になったのか」

 それはリリスと暮らし始めてから、ずっと疑問に思っていたことだった。

 リリスに魔女としての素質があることは確かだ。そうでなければダミアンの「歳」をその身に取り込むことなどできはしない。一瞬で朽ちて砂になるか、器である肉体が粉々に弾け飛ぶか。

 だとしてもである。本来、「歳」を取り込みたい人間などそうそういないのだ。ダミアンのように自らの「歳」を不本意に奪われたものならばともかく、通常は「歳」を捨てたがる人間ばかり。このペンダントも、死や老いを恐れた高貴な人間たちによってたびたび使用されてきていたりする。

 ならば一体どんな理由で、魔道具が発動してしまったのか。

 その答えは、リリスにペンダントを渡された時に明らかになった。それは、ダミアンが考えていたよりもずっと簡単で、魔道具の本質から考えれば、非常に当たり前のことだった。

「今すぐ老いてしまいたい」

 そう彼女が願ったからこそ、魔道具は発動したのだ。

 ペンダントを通して見えたのは、リリスの人生、リリスの心。

 一刻も早く年老いて、世界のしがらみから解き放たれることを願うリリスの世界は孤独なものだった。

 子どもは、大人の庇護下でしか生きられない。けれどリリスには、彼女を守ってくれるはずの大人がいなかった。
 年頃になれば、結婚しろ、子どもを産め、家族の世話をしろと責め立てられる。自由もなく、存在するのはしがらみばかり。

 だから彼女は一足とびで老婆になることを無意識で願ったのだ。早く、ひとりになりたい。誰にも煩わされることなく、ひっそりと静かに生きていたいと。ただのリリスとして生きていくには、美しさも若さも不要なものだったのだから。

 心から必要としていたから、魔道具が呼び掛けに応えた。考えてみれば、ごく簡単なことだった。心からの願いに応えること、それは魔道具のあり方そのものなのだから。

 けれど、それはあまりに悲しいことではないのか。リリスが、幸せな人生を送ってきたのではない。それは時々リリスから聞く話や、御用聞きからの情報で把握していた。しかし、知っていることと理解することは、これほどまでにかけ離れているのかと、ダミアンは悲鳴をあげたくなる。

 リリスを幸せにしたい。けれどどうすれば彼女を幸せにできるのか、それがわからない。悔しくて悔しくて、気がつけばダミアンは走り出していた。肉体の幼さに精神が引きずられてしまったのかもしれない。まさかそのせいで、リリスをあんな危険にさらしてしまうとは思わなかったが。
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