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王太子たっての要望により開かれることになった舞踏会。その最高責任者であるアレクは、ぶっ倒れそうなほど忙しい。それにもかかわらず、今日も今日とて王太子はアレクの元を訪れ、真剣な顔で当日までに髪を切った方がいいだろうかだとか、当日のパンツの色は何色にすべきだろうかだとか、あまりにもくだらない質問をアレクに延々と投げかけ続けた。
「すまないが、いい加減にしてくれ。君の誕生日の準備をしているのに、いつまでも邪魔をされては進むものも進まない」
「邪魔って言われた! ひどいっ。俺はこんなにアレクのことが大好きなのに!」
「事実、邪魔しかしていないだろうが。まったく、君が何を考えているのかわたしにはよくわからないよ」
こんなとんでも企画を言い出した挙句、すべてこちらに放り投げてきているのだ。却下しないで協力しているだけでも、ありがたいと思ってもらいたい。アレクは普段であれば王太子のわがままなど軽く流せるだけの度量がある。何といっても乳兄弟、弟分の扱いなどお手の物なのだ。
ところがここしばらく寝不足で苛々していたせいだろうか。アレクは王太子の軽口に腹を立て、衝動的に執務室を飛び出してまったのである。後ろの方で、「アレク、待ってくれ」というか細い声が聞こえたような気もするが知ったことではない。
さて部屋を飛び出してきたものの、アレクには仕事をサボるという発想はなかった。やるべきことは多い。王太子に腹を立てていようが、時間は待ってくれないのだ。アレクは懇意にしている庭師に確認を取っておこうと、王宮の薔薇園に足を踏み入れた。舞踏会では飾り付け以外に、それぞれの出席者に赤と白の薔薇を渡す予定にしている。ところがアレクは驚きに目を見開いた。
薔薇園では明らかに花の色に偏りが生じていた。もともとアレクは赤い薔薇と白い薔薇を招待客分手配している。王太子妃の座を望む令嬢には赤を、望まないものには白色の薔薇を胸元につけてもらう予定なのだ。本当は婚約者や意中の相手がいるが、顔つなぎとして舞踏会に参加しなければならない令嬢たちの顔も立てられ、安全性も確保できるだろう。王太子に言い寄られている女性が白い薔薇を身に着けていた場合、さりげなく王太子の関心を逸らすことも可能だ。そう考えた上での配慮だったのだが……。
「色の設定を逆にするべきだろうか。だが花言葉などを考えると……」
「アレクさま、おそらくもともとの予定で問題ありません。断言できます」
「だが、王太子の誕生祝いの舞踏会だ。そこまであからさまに偏りが出るものか」
「大丈夫です。御心配には及びません」
「その昔、ジャムにすると美味しいらしいと薔薇の花を大量にむしったことがあったが。まさかその件が発育に影響したという可能性は?」
「ただ単に季節とタイミングの問題ですよ」
アレクの心配を、老いた庭師が笑い飛ばした。薔薇のジャムが美味しいらしいと王太子に伝えたのは、幼い日のアレクだ。そのとき王太子は、「なるほど。アレクが美しいのは、薔薇を食べているからなのか。よし、俺も今日から薔薇をたくさん食べるぞ!」などと張り切って薔薇園に出かけたのだ。「美味しいらしい」と伝えただけで、「美味しい」などと言った覚えはないのだが、早とちりと即行動の思い切りの良さは昔から変わらない王太子である。
そのまま勢いよく手当たり次第に薔薇の花を摘んだせいで、目の前の優しい庭師は腰を抜かしたのだったか。その後、薔薇園を大事にしていた王太后陛下に大目玉を食らったのがなんとも懐かしい。
「ご心配なさらずとも大丈夫ですから」
そういうものだろうか。疑問に思いつつも、アレクはそのまま厨房の視察に行くことにした。いい年になったはずなのにいまだ好き嫌いの多い王太子のために、当日のメニューについても事細かに指示を出しておく。今回出した料理はおそらく王太子の好物だと認定されるはず。彩りやバランスも大切だが、嫌いなものを交ぜてうっかり好物と誤解された挙げ句、今後招待された晩餐会などで王太子に振る舞われることになる方がのちのち面倒だ。日頃から注意してはきたものの、王太子の好き嫌いは直らずじまいだったな。乳兄弟として反省していたアレクは、りんごと格闘する厨房の面々と目があった。
「料理長、さすがは実りの秋といったところか。りんごを使ったデザートがここまで揃うのは圧巻だ」
「これはこれはアレクさま。こちらは、王太子殿下の鍛錬によるものでして」
「は?」
「お誕生日当日までに、りんごを片手で綺麗に握りつぶせるようにならねばならないと励んでおられるようで。王太子殿下はりんごを無駄にしてはいけないとおっしゃい、我々にりんごを使ったさまざまなレシピの開発をお命じになったのです」
「はあ?」
料理長の説明に、アレクはさらに首を傾げた。一体、何を説明されているのだろうか。お誕生日までにりんごを握りつぶせるようになる必然性もわからないし、勿体ないと思うのであればそもそもりんごを潰すような真似をしなければ良いのではないか?
「やはり男のロマンですな」
男というのは、りんごを片手で潰せるようになりたいものなのか? アレクはさらに首をひねる。そういえば騎士団長であるアレクの一番上の兄は、りんごを片手で潰せるし、それを王太子と一緒に見て、わいわいはしゃいだような記憶もあるが……。王子さまや王さまに必要な能力だとは思えない。あるいは、王太子は政敵の前でりんごを握りつぶすパフォーマンスでもやるつもりなのか?
令嬢を集めて舞踏会を開いたり、りんごをつぶしたり、男のロマンというのは難しい。さっぱり意味がわからないまま、アレクは出来立てのアップルパイの味見をする。ほんのりと香るシナモンの匂いに気を取られていたせいか、うっかり口内を火傷してしまった。
「すまないが、いい加減にしてくれ。君の誕生日の準備をしているのに、いつまでも邪魔をされては進むものも進まない」
「邪魔って言われた! ひどいっ。俺はこんなにアレクのことが大好きなのに!」
「事実、邪魔しかしていないだろうが。まったく、君が何を考えているのかわたしにはよくわからないよ」
こんなとんでも企画を言い出した挙句、すべてこちらに放り投げてきているのだ。却下しないで協力しているだけでも、ありがたいと思ってもらいたい。アレクは普段であれば王太子のわがままなど軽く流せるだけの度量がある。何といっても乳兄弟、弟分の扱いなどお手の物なのだ。
ところがここしばらく寝不足で苛々していたせいだろうか。アレクは王太子の軽口に腹を立て、衝動的に執務室を飛び出してまったのである。後ろの方で、「アレク、待ってくれ」というか細い声が聞こえたような気もするが知ったことではない。
さて部屋を飛び出してきたものの、アレクには仕事をサボるという発想はなかった。やるべきことは多い。王太子に腹を立てていようが、時間は待ってくれないのだ。アレクは懇意にしている庭師に確認を取っておこうと、王宮の薔薇園に足を踏み入れた。舞踏会では飾り付け以外に、それぞれの出席者に赤と白の薔薇を渡す予定にしている。ところがアレクは驚きに目を見開いた。
薔薇園では明らかに花の色に偏りが生じていた。もともとアレクは赤い薔薇と白い薔薇を招待客分手配している。王太子妃の座を望む令嬢には赤を、望まないものには白色の薔薇を胸元につけてもらう予定なのだ。本当は婚約者や意中の相手がいるが、顔つなぎとして舞踏会に参加しなければならない令嬢たちの顔も立てられ、安全性も確保できるだろう。王太子に言い寄られている女性が白い薔薇を身に着けていた場合、さりげなく王太子の関心を逸らすことも可能だ。そう考えた上での配慮だったのだが……。
「色の設定を逆にするべきだろうか。だが花言葉などを考えると……」
「アレクさま、おそらくもともとの予定で問題ありません。断言できます」
「だが、王太子の誕生祝いの舞踏会だ。そこまであからさまに偏りが出るものか」
「大丈夫です。御心配には及びません」
「その昔、ジャムにすると美味しいらしいと薔薇の花を大量にむしったことがあったが。まさかその件が発育に影響したという可能性は?」
「ただ単に季節とタイミングの問題ですよ」
アレクの心配を、老いた庭師が笑い飛ばした。薔薇のジャムが美味しいらしいと王太子に伝えたのは、幼い日のアレクだ。そのとき王太子は、「なるほど。アレクが美しいのは、薔薇を食べているからなのか。よし、俺も今日から薔薇をたくさん食べるぞ!」などと張り切って薔薇園に出かけたのだ。「美味しいらしい」と伝えただけで、「美味しい」などと言った覚えはないのだが、早とちりと即行動の思い切りの良さは昔から変わらない王太子である。
そのまま勢いよく手当たり次第に薔薇の花を摘んだせいで、目の前の優しい庭師は腰を抜かしたのだったか。その後、薔薇園を大事にしていた王太后陛下に大目玉を食らったのがなんとも懐かしい。
「ご心配なさらずとも大丈夫ですから」
そういうものだろうか。疑問に思いつつも、アレクはそのまま厨房の視察に行くことにした。いい年になったはずなのにいまだ好き嫌いの多い王太子のために、当日のメニューについても事細かに指示を出しておく。今回出した料理はおそらく王太子の好物だと認定されるはず。彩りやバランスも大切だが、嫌いなものを交ぜてうっかり好物と誤解された挙げ句、今後招待された晩餐会などで王太子に振る舞われることになる方がのちのち面倒だ。日頃から注意してはきたものの、王太子の好き嫌いは直らずじまいだったな。乳兄弟として反省していたアレクは、りんごと格闘する厨房の面々と目があった。
「料理長、さすがは実りの秋といったところか。りんごを使ったデザートがここまで揃うのは圧巻だ」
「これはこれはアレクさま。こちらは、王太子殿下の鍛錬によるものでして」
「は?」
「お誕生日当日までに、りんごを片手で綺麗に握りつぶせるようにならねばならないと励んでおられるようで。王太子殿下はりんごを無駄にしてはいけないとおっしゃい、我々にりんごを使ったさまざまなレシピの開発をお命じになったのです」
「はあ?」
料理長の説明に、アレクはさらに首を傾げた。一体、何を説明されているのだろうか。お誕生日までにりんごを握りつぶせるようになる必然性もわからないし、勿体ないと思うのであればそもそもりんごを潰すような真似をしなければ良いのではないか?
「やはり男のロマンですな」
男というのは、りんごを片手で潰せるようになりたいものなのか? アレクはさらに首をひねる。そういえば騎士団長であるアレクの一番上の兄は、りんごを片手で潰せるし、それを王太子と一緒に見て、わいわいはしゃいだような記憶もあるが……。王子さまや王さまに必要な能力だとは思えない。あるいは、王太子は政敵の前でりんごを握りつぶすパフォーマンスでもやるつもりなのか?
令嬢を集めて舞踏会を開いたり、りんごをつぶしたり、男のロマンというのは難しい。さっぱり意味がわからないまま、アレクは出来立てのアップルパイの味見をする。ほんのりと香るシナモンの匂いに気を取られていたせいか、うっかり口内を火傷してしまった。
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