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『にじ』は『ウィンドウ』の向こうに
しおりを挟む条件:「い」「ん」「と」「ど」「し」「じ」「う」「に」を使用してはならない
デスクへ座ったまま、データを眺める。形だけをなぞってみても、結局気はそぞろ。ならばここで切りあげて、早めの昼でも食べるべきか。眼鏡を置き、肩まわりを揉みほぐす。
左手首の針が、空へ向かってほぼ重なりあった。彼はもはや成田を発ち、日が暮れる頃デリーへ着く。彼ら家族は、そのままカレーでも食べるのだ。それからスーツの彼は、花婿へ姿を変える。親の決めた花嫁であっても、花嫁はそれはそれは素敵なお姫様だった。はなから、こちらが勝てる見込みなぞなかったのだ。
壁紙の、雲のプリズムが揺れる。ツキを呼ぶ空の羽だよ。甘ったるく語った彼の台詞が蘇り、心の中で嘲笑った。ただの巡りあわせさ、血眼で探すのは馬鹿げてる。
バッグを掴むため屈み込むなり、ゆらり、周りがぼやけた。ざわめきさえも消え、無がからだを包みこむ。頭を振り、わずかばかり残る切なさを堪えて立ち上がれば、すっかり寝不足のためか、あくびが続けざま出た。ああ、煙草でも吸わなくては。
故国へ帰る前の日の夜。気障な彼は、勿忘草なぞ持って部屋へきた。別れを告げる姿が笑みを誘った。こちらを捨ててあちらへ帰るのは、彼なのだ。望みを尋ねてみても、彼はただ首を振るだけ。
だからこそ昨夜は、彼の寝顔を眺めてばかりだった。彫りが深く、華やかな目鼻立ち。滑らかな肌。見惚れる身体。まっすぐ見つめる、柔らかな夜の目が好きだった。軽やかなタッチをする、たおやかな指が好きだった。
プログラマーがぴったりだって、お腹の中から決まってたのかもね。他からはただ選べなかっただけさ。たびたび褒めてみても、彼は眉をひそめて、肩をすくめるだけだったのだが。
ゆっくり、彼の横顔へかつて見た面影が重なる。それは、故里を出る間際の父母の姿だ。みなの距離が近く、己の素直な気持ちさえ零せぬ雛びた村。辺りを青で囲まれた陸の塊だった。
大荒れの日、無理矢理出かけた祖父の愚かさも、黙って網をつくろった父の背中も、唾棄すべきものだった。
がぜを割る母の紫へ染まった指先も、漂った生臭さも怖気だった。
家畜が闊歩する道も、大雨が降るたびすぐ使えなくなるテレビや部屋の灯りも、すべてが吐き気を催すものだった。
あそこから出てきたはずが、結局満たされぬ空っぽな心。当たり前の顔で彼から流れた涙が胸をえぐる。秘密も嘆きも抱え込み、それでも彼へ微笑みかけたわけを彼へ語るつもりはなかったが。
髪をかきあげ、そのまま右の耳たぶをさわる。かつて片耳だけあけ、すっかり塞がったピアスの穴。胸の穴も、すぐ消えてみえなくなるはず。ハッピーリーエバーアフターなぞ、くそくらえだ。
表へ出れば、生温く粘つくビル風がすぐそばを吹き抜けてゆく。
ああ、クールビズでこの夏を乗り越えられるものか。首回りを圧迫する布がなくても吹き出てくる汗を拭って、僕は空を見上げた。空を渡る七つの光を探すべく。
注釈
・ウィンドウ
マルチタスクOSにおいて、アプリケーションの表示のために設けられた領域のこと。つまり「別窓でひらく」の「窓」のこと。
・彩雲
太陽の近くを通りかかった雲が、緑や赤、場合によっては虹色に彩られる現象のこと。瑞雲、慶雲、景雲、紫雲などともいう。様々な国で吉兆や幸運を呼ぶものとされている。
・虹
虹の色の数は、国によって異なる。7色以外にも、8色から2色まで、色の表現方法によって色数がある。また、虹色はLGBTのシンボルである。なお虹の旗、レインボーフラッグは6色、または7色で構成されている。
・インド人とプログラマーの関係
インドは優秀なプログラマーを多く輩出しているが、そこにはカースト制の影響があると指摘する説がある。
インドではカーストによって就くことができる職業に制限があるが、プログラマーやCGクリエイターなどは、経典には載っていない。そのため、カーストによる制限を受けない職業として人気があると言われている。
・インドにおけるLGBTをとりまく環境
2018年9月6日、インド最高裁が同性間の性行為に罰則を設けていた刑法の規定(インド刑法377条)について、違憲とし、削除する判断をくだした。それまでこの法律により、同性愛者は10年以上刑務所に収監できるとされていた。(旧英領時代のものであり、スリランカなどにもその法律が残っている)ただし、結婚は同じカーストの相手とのお見合いで決まる比率が80%と言われており(なお、お見合い結婚の離婚率は一桁台と言われている)、LGBTに限らず自由恋愛は難しい。
・がぜ
古語でウニのこと。地方によっては、方言としてウニ全般のことをがぜと呼ぶ。
・ハッピーリーエバーアフター
Happily ever afterは日本語訳すると、「いつまでも幸せに暮らしました」。いわゆる童話のラストに置かれる言葉。「The prince and the princess lived happily ever after」なら、「王子さまとお姫さまは、いつまでも幸せに暮らしました」となる。
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