転滅アイドル【1部 完結しています】

富士なごや

文字の大きさ
35 / 35
2部 1章

在りし日の悪夢 2

しおりを挟む
 キュ、キュ、キュ、キュ――
 レッスン場へ近づいていくと、今日も変わらず努力の音が聞こえてきた。
 だからオレは、思わず足を止めてしまった。
 申し訳なくなったからだ。
 カノジョは頑張っている。本当に努力してくれている。
 それなのに、アイドルらしい仕事を、未だに取ってきてあげられない。
 所属してくれている事務所の代表であり、マネージャーでもあるオレの責任だ。

 ……ダメだダメだ。表情、空気、注意。笑顔で、明るく。
 必死に努力している人の前で、支える側のオレが暗くてどうする。
 立ち止まったまま、にぃと口角を吊り上げてみて。
 よしと頷いて歩き出す。
 レッスン室の中に一歩入ると、カノジョはダンスの練習を止めた。
 こちらを見る顔が、にこっと笑う。ノーメイクだろう顔は、汗まみれだ。

「おはようございますっ!」
「ああ、おはよう。今日も頑張ってて偉いな」
「……偉くなんてないですよ。お仕事に繋がってないですし」
 そう言うカノジョは、まだ笑っている。
 でもその笑みは、こちらを見たときの明るいものではなく、消沈したものだった。発言と相まって、自嘲的なものに見える。
 オレは、胸がグッと、苦しくなった。
 カノジョにこんな笑い方をさせるなんて……。

「まだまだ、これからさ。努力はいつか報われる。報われるから。なっ?」
 子ども騙しだと、言っていて自分でも思った。
 それでも、言わなければならない言葉だとも、オレは思ったんだ。
「……はい。そうですよね。努力は報われますよね」
「ああ」
「私、頑張りますっ! もっと、もっと、もっと、頑張りますっ!」
 胸元でガッツポーズするカノジョに、オレも握り拳を作って強く頷いた。

 頑張る。
 オレも、カノジョも。
 とにかく、頑張る。
 もっともっと、頑張る。

 オレたちには、それしか、できないから。
 それしか……。

 頑張っていれば、いつか、叶うと信じて。
 願っているものが、頑張ってさえいれば絶対に得られるのだと、信じて……。

               ※

 とある日のこと。
 カノジョが今日も今日とて個人練習を始める前に、オレは会わせたい人がいるとお願いして事務所のソファに座って待ってもらった。
 オレはスマホで、外で待機してもらっていた『新人』に、入ってきてくれと連絡する。
 一分も経たずに現れた新人を見て、カノジョは大きな目をさらに大きくした。

「あ、せぇんぱいっ! はっじめましてぇ~」
 猫撫で声で挨拶をされたカノジョは、「あ、え、は、初めまして」と、とても戸惑った態度で返した。そんなカノジョに近寄っていき、ソファの後ろに回り込んだかと思うと、新人はいきなり抱き付いた。まさかのバックハグに、驚きの悲鳴を上げるカノジョ。
 助けを求める目を向けられ、オレは話のかじ取りをすることにした。

「この子は、明日から本格的に活動を始めることになる、ウチの新人だ」
「新人……」
「新人でぇ~す! よろしくおねがいしまぁ~す! いぇい!」
「そう。つまり、キミの初めての後輩、ということでもある」
「後輩……」
「後輩でぇ~す! 仲良くしてくださぁ~い! いぇい!」
「と、本人も言っているとおり、仲良くしてやってくれ」
「あ、はいっ。ええと、よろしくね?」
 カノジョが顔を右に向ける。そこには変わらずバックハグ状態だから相手の顔があって、初対面にしてはあり得ない距離感に、同性とはいえカノジョの顔が仄かに赤くなった。
「あ、先輩ぃ~、ちゅ~しそうになって照れてるんですかぁ~。かぁ~い~」
「ち、違うからっ」
「え~、照れてない?」
「ない、ですっ」
「お~、先輩、ちゅ~くらいどうってことないと」
「ないよ、ないないっ」
 ニマリと、新人は初対面の先輩に向けるものとは思えない笑みを浮かべた。
「先輩、経験豊富なんですねぇ~。エッチだなぁ~」
「はっ⁉」
「あたしぃ~、経験ないからぁ~、教えて欲しいですぅ~。ちゅ~、しましょ?」
「わ、私だってないからっ!」

 そんなやり取りを見聞きしながら、オレは安堵していた。
 二人とも上手くやっていけそうで、よかった。
 いきなり新人が入ってきて、後輩ができて、カノジョがどう思うか心配なところもあったけれど、あの調子なら問題もないだろう。競い合い支え合い、助け合ってくれるはずだ。
 ……うん。二人がユニットを組む、なんていうのも、いつかできたらいいな。
 将来のビジョンに、頬が緩む。
 しかし、すぐに気を引き締めた。
 ああしたいこうしたいというのは、どれだけでも思い浮かべられる。
 けれど、叶えられるかどうかは、別だ。
 別、なんだ……。

               ※

 新しいタレントと契約したのは、心の奥底では、ずっと努力しているカノジョのためだった。もちろん新しいその子に可能性を感じたからだし、その子自身を蔑ろにするとか利用してやろうとかそんな企みはない。契約した以上、二人の夢は等しく扱うに決まっている。
 でも、本心というか、動機というか、心の根っこの部分では、ずっと独りで頑張ってくれているカノジョのためという思いがあるということだ。

 オレは、カノジョのためにも、事務所を守らなきゃいけない。
 カノジョが積み上げてきた努力が花開くときまで、売上を立てて利益を出さなきゃいけない。

 事務所がなくなってしまえば、カノジョの夢を叶えることができなくなるから。
 いや、カノジョの夢、だけではない。
 オレの夢でもあるんだ。
 初めてのタレントであるカノジョに、オレの作った事務所で活躍して欲しい!
 その夢を叶えるためにも、まず、事務所そのものに力を付けなきゃならない。
 そう考えて、新人をスカウトし、契約を交わした。

 一馬力よりも、二馬力。
 収益源は複数あったほうがいい。
 タレントのことを馬力とか収益源とか考えるのは最低な気もするが、ビジネスはビジネス、商売は商売、儲けるために考えるのならそういうことになる。
 だから、一人しかいない事務所より、二人いる事務所のほうがいい。
 稼げる可能性だって広がる。
 オレの考えは間違いではないはずだ。
 二馬力で、とりあえず少しずつでもいいから仕事を取って、収益を上げる。
 慌てなくてもいい。階段は一段一段でいい。一足飛びなんて望みはしない。
 そう、オレは考えていた。
 それなのに。

 まさかこんなことになるとは。

 微塵も予想していなかった。

「せぇ~んぱい! あたし、オーディション受かっちゃいましたぁ~!」
「……え?」
 今日も個人練習に精を出していたカノジョは、事務所に戻ってきてすぐに打ち明けられた言葉に絶句しているようだった。
「この間ぁ、一緒に受けたオーディション! あたし、受かったんですよぉ~ いぇい!」
「そ、そうなの、おめでとう……あっ」
 カノジョの顔が、オレに向けられる。
 期待がひしひしと伝わってきて、オレは胸が苦しくなった。
 その苦しさが表情に出てしまったのか、カノジョは緩やかに俯いていった。
 長い付き合いだ。察してしまったのだろう。
 いや、察するなんてことしなくても、わかるか。
 もし自分も受かっていたら、オレはもっと笑顔で、燥いで、合格を伝えていたから。
 それがないということは、落ちたということだ。
 そう考えることは、簡単なことだ。
 もう何度も何度も何度も何度も何度も何度も――落ちてきたカノジョだから。

「……それでな? オレはしばらくこの子に付き添うことになる。現場への送迎、ほかのタレントさんたちへの挨拶、お世話にもなるし事務所回りもしなきゃかな。あと、ほかにもいろいろ、やることになるだろうから。すまないが、会えない日が多くなる」
 事務所のタレントがネットドラマに出現するだなんて初めてだから、オレ自身、何をすべきなのか学びながらの日々が続くことになるだろう。芸能の世界は、ほかの業種よりも人付き合いがモノを言うと、今日までの経営者経験で学んだ。無礼なことだけは絶対に避けなければならないし、そのうえで、繋がりを得るために礼儀を尽くさなければならない。
「あ、はい。そう、ですよね。大丈夫です。私はいつも通り、頑張りますから。会えなくったって、全然、頑張れますから」
「そうか? いや、そうだよな。キミなら、オレがいなくても、大丈夫か」
「はいっ!」と、ガッツポーズするカノジョ。
「え~、なぁんか二人ともぉ~、カレシカノジョみたぁ~い。え、もしかして、マ?」
「「マ? じゃない!」」
 揃ったツッコミに、オレとカノジョは目を合わせ、笑う。
 笑えるなら、大丈夫。

 大丈夫だ。

               ※

 ――オマエガ、ミステタ

 違う。
 何を言っているんだ。
 オレは見捨てたりなんてしない。

 ――ホントウ? ミステテナイ?

 見捨ててない。
 オレはカノジョを大事に思っている。
 カノジョが夢を叶えることが、オレの夢でもあるのだから。
 見捨てるなんて、するわけないだろう。

 ――ジャア、モシ、カノジョ、コワレタラ? オマエ、ドウスル?

 壊れたら?
 いや、そもそも壊れるなんてことないよ。
 オレがしっかりと支えるから。
 ……でも。
 でも……もしもカノジョに何かあったら、それは、間違いなくオレの責任だ。
 オレの、責任だ。
 オレが、悪いんだ。

 どんなことをしても、償ってみせるよ。

 ――ソウダネ、ソウダネ。ツグナエ、ツグナエ。

 ああ、償うさ。
 絶対に、償う。

 ――ヒヒ。タマシイ、イジル。テンセイシャ、オトス。ヒヒヒヒヒ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

俺のスキル、説明すると大体笑われるが、そんな他人からの評価なんてどうでもいいわ

ささみやき
ファンタジー
平凡に生きてたはずの俺は、ある日なぜか死んだ。 気づけば真っ白な空間で、美人のお姉さんとご対面。 「転生します? 特典はAかBね」 A:チート付き、記憶なし B:スキルはガチャ、記憶あり そんな博打みたいな転生があるかよ……と思いつつ、 記憶を失うのは嫌なのでBを選択。 どうやら行き先の《生界世界》と《冥界世界》は、 魂の循環でつながってるらしいが、 そのバランスが魔王たちのせいでグチャグチャに。 で、なぜか俺がその修復に駆り出されることに。 転生先では仲間ができて、 なんやかんやで魔王の幹部と戦う日々。 でも旅を続けるうちに、 「この世界、なんか裏があるぞ……?」 と気づき始める。 謎の転生、調停者のお姉さんの妙な微笑み、 そして思わせぶりな“世界の秘密”。 死んでからの人生(?)、 どうしてこうなった。 ガチャスキル、変な魔王、怪しい美人。 そんな異世界で右往左往しつつも、 世界の謎に迫っていく、ゆるコメディ転生ファンタジー!

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

処理中です...