[異世界恋愛短編集]お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?

石河 翠

文字の大きさ
1 / 47
1.お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?

(1)

しおりを挟む
「レイラ、まだ書類が仕上がっていないというのはどういうことだ!」
「殿下、大変申し訳ございません。急遽別件が入っておりまして……」

 突然怒鳴り込まれたレイラは、怒り心頭の王太子の姿を前に慌てて頭を下げた。ひとに仕事を全部押し付けたあげく、自分は女遊びとはいいご身分だとは思っていても、決して口には出さない。王太子の怒声が響くたびに、首が締め付けられるような心持ちになる。

「別件だと?」
「はい。その……メリッサさまから家庭教師に出された課題が終わらないので手伝ってほしいというご依頼が……」

 ちらりとレイラが、王太子の腕にぶら下がる可憐な少女を見やる。とたんに目を潤ませた美少女が、王太子に泣きついた。小さく肩を震わせる姿はいたいけな小動物のようで見る者の哀れみを誘う。

「殿下、レイラさまが睨んで怖いです」
「レイラ。メリッサはまだ不慣れなのだ。お前がメリッサの補佐をするのは当然のことだろう? そしてそれは、俺の補佐を投げ出してよいという意味にはならない。わかっているな?」
「……はい」

 要はメリッサの世話を焼きながら、今まで通り自分の仕事も代理で行えという命令だ。いくらレイラが才女とはいえ、物理的な上限というものが存在する。けれど王太子に伝えたところで、彼は決して受け入れないだろう。内心頭を抱えていたレイラに助け舟を出したのは、王太子に甘えていたメリッサ本人だった。

「あんまり厳しいことを言っちゃダメですよ。負荷はゆっくりかけていかないと。いい子ちゃんのレイラさまが急に『悪役令嬢』として目覚めちゃうと、制御不能になって大変じゃないですか。生かさず殺さずが鉄則です! あたし、王都の外で魔王退治なんて嫌ですからね!」
「だが、君と俺がいれば問題ないのだろう?」
「それはそうですけれど。でもあたし、魔王ルートやってないから、細かいことよくわかんないし。やっぱり『いのちだいじに』で行きたいじゃないですか」

 よくわからないことを言い出す男爵令嬢だったが、ひとまずこれ以上の事態の悪化は避けられそうだ。レイラは大仰に礼を言ってみせる。

「お心遣いに感謝いたします。」
「どういたしまして! レイラさまには長生きしてもらわないと! あたし、お仕事とか大嫌いだし。お茶会や夜会は全部出るから、書類仕事はお任せしますね!」
「本当にメリッサは、優しいなあ」

 茶会や夜会は社交の場。ひいては、女たちの戦場でもある。家庭教師の初歩的な課題も終わらぬ低位貴族の娘が、恥をかくこともなくこなせるものだろうか。そんな疑問は飲み込んだまま、レイラは甘い空気を振りまくふたりを見送った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

王太子殿下の小夜曲

緑谷めい
恋愛
 私は侯爵家令嬢フローラ・クライン。私が初めてバルド王太子殿下とお会いしたのは、殿下も私も共に10歳だった春のこと。私は知らないうちに王太子殿下の婚約者候補になっていた。けれど婚約者候補は私を含めて4人。その中には私の憧れの公爵家令嬢マーガレット様もいらっしゃった。これはもう出来レースだわ。王太子殿下の婚約者は完璧令嬢マーガレット様で決まりでしょ! 自分はただの数合わせだと確信した私は、とてもお気楽にバルド王太子殿下との顔合わせに招かれた王宮へ向かったのだが、そこで待ち受けていたのは……!? フローラの明日はどっちだ!?

あの、初夜の延期はできますか?

木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」 私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。 結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。 けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。 「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」  なぜこの人私に求婚したのだろう。  困惑と悲しみを隠し尋ねる。  婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。  関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。 ボツネタ供養の短編です。 十話程度で終わります。

第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい

麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。 しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。 しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。 第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。

次期王妃な悪女はひたむかない

三屋城衣智子
恋愛
 公爵家の娘であるウルム=シュテールは、幼い時に見初められ王太子の婚約者となる。  王妃による厳しすぎる妃教育、育もうとした王太子との関係性は最初こそ良かったものの、月日と共に狂いだす。  色々なことが積み重なってもなお、彼女はなんとかしようと努力を続けていた。  しかし、学校入学と共に王太子に忍び寄る女の子の影が。  約束だけは違えまいと思いながら過ごす中、学校の図書室である男子生徒と出会い、仲良くなる。  束の間の安息。  けれど、数多の悪意に襲われついにウルムは心が折れてしまい――。    想いはねじれながらすれ違い、交錯する。  異世界四角恋愛ストーリー。  なろうにも投稿しています。

大嫌いな令嬢

緑谷めい
恋愛
 ボージェ侯爵家令嬢アンヌはアシャール侯爵家令嬢オレリアが大嫌いである。ほとんど「憎んでいる」と言っていい程に。  同家格の侯爵家に、たまたま同じ年、同じ性別で産まれたアンヌとオレリア。アンヌには5歳年上の兄がいてオレリアには1つ下の弟がいる、という点は少し違うが、ともに実家を継ぐ男兄弟がいて、自らは将来他家に嫁ぐ立場である、という事は同じだ。その為、幼い頃から何かにつけて、二人の令嬢は周囲から比較をされ続けて来た。  アンヌはうんざりしていた。  アンヌは可愛らしい容姿している。だが、オレリアは幼い頃から「可愛い」では表現しきれぬ、特別な美しさに恵まれた令嬢だった。そして、成長するにつれ、ますますその美貌に磨きがかかっている。  そんな二人は今年13歳になり、ともに王立貴族学園に入学した。

【完結】時戻り令嬢は復讐する

やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。 しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。 自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。 夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか? 迷いながらもユートリーは動き出す。 サスペンス要素ありの作品です。 設定は緩いです。 6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。

婚約破棄されました。

まるねこ
恋愛
私、ルナ・ブラウン。歳は本日14歳となったところですわ。家族は父ラスク・ブラウン公爵と母オリヴィエ、そして3つ上の兄、アーロの4人家族。 本日、私の14歳の誕生日のお祝いと、婚約者のお披露目会を兼ねたパーティーの場でそれは起こりました。 ド定番的な婚約破棄からの恋愛物です。 習作なので短めの話となります。 恋愛大賞に応募してみました。内容は変わっていませんが、少し文を整えています。 ふんわり設定で気軽に読んでいただければ幸いです。 Copyright©︎2020-まるねこ

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

処理中です...