王太子殿下が、「国中の未婚女性を集めて舞踏会を開きたい」などと寝言をおっしゃるものですから。

石河 翠

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「ねえ、アレクサンドラ。なんで? なんで薔薇の花を身に着けてないの? 俺、今日の舞踏会ではアレクと踊るのを何よりも楽しみにしてたんだけど?」
「は?」
「ドレスも着てないし! 俺は可愛い可愛いアレクのドレス姿が見たかったの! だから無理を言って、男性陣は舞踏会会場の入り口でシャットアウトしたのに! 俺だって全然見たことがないドレス姿を、他の男に見せるわけにはいかんからな! その、なんでもない!」
「はあ?」
「父上や母上だけでなく、大臣たちもみんな『仕方がありませんなあ。あまり嫉妬深いと嫌われますぞ』と言いつつ、協力してくれたというのに。なぜだ、なぜだあああああ。いまだにりんごひとつ握りつぶせない俺が悪いのかああああ」

 何たる悲劇と言わんばかりに床に倒れ込んでいる王太子。ちなみにこんなちゃらんぽらんな王子さまだが、こんな奇行をしていてもなんとか鑑賞に堪えうる美貌を持っている。それがいいのか悪いのか、アレクにはよくわからないが。

「アレクさま、変態の言うことなどに耳を貸してはいけませんわ。お耳が穢れてしまいます」
「そうです、アレクさまはこのお姿がたいそうお似合いになりますもの」
「もちろん、アレクさまがドレスをお召しになってももちろんお美しいとは思いますけれど、その場合はぜひ男子禁制の場所で」
「そんなのは嫌だあああああ」

 周囲の思い思いの発言に、アレクは目を見開いて立ち尽くすばかりだった。

 侯爵令嬢アレクサンドラは、男装の麗人である。
 その理由は……。

 こんなに美人に生まれたのだから、コスプレしたっていいのではないかというそんなごくごく単純なものであった。

 前世の彼女は、顔は平凡、身長も低め。やる気はあったとはいえ、能力は人並み。努力だけではどうにもできないことも多かった。才能では叶わないのなら、何とか時間でと自ら仕事漬けの日々を送ったあげくの転生である。ならば、転生後の人生ではだらだらと過ごせばいいと思うかもしれないが、彼女は転生した姿に無限の可能性を見出してしまったのだ。

 すらりと長い手足、麗しい美貌、絹のような髪、高すぎず低すぎない耳心地の良い声。ドレスを着て令嬢として過ごしても、兄弟たちの服を着て貴公子として振舞っても、それはそれは大層似合ってしまった。

 その上、武勇を重んじる家門内で数世代ぶりに生まれた女の子は、家族のみならず親戚一同にも溺愛されていた。女の子らしい格好をしなければならないと主張するものがいないどころか、可愛い可愛いアレクサンドラがやりたいようにやらせるべきだと主張する者ばかり。そうして、彼女は王太子の側近として女だてらに働くことになっていたのである。

 多少のやっかみはあれど、周囲の者もなんだかんだでその決定に従った。何せ、アレクを溺愛しているのはアレクの家族だけではない。乳兄弟である王太子もだし、なんなら王太子の両親である国王陛下と王妃殿下もまたアレクのことが大好きなのである。「アレクちゃんが娘になってくれたら最高だわ~」なんて言う始末で、王太子がアレクを婚約者にしたいと思っていることも、アレク以外の周囲の人間にとっては周知の事実なのであった。

 家族に恵まれ、友人に恵まれ、才能と美貌にも恵まれ、仕事もやりがい十分。アレクは自分の人生に十分満足していたのだが、そんな彼女にも弱点があった。恋愛偏差値が落第すれすれだったのである。そのため彼女の口から出たのは、甘い言葉ではなくもっと無骨でどストレートな豪速球だった。

「……ふむ。つまり、君はわたしの胸の谷間が見たいと?」
「好きな女の子なら、ドレス姿も胸も、もっと他の部分だって見たいに決まってぼごぐげえ」
「……おっと」

 どこからか投げつけられたりんごによって、王太子が物理的に静かになる。素早くキャッチしたアレクによって、りんご本体も地面に転がることなく無事であった。

「変態ですわ! この男、度し難い変態ですわ! 今すぐ窓から捨ててしまいましょう!」
「そうです。このような男が、アレクさまの隣に立ちたいなど無礼千万ですわ!」
「みんな、落ち着いてくれ。彼は、これでもこの国の王太子殿下だから」
「俺の扱いが酷い。あんまりだ。あんまりだ」
「君はもう少し自分の言動を考えた方がいい」
「俺が、俺が一体何をしたっていうんだ」

 床に這いつくばってしくしくと涙にくれる。アレクはやれやれと肩をすくめ、小さくため息をついた。
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