上 下
6 / 7

(6)

しおりを挟む
 バーナードは、ぽろぽろと涙をこぼしました。

「エイプリル、僕のことを見捨てないでくれてありがとう」
「当たり前じゃない。あんたはあたしの友達だもの」

 エイプリルはおかしそうに言いました。

「ねえ、まだ気がつかないの?」

 バーナードは、我にかえりました。どうして、涙がこぼれるのでしょう。よく見ればまぶたをこすっていたてのひらは、もこもこの毛皮ではなく、ふくふくとした人間の手になっています。

 バーナードはいつの間にか、くまのぬいぐるみから、光輝く王子さまに戻っていたのでした。しかも大通りのお菓子屋さんにいたはずが、お城のお庭まで移動してしまったようです。

「あんた、本当に王子さまだったんだね」

 にこりと笑ったエイプリルを見て、バーナードはずっと抱えていた自分の気持ちがわかりました。エイプリルの暮らしと、お城での暮らしとを比べ続けた理由。バーナードは優しいエイプリルにも、安全で穏やかな生活をしてほしかったのです。

「一緒にお城で暮らそう」

 もうあんな寒い廃屋で震えることもありません。美味しいごはんやきれいなお洋服、温かいお風呂だってあるのです。それなのにエイプリルは首を振りました。

「あたしは行けないわ」
「君は僕を助けてくれた。命の恩人だ」
「だってあたしは友達が欲しかっただけで、王子さまを助けるつもりだったんじゃないもの」

 エイプリルは唇をとがらせました。

「友達が困っていたら手を差し伸べるものだ」
「でも、友達をえこひいきしてはいけないわ」

 エイプリルはみなしごだけれど、とても賢い女の子です。シンデレラになれるのは、絵本の中だけ。何もできないままお城に行っても幸せにはなれないことを、ちゃんと理解しているのでした。お互いに譲らないふたりを見て、魔女がやれやれと首を振りました。

「うんと時間がかかるよ。それでも待てるかい」

 魔女の言葉に、エイプリルが首をかしげました。

「助けてくれるの?」
「魔女は同胞を見捨てはしないからね」
「同胞?」
「おや、気がついていないのかい。あんたは生粋の魔女じゃないか。だから、このぬいぐるみにも気がついたんだろう。普通は、ベンチに置き忘れられたぬいぐるみの声なんか聞こえやしないのさ」

 エイプリルが拾わなければ、バーナードは誰にも気がつかれないまま、忘れ物のぬいぐるみとしてずっとあのベンチにいたのでしょうか。運が良かったじゃないかいとにんまり笑う魔女は、やっぱり魔女らしくいい性格の持ち主のようです。

「じゃあ、約束だ」
「バーナード、優しい王さまになってね」
「エイプリルも、いい魔女になるんだぞ」

 そして魔女見習いになったみなしごと、ぬいぐるみから人間に戻った王子さまは、そっと指切りをしたのでした。
しおりを挟む

処理中です...